第31話 そして始まる
デートの失敗もあったが、仕事は残った。
特に物が物故、麻薬の処理は波瑠止らの頭を悩ませた。
馬鹿正直に幕府へ報告出来るはずがない。
よって、知ってる人間すべてに箝口令を引いたまでは良かった。
だが結局、持て余してしまう問題である。
隠滅作業が求められるのは明確であった。
――――暗い魅力があったが、結局麻薬は焼却処分となった。
忙しい合間を縫って、彼らは麻薬の焼却を進めることにした。
深夜の廃棄物処理場である。
可燃・不燃と人が生きる限りごみは生成される。
よって、この手の施設も利権として領主が経営していた。
本来ならば、業務時間外。
だが、波瑠止は無理を言って作業をさせてていた。
黄ヘルに作業服姿の波瑠止の陣頭指揮のもと、日雇いの人間が作業を進める。
同じく黄ヘル姿のジョージは、波瑠止の補佐だ。
―――大型の電気炉へ、麻薬を落としていく。
量が量なので、波瑠止が電動ユンボを動かしていた。
これは猫糞を避けるためでの対応である。
ただ、自動で出来る作業を手動でやるから起きた無駄作業には違いなかった。
「………これが、領主の姿なのだろうか?」
燃やすものがアレなのである。
重機に乗って、波瑠止は操作を続ける。
そうしてバケットを動かしていると波瑠止は混乱してきた。
俺って、名家のトップになったんだよな?
もっと成り上がらねばならないということだろうか?
そう妄想すると、意外と楽しい。
それがまた惨めな気持ちにさせた。
「やらざるを得ないでしょう」
通信機からジョージの声が聞こえる。
彼もまた設備管理で動いていた。
「出世すれば違うのかね」
波瑠止は独り言のように呟いた。
「さあ? なんとも言えませんが、権力は得るでしょうね」
「権力なあ……」
実感が、あるような、無いような。
波瑠止は今一つ、自分のことと思えなかった。
……教育から、環境から、彼も察してはいる。
どうにも自分の人生はこれまでと大きく変わったのだと。
けれども根っこは貧乏旗本だ。
あの上杉跡取りのように、貴人であるとの自負などない。
「さっさと終わらせて帰りましょう」
「だな」
「姉上が待ってますし」
あまりにもむさくるしいので、茅はお留守番だ。
波瑠止は、黙々と作業しながら考えていた。
……上杉のカットインで肝を冷やしたが、考えると妙な話である。
恫喝してまで、麻薬は不安がることだったのだろうか?
と波瑠止は考えた。
そしてそこで、はたと気づいてしまった。
「遠藤は、どうやって……これだけの麻薬を集めたんだ?」
そう言えば不思議な話である。
波瑠止は、遠藤の捜査は公儀同心に任せていた。
操作の詳細は知らぬが、違和感を覚えた。
量が量なのだ。一朝一夕で集められるものではない。
……アングラなルートで入って来たとしては些か、多くは無いだろうか?
また超猫で世界が小さく短くなったとはいえ、船腹は無限ではない。
運送料だけでも相当な金がかかったことだろう。
しかも、コマロク商会は独立採算とは言え、本家の影響もあった筈だ。
火遊びするには、不適切ではなかろうか?
第一、売りさばくにしても柳井市は人口が高い地域ではない。
売りさばくにも、美味しくない市場である。
貧しい地域だから麻薬が蔓延してるとは、一概に言えないのだ。
ざらざらと精製麻薬が詰まった袋が炉へと落ちていく。
ソレを見ていた、波瑠止はふと思い出す。
……そう言えば、前当主は機雷で吹き飛んだんだっけか。
ソレを思い出した時、波瑠止の中で絡まっていた違和感がほどけた。
「……ジョージ、今、本宅の跡地――その周辺ってどうなっている?」
通信機から、ジョージの声が返って来た。
「どうかなさいましたか?」
波瑠止は、自分の予感が悪いものだと分かっていた。
だが、腹心に共有することにした。
「今の操作を終えたら、別室で話したい」
波瑠止とジョージは、作業から外れた。
ゴミ処理施設の職員用談話スペースに二人は入る。
ロッカーとベンチが並ぶ殺風景な部屋だ。
そこで先んじて疑問を口にしたのはジョージであった。
「殿、作業止てまで話すことですか?」
波瑠止はジョージの疑問を尤もだと思いつつも、声を潜めた。
「そうだ。突拍子もないが否定するには難しい話だ」
ジョージはますます怪訝そうな顔をした。
「人件費もタダではないんですけれどね」
「……スマン。さっさと本題を言うことにする」
彼は疑問を腹心に投げかけた。
「なあ、ジョージ。本家で麻薬製造を担ってたら、色々腑に落ちないか?」
波瑠止は沈鬱な顔をしてジョージを見た。
「あり得ないでしょう。ご禁制の品をわざわざ、領地で生産する必要が……」
ジョージは当初こそ語調荒かったものの、尻すぼみになった。
そうして、沈黙が部屋を満たす。
やああって口を開いたのはジョージであった。
「殿は、誰がどこまで関わってるとお考えですか?」
「直臣、本家の分家はほぼ確実」
酷い顔で 波瑠止は不本意だが認めた。
嗚呼なんて事だろう、前提が間違っていたのだ。
考えれば不可解であった。
大赤字で苦しんでるはずの本家。
その本家がどうして、長い期間破綻せずに済んだのか?
麻薬の資金だと考えれば、全てが解決する。
鉱山の閉山は随分と昔のはずだ。
幕府からの役目を失ったのは最近だが、それまで何故存続した?
赤字は酷い、だが暮らしぶりは悪くない。
借金外の収入があったと推測するのは容易なことだった。
「絵図を描いたのが遠藤ってよりかは、恨み買っての報復だと思っている」
波瑠止は続けた。
「御役目が官職に回されも、何故か家格相応の生活が出来てたんだ」
無限の借金など出来るはずがない。
だが利息の支払いは代替わりまで普通に行われていた。
「財務的にも不自然さは無い。けど逆に言えば今まで続いてたのが不思議な程だ」
内部保留で保ったとしても、不自然。
ここ数代、婚姻による財産の補給が成ったこともない。
であれば何処からその金は来たのか?
金の流れがあったとして、その財源は?
麻薬の利益による裏帳簿がなければ無理だ。
そう考えると、葬式の襲撃も納得だ。
何もわからぬ馬鹿が、後を継いだ。
奴らが不安がらぬ筈がないのだから。
「だから疑問に思ってたし、上杉の襲来がきっかけで今、確信できた」
今まで気にもしなかったが、領主の財源は領地の税収である。
ロクな税収もなく、赤字を計上していたはず。なのに破綻しない家計簿。
発覚した麻薬の量を考えれば、納得できる。
……嗚呼、あの幼児は旗印だったのだ。
波瑠止は暗澹たる気分になる。
地に潜り瑕疵の全てを己に押し付ける。
失敗すれば、その神輿を担いで再建。
あり得る話だ、血を引くからと。
「殿はどうなさるのですか?」
ジョージが問う。
波瑠止は眉間のシワを深くしながら言った。
「完全撲滅しか無いだろうよ……」
全てが分かった、今、麻薬を抑えて利益を出すことは不可能だ。
既に上杉は嗅ぎ付けている。
無理だとしても、焼き払うしかない。
今までとは反発の規模が違うだろうと、波瑠止は予感していた。
家臣団の層が、更に薄くなるのは必至。
そして幕府に悟られるわけにもいかない。
頭の痛い話に、悩んでいるとジョージの仕事兼用電話が鳴った。
「こんな夜分に……?」
ジョージが出るのを波瑠止は見ていた。
会話の内容まで聞こえないことは無かったのだが、聞き耳を立てなかった。
波瑠止は聞きたくない話だろうと、判断したからだ。
だが、段々とジョージの表情が険しくなるのは目にしていた。
通話が終わった。血の気の引いた顔で、ジョージは言った。
「……殿、姉上が誘拐されました」
波瑠止は目を見開いた。
誰か知らんが俺たちを陥れようとしている。
そう彼は悟った。
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