第29話 不和と後悔しない選択

 残されたのは波瑠止、ジョージ、茅である。

 談話室の空気は確かに弛緩したものの、誰も口を開けずにいた。


「幻滅したよな」


 力なくそう言ったのは波瑠止であった。

 ジョージは答えようとし、それを遮ったのは茅であった。

 彼女はきゅっと口を堅く引き締めた。

 普段しない表情で彼女は、元幼馴染、現主である波瑠止へ質問をぶつけた。


「しなかったと言えば、虚言になります。殿は―――命が惜しくないのですか?」


 波瑠止は怪訝に思って茅を見た。

 茅は、泣きそうな顔をしながら言った。


「葬儀の時も、戦争の時も、殿はそうでした」


 間があった。長い間ではない。


「我が身を顧みず、死にたいように思えてしまう」


 波瑠止は、言い返そうとした。

 そこで茅がまだ言い足りないことに気が付き、黙った。


「部下の死すら背負うのが、殿の役目でしょう。だと言うのに、殿は」


 波瑠止は、眉根を寄せた。

 自覚があったからと言うのもある。また、茅に言われると言うのも堪えた。


「外面だけの私をかばう必要もなかったのに、上杉様にまで噛みついて」


 待ってくれと波瑠止は、思った。だが茅の背後に立つジョージが首を振る。


「殿は何がしたいのですか?」


 言われて、波瑠止は何故か負い目を感じた。

 何がしたい。何もしたいわけではないのだ。

 押し付けられた面倒を解決してきただけの心算なのだ。


「場当たり的で、お家の為でもご自身の為でなく」


 茅も言葉を発するうちに感情が高ぶったらしい。


「ただただ振り回されて損を被って」


 白い頬を紅潮させながら、彼女は言った。


「本当に、何がしたいんですか」


 波瑠止は、苦悶に満ちた表情を浮かべた。茅への反論はあった。

 しかし何か言おうとしても、言葉が出ない。

 どんな言葉を選んでも、ソレを発しようとすると出来なかった。

 何を言っても、いや何を言うべきか分からなくなった波瑠止。

 彼を救ったのは、ジョージであった。


「姉上、殿に対して言葉が過ぎます」

「でも」

「今は引いてください。姉上が発端の面もあるのですから」


 弟に言われては、茅も引くことにしたのだろう。 

 茅は最後に波瑠止を見てから、応接室から出て言った。

 扉が閉まり、たっぷり時間を取ってから、ジョージは言った。


「……と言われましたが、殿、ご気分は?」

「さいあくだ、しにたい」


 上杉相手にはあれだけ強気に出ていた。

 なのに今の波瑠止はその気迫の全てを失ったかの様だ。

 だらしなく、彼はテーブルの上に上体を投げ出した。


「姉上、怒ってましたね」

「ああ、そうだな」


 波瑠止は――骨董品の腰帯剣をベルトから抜きつつ、上着を緩めた。


「暗器と、馬鹿にして失礼しました」

「嫌味だな、バカヤロー」


 身体を起こして、すっかり冷え切った茶を波瑠止は啜る。


「上杉殿も恐ろしかったが、茅の指摘も怖い」


 ジョージは、新しい茶を淹れつつ主を見た。

 姉の言葉は言い過ぎではあったが、ジョージですら思うことだった。


「殿は言葉が足りないのですよ。ヘタレですし」


 そうジョージが幼馴染に指摘する。

 痛い場所なのだろう。がりがりと髪をかき混ぜつつ波瑠止は言った。


「かもしれん。俺の中では矛盾は無いんだが…当主である限り、責任を負う」


 波瑠止は自分を過大評価していなかった。

 己の取柄は投げ出さないことだけ。


――つまり悪い面でもある【しつこさ】だと信じていた。


 そんな彼だから、夢はもう見てなかった。 


「先陣切って戦う。間違ってるんだろうか?」


 ジョージは波瑠止が本心からそう言っていることが分かっていた。

 ただ、姉はそんな主の本心を気付けてないと見抜いていた。


「客観的に殿の現状を申し上げますと、」


 咳払いしたジョージを波瑠止は見る。


「若くして当主に祭り上げられ、葬式で下手人を返り討ちにして」

「………おい」

「バンザイアタックやっちゃう馬鹿ですからね」


 波瑠止は真顔になった。


「誰なんだ? そのアホ」

「殿ですよ」


 波瑠止はうぐと言葉に詰まる。


「しかし本気でどうするんですか? ……もちろん、麻薬ですよ」


 ジョージは畳みかける。波瑠止は目を閉じ、言った。


「焼却一択だ」


 ジョージは意外に思った。だから主を試した。


「殿、言っては何ですが相当な裏の財源になりますよ」


 ヘタレであるが、青臭い正義を口にしないのが波瑠止だ。

 なりふり構わず法を無視すると思っていたジョージは問い直す。


「公儀ご禁制ですが、事実上の治外法権たる木星圏にばらまけば誰も不幸になりません」


 そこでジョージは主が苦々しい顔をしてることに気が付いた。


「戦争に、麻薬と人身売買。密輸は確かに稼げる。分かってるが」


 波瑠止は苦しげに言い切る。


「そこまで行ったら、ただのバケモンだ」


 ジョージは、波瑠止の顔を見た。

 ただでさえ大多数の領民に恨み買ってるんだぜ、と力なく言う。


「もっともっと悪党になるかと私は思っていたんですが、今回は予想が外れたようですね」


 波瑠止は不機嫌そうに黙り込んだ。

 だが、ジョージはそれも好ましく思った。


「ま、でも上杉様、凄かったですね」

「様なんて付けるな、あんな奴」


 空気を換えるためにジョージが切り出すと、波瑠止はぶー垂れた。


「子供ですか?」

「未成年だろがい」


 ジョージは、やっと調子が出てきたと思う。

 

「しっかし、生で見ましたが何なんですかね、あの人?」


 主に合わせたジョージ。

 そう言われれば波瑠止も同意する。


「それはそうだな、イケメンすぎる」

「大樹と、どちらがイケメンですかね?」

「大樹だろ」


 旗本として波瑠止が答える。

 すると意外とミーハーな気のあるジョージが否定した。


「大樹は王子系だからダメ! って層がいますが」


 波瑠止は耳を疑った。


「それ、不敬だぞ?」

「いや不敬は御大将軍のTS本でしょう?」

「………えッ?」


 波瑠止は椅子を引いた。

 腹心が腐男子かと思ったからだった。


「意外とネットワーク上では有名ですよ。イケメン6って」

「イケメン・シックス」

「そうです、大樹、上杉、伊達、李、ペリエ、デットッリー」

「ゑ?」

「そりゃあ、皆さま成人して独身で……って何て顔してるんですか」


 宇宙猫、〇Xで有り金溶かした人の顔。

 そんな顔をした波瑠止はジョージへと問うた。


「お前、男性でも大丈夫か?」

「自分ノーマルですが? 姉上とも喋る、単なるゴシップですよ」


 ゴシップ。そう聞いて安堵する波瑠止であるが、即座に反応する。


「待て、茅は誰が好きなんだ?! まさか上杉か?!」

「圧がすごい、圧が。姉上だって好みがありますよ、そりゃ」


 信じられない、と言う顔をする波瑠止。

 ジョージはキューピッド役を思い出してしまう。

 だからこそ、ズケンとキツイ言葉が出た。


「………ハッキリしたらどうですか」

「はっきり? 何を?」


 おい、ここで難聴か? この糞主。

 ジョージはこめかみを抑えながら言う。


「姉上のことです」

「………」


 波瑠止は沈黙する。

 ジョージは、その予想された態度には腹を立てなかった。

 がイイ機会だと伝えた。


「正直申し上げます。姉上との結婚は絶望的です」

「………わーってる」

「いいえ分かってません。未練タラタラ、葬儀の時は連れ歩く」


 波瑠止も、流石に不味いと察したか黙った。


「姉上の縁談潰したいんですか?」

「そんな心算――」「つもりでなくとも誤解されるのです。お忘れなく」


 反論を潰してから、ジョージは言う。

 姉にもそういえば言ったよな、俺。そう思いながら。


「イイですか。頭が固いのです、二人は」


 ジョージは言う。


「結婚できない? それがどうした! と次を何故探さないんですか?」

「ん? おい?」

「仮にも当主、なら死にかけ爺なり書面だけなり、偽装結婚やれるでしょう?」

「おいおいおいおいおい」

「で、姉上を囲えばいいでしょうに。愛人の一人二人、皆やってますよ」


 波瑠止はジョージの暴言、暴走に目を見開く。


「爛れてるだろ?! それって!?」

「なーに、かままととぶってるんですか! やるか、やらんかでしょうが!」

「ならお前は、やれってのか?!」


 ジョージは真顔で答えた。


「いいですか! このジョージ、姉上が幸せであればそれでよいのです!」

「お、おおう」

「そりゃ良い家の良い人へ嫁に出すのが一番でございます」

「……しれっと婿養子は拒否してんの、すごいお前らしい」

「ですので! 葬儀の時は御恨み申し上げました!」

「お前、言う? ここで言う? 普通言う!?」

「このバカ、縁談潰すつもりかと」

「んなわけねーy」「そう見えるのです、対外的には!」


 何時しかジョージは波瑠止の肩を掴んでいた。


「ですので、幼馴染として申し上げましょう!」

「痛い、痛いって! お前、関節極めて?!」

「過給的速やかに姉と和解して【イエス】か【はい】で先を聞いてこい」

「おい、お前、まじふざけんな!」


 波瑠止は叫ぶ。


「俺の都合も考えろ!」

「シスコンの姉への思いなめんな!」


 お互い叫んで冷静になったのだろう。

 折れたのは波瑠止だった。


「後悔、せんようにする。茅も、俺も」


 是非そうしてください。

 そう言ってからジョージは主の背中を思い切り叩いた。

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