第30話 初デートは失敗しやすい


 柳谷W波瑠止は、ベンチで考える。

 別邸を抜け出して、鄙びた柳井市の駅前である。

 あえて人通りの少ない其処で、彼は猛省していた。


 自惚れではないが、己はちょっとしたイケメンである。

 腐っても底辺でも旗本であるので、美男美女の血を引くからだ。


 体格も同様である。

 年齢相応であるけれど、何れは高身長と筋肉が約束されていた。

 これは貧乏な旗本の健気な伝承によるものであった。

 昔々、我らが御大将軍は部下へ、こう申された。


「旗本・御家人の友は筋肉とトレーニングである」


 そりゃ彼は軍事組織のトップであった。

 兵隊、いいや一人の兵士として体を鍛えないのは、あり得ない。

 どうせ世襲で忘れるだろうから、御三家と親藩以外にも残ればいいな。

 そう思っての発言だった。


………しかし、太陽幕府の成立により、それは規範となった。


 五閥の人間はそうでもないが、兎に角、旗本・御家人は体を鍛える。

 偉大な開祖のお言葉である。

 

 己の体を鍛えず何とする! しないの馬鹿でしょ?


 建前として立派であること、また無役な旗本・御家人の無聊を慰め……

 かつ他家への言い訳としてトレーニングは有効だった。


「(仕事なくても)鍛えてますから(役目果たしているので)大丈夫です」


 そう言えば面目もたつ。

 そうだとも、幕府の臣下として当然である。

 そんな悲しい理由から、美男美女の人気に劣るが大男・大女も好まれた。

 下世話であるが、時には美男美女よりモテた。


………戦闘機乗りとしては体重軽い方が有利なのだが。


 太陽幕府では、デカくて美男美女だとモテた。

 五閥からすると「えぇ……?」な価値観である。

 多少体がデカくて、どうなるって話だし。


 さあ、そんなハイスペ男子である波瑠止。

 やっぱりモテた。そりゃモテた。けれども、地元じゃ微妙であった。


「何故だ?」


 こっそり小声でつぶやいてから、波瑠止は考える。

 そして気づいた。

 あ、俺、アンタッチャブルだったんだと。


………おらが村の若様である、そりゃ村人は全力で気遣う。


 でもって周囲も臣下筋である。

 気遣いされて当然、だから己が察してマンになるのも無理はない。

 そして生来の恋愛ヘタレだ。


「何故だ」


 どうして己にセンスはないのだろう。

 そう思いながら、彼は人込みを再び見た。


―――顔を隠して駅前デート。


 何世紀、擦ったネタだろうか。

 と言うか、自動運転車がスタンダートな世だ。

 ドライブデートではダメだったのだろうか。

 と言うか、そう言うことすらセンスがないのか。


「…………あああ…」


 声にならない声を上げ、波瑠止は己の行いを悔いた。



■■■



 時間を巻き戻す。

 ヘタレである波瑠止だったが、なんと茅をデートに誘えていた。

 まあ、お誘い文句を彼が言えるはずもない。

 なので茅へは「駅前視察だ」と嘘をついてだが。

 そうして私服の茅と伏せた護衛を連れ、彼は駅前のロータリーで合流した。


「……お待たせ、しました?」

「……待ってない? うん?」


 茅は波瑠止からのリクエストされたセリフを言っただけだ。

 言わせた張本人の波瑠止だが、やらせたくせに「違う」と思った。

 

 さもありなん。


 視察に出ると、同じバスで出、別ルートで合流しただけである。

 待ち合わせしようぜ!

 と思いついたはいいが、警護の都合でで断念した結果であった。

 

「何でしょうか、白柳谷より大きな駅なのに」


 コレジャナイ感を味わった波瑠止と違い、茅はいつも通りだ。

 状況故、あまり出歩けなかったこともあり、柳井市の中心が物珍しいらしい。

 あちこち見ながら感想を口にした。


「活気ありませんね」

「……だなあ」


 さびれてるのにも理由がある。

 コマロク商会が潰れたからではない。

 鉱業が衰退するにつれ、人口が流出していったのだ。

 その影響は至る所に残っていた。

 懐古主義のモダン建築群は立派なのに、補修が間に合わない。

 その劣化や塗装のハゲが、なんとも言えない具合であった。


「何を見られますか?」

「……そうだなあ」


 茅から切り出され、波瑠止は考える。


「飲食店、雑貨、生活必需品かな」


 あえて外していたジョージがこの場にいたらキレただろう。

 あんた、デートの時まで施政者目線引きずるのか! と。

 普通はショッピングなり、デートスポットなり出すべきであろう。

 なんとも残念な波瑠止であった。


「では、参りましょうか」


 茅は疑いもせず、彼を信じた。

 ここでもジョージは突っ込んだだろう。

 姉さん、貴方が意識しているお相手ですよ?! と。

 ヘタレと鈍感、なんとも奇妙な組み合わせであった。



 護衛を潜ませ先行させ、二人はあちこち歩く。

 話題は少なく(ジョージは嘆いただろう)色気も甘酸っぱさもない。

 そうして歩きながら、波瑠止は考える。


………茅とどうなりたいか。


 そりゃ結婚したい。本気も本気である。

 しかし、現状じゃそれは難しい。

 家柄だけは立派になってしまったのだ。

 嫁は、同じく旗本か――譜代から迎えなければならない。


………恋愛に生きればいい、とタダの人間なら言うだろう。


 だが、これは幕府の支配層にとっては義務だった。

 政体が封建制として、定まってしまったのだ。

 幕府の内で権利を持つ以上、愛に生きるのは難度が高い。


 それでも領主である波瑠止が愛に生きると、茅を選んだとしよう。


 そうなると彼を待ち受けるのは、周囲の旗本らによる村八分だ。

 いや村八分で済まされるなら、まだマシ。

 最悪、周囲から攻撃され破滅するだろう。


 旗本も御家人も、幕府に認められ特権を得ている。

 その特権を損なう者や行動を、彼らは許さない。


 彼らの特権は、ただの特権ではないのだ。


 祖先から繋がる権利である、そして己の地位を定める特権なのだ。

 これを毀損することは、危険であった。

 幕府の統治――そして領主の統治の正当性を失わせるからだ。


……支配者の血を引くから、縁があるから政治が出来ているのだ。


 それを投げ捨てることは、幕府の支配下では無理である。

 やろうと思えば武力で支配も出来るだろう。

 だが残るのはズタボロの領地と、敵愾心を持った臣民だ。

 誰が好んでそんな無駄なことをするものか。


………よって、波瑠止は己の思いと葛藤し続けていた。


 茅が、好きだ。それは疑いのない真心である。

 だが、それは認められない。

 底辺旗本が嫁が取れないからと、家臣から娘を貰う話ではないのだ。


―――泣いて喚こうが、柳井は名家だ。


 貧困に喘ごうと、歴史がある、権威がある、血の柵があった。

 底辺だった分家とは違う。


――――ジョージが言わんとすることも理解している。


 茅を幸せに出来るのは自分だけだと己惚れるなら、だ。

 まったくもって憎たらしいが、あいつの意見は正しい。

 茅と暮らすことも可能だ。

 だが、それは幸せなのだろうか? と波瑠止は思う。


――――ひとりよがり。


 茅の指摘は彼の心を傷つけていた。

 ああ、そうだ、俺は茅を見てないのかもしれない。

 そう彼は悩んだ。

  

「殿、」

「どうした?」

「えっと」


 茅は声をかけたが、続きを躊躇った。

 何か迷ってる主の邪魔をしたくなかったのもある。

 そして弟の指摘が耳に残っていたのも大きい。


―――好きなら、答えていいとは思う。


 家臣として忘れようと思う。

 身分違いだ。そう身分違い。思い込もうとして、茅は考えてしまう。


 自分は、殿に惹かれていないのか? と。


 決して嫌な人ではないのだ。

 失敗も多い人だけど、人柄は悪くない。

 上を見たらキリがないけど、ハンサムだって思う。

 カッコイイと思わないことだってないのだ。


―――頑張る姿は凄いと思う。トレーニングの時はドキッとする。


 けれどもチラつくのは、家臣の出と言うことだ。

 主君を立てるのが家臣である。


………これは可笑しな教えではない。


 太陽幕府の旗本・御家人なら当然の考えである。

 五閥の中にも形は違うが、それはあった。

 幕府のメリトクラシーが歪んだ為、どの家も必至である。

 家を盛り立て存続させるために家臣が主家に尽くすのは珍しくない。

 そして主家は盛り立てられるからこそ、還元するのだ。


 実際栄達した主家のお陰で家臣が旗本・御家人となった例は珍しくない。


 数世紀を通して、これは正しい生存戦略であったのだ。

 だからこそ、茅は知っている。


 主家の妾になったり、主家から婿が来るのは珍しくないと。


 ただそれは、いささか特殊な例だとも彼女は知っている。

 家の権勢が振るわないから、だとか。

 臣下が旗本・御家人になったから、改めて縁を結ぶだとか。

 

 そう考えると、自分と主との関係は―――難しい。


 茅は思う、まだ主が分家柳井の若様であったなら、と。

 そうすればよかった。

 家の権勢なんてないのだ、自分が嫁に上がれた。


――――そこまで考え、茅は赤面した。


 嗚呼、自分は思いあがってないだろうか。

 そこまで考え、では妾はどうだろうと想像する。

 小さな家で波瑠止を待つ自分を想像したまでは良かった。

 主に帰る家があると察した時、彼女は得も言われぬ感覚を覚えた。


「あ……」


 嫉妬だ。

 相手もいないのに、そう悟って茅は気付く。

 愛か恋かは分からない。けれども自分は彼を大事に思っているのだと。


「茅?」


 波瑠止が振り返る。

 彼の顔を茅は良く見た。


………変装のサングラスが浮いてて、変だった。


 こう言うところもセンスがない人。

 ああ、可笑しい。

 そう彼女が思った時だ。大声が聞こえた。


「え、めっちゃイケメンじゃない?」


 声に振り返ったのは波瑠止である。

 どうやら同世代、そうした層のたまり場へと迷い込んでいたらしい。

 少し派手な少女二人組が波瑠止を指さしていた。


「ねね、どこの子。ここらじゃ見ないけど」


 ぐいぐい来る少女A。

 ヘタレな波瑠止は、咄嗟に対応に困った。

 悲しいかな、彼は茅以外の女性とのコミュニケーション経験が乏しかった。

 

「え、俺? この変じゃないけど……」

「へー! こんな何にもない所に?」

「言い過ぎ! 市なのに村根性あるけど!」


 きゃいきゃい二人に囲まれ、波瑠止は右往左往する。

 護衛も明らかに素人だと通してしまったらしい。


「あっ! ねえ、そっちの子とデート?」 


 少女Bが茅を見て言う。

 波瑠止は、ずばり言い当てられ動揺した。

 否定か、肯定か。究極の二択を選ぼうとした波瑠止の耳が声を拾う。

 それは茅の声であった。


「殿、では戻りますので」


 え、うそでしょ。

 本気で波瑠止は茅の発言の意味が分からなかった。

 彼が恋愛経験豊富だったら、彼女が拗ねたのだと察したのだろう。

 ただヘタレにそれを求めるのは酷である。


 弁明する暇さえなかった。


 ほれぼれするほど美しく踵を返した茅。

 そして少女二人にまとわりつかれた波瑠止。

 本人の行動の遅さが招いた結果であった。


「何故だ?!」


 ジョージが居たら腹を抱えて笑い、ぶん殴っただろう。

 ヘタレが極まったバカは、こうしてチャンスをふいにした。 

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