第28話 問答

 

「……失礼します。ご依頼の軽食をお持ちしました」


 幸か不幸か。

 茅が入室した時、そこは圧迫面会の真っ最中であった。

 青い顔の主と、絶世の美男子である上杉嫡男。

 彼らの異様な雰囲気に驚きつつも、茅は動じなかった。

 慣れた所作で軽食をサーブする。


「これは痛み入る」


 軽食を出せと要求したのは平次だ。

 毒殺すら気にしていないのか? と波瑠止は内心毒つく。

 図々しい申し出だったが、ホストとして受けざるを得ない。


「美味だな」


 迷わず全粒粉パンのサンドイッチをパクつき、平次は言う。

 所作としては正しくないのだが、波瑠止は妙な品があるように思えた。

 やってることはタカリだが。


「貴殿が無言だと、話も進まないのだが?」


 平次の言葉で、波瑠止は口を開く。


………ここに至るまで、様々なことを考えた。


 口封じに事情を知る遠藤を吊るそうとも考えた。

 しかし、ここに至っては意味がいない。

 既にイニシアチブは上杉側が握ってるのだ。

 遠藤の命でケジメが付けられるか?

 一瞬波瑠止は検討したが、詫びに値するとは思えなかった。

 

―――さりとてケジメつけるのも、誤解を解くのも、一苦労しそうだ。


 よって波瑠止は改めて気合を入れた。

 繰り返しだが、幕府とは無関係であることを伝えるしかない。

 そう思った。

 先ほどの焼き直しである。が、やらないよりマシだ。


 それでも納得出来なかったら?


 向こうには無価値でも、家伝の名物でどうにか手打ちに出来ないかと考えた。

 ソレを伝えようとした波瑠止より先に、平次が発言していた。


「大層な美人ではないか」


 波瑠止は平次を見た。平次は茅に視線をやっている。

 嫌な目が惚れた女の子に向いたことで、彼は理解する。

 ああ、此奴は人が嫌がることが見えるやつなのだと。


「貴君の御手付きかな?」


 そう直球で問われた波瑠止は否定する。


「いえ違います。彼女は実家から付き従った家臣です」

「なるほど?」


 平次は目を細める。


「落とし前として、その女中でもいいぞ?」


 平次としては何気ない発言であったと思われる。

 予想通りの発言だと、波瑠止も受け止めた。


 だが、茅にしては青天の霹靂であった。

 彼女は自分が大大名の嫡男に目を付けられるなんて思いもしなかった。

 それだけでない。

 その発言に主も弟も即座に反応できなかったことに驚いたのである。

 過保護な弟も、好意を向けてくる主も、表情を必死に押し殺している。


 自分は、どうなるのだろうか?


 そう茅が思った時だ。

 波瑠止が、口を開いた。


「上杉様、それは冗談ですか」


 声を荒げることは決してない。だが、異様な気迫であった。


「……本心だと言えば?」


 平次がそう言っても、波瑠止は平次から視線を外さなかった。


「なら、お答えしましょう」


 波瑠止の中で、理性と感情が鬩ぎ合った。


 発言すべきではない、と訴える理性。

 反して、続く発言を肯定する感情。


 旗本の自分、分家柳井の自分、様々な立場から彼は考えた。

 けれど、やはり言葉は出た。


「家臣を売ってまで、私は上杉様と和解したいと思いません」


 息を飲んだのは誰だったか。

 ジョージは信じられない物を見たと言う顔で波瑠止を凝視した。

 茅もまた目を見開いた。


「貴君は状況を理解されてないのかな?」


 平次の問いは当然だろう。

 状況は最悪で、生殺与奪は上杉側にある。

 初めから勝負にならないのだ。


 旗本一つと五閥が争って、どちらが勝つか?


 そんな話は誰もしない。あまりに無意味な問いだ。

 けれど主君と家臣と言うあり方、惚れた女の危機が、波瑠止を動かす。

 そんな彼を見て嗜めるように平次は言う。


「領空は抑えた。そも武力は隔絶している」


 平次は指を折って指摘を続ける。


「そして当家に対して、何か企んでると疑われた状況だが?」


 平次はそう言ってから、目を細めた。

 するとその身にまとっていた優美さが消え上せる。

 浮かび上がるのは、毒蛇のごとき視線である。

 本性が出たなと、波瑠止は思う。


「我らと、事を構えると?」


 恐怖が無かったわけではない。

 現状が分からないわけでもない。


 だが、それでも波瑠止は認められなかった。


 蛮勇だろう、虚勢だろう、無意味だろう。

 だがしかし波瑠止は言わねばならなかった。


 己の生まれは貧乏旗本、底辺である。


 それでも幕府の仕組みの中、彼は選ばれた立場なのだ。

 ここで家臣を守らずして、殿様として振る舞えるものかよ!

 例え結婚できなくなろうとも、惚れた女の子の為に言えないわけがない。

 彼は平次へと啖呵を切った。


「何度でも申し上げましょう。私は貴家に対し含むところは御座いません」


 波瑠止にも譲れない一線はあるのだ。

 それが破滅だと分かっていても、屈せない。


「例え公儀がそう、謀略を巡らせ私を利用したとしても、」


 その結果を波瑠止は知りながらも、言い切った。


「現に私は上杉様と向き合います」


 両者の視線が衝突する。

 先に外したはのは、意外なことに平次であった。 


「されど禁止薬物は、貴殿の手の内だ」


 平次の指摘に、即座に波瑠止は答えた。


「ならば、御渡ししましょう」


 波瑠止は言葉を重ねた。


「船でも麻薬でも家伝の名物でも献上しましょう」

「不要だ。臣下の譲渡で終わる話だろう」

「それでも臣下の一人を、お渡しすることは出来かねます」


 平次が、じれったそうに問う。


「……ふむ。それで納得しろと? そこな女でなく、と言ってもか」


 ジョージが反応する。

 再び姉が話題に上がったからだ。また茅も身構えた。

 自分が引き金を引いてしまったとはいえ、主の覚悟を知ったからだ。

 波瑠止は、それでも平次に伝える。


「貴人である貴方様にお伝えする適切な言葉がわかりかねますので」


 波瑠止は勇気を振り絞る。 


「荒い言葉になりますが―――ご容赦いただけますでしょうか」


 平次は「構わん」と答え、波瑠止は言い切った。


「こちらも悪いと思ってる」


 視線を逸らさずキッパリと。


「が、家臣や領民差し出して許しを請うほど落ちぶれてねえ」


 平次は目を見開く。


「アンタの立ち位置、力は疑っちゃねえ。けど分かってるのか?」


 平次は目を閉じ笑った。

 未成年の名ばかり旗本の振る舞いが、あまりに可笑しかったからだ。

 馬鹿だ、馬鹿がいる。無知でないのに馬鹿をやる馬鹿だ。

 

 なあ、理解してないはずがないだろう?

 お前の前に立つのが誰か知らぬと?


 なんと痛快だろう、なんと無意味だろう。

 我が身可愛さに保身しようが、詫びようが誰も咎めぬと言うのに!

 チンケな誇りを貫いた!

 大いに結構、気骨がある。媚びるよりも上等であろう。

 

「大きく出たな。ソレは旗本16万機の自負からか?」


 笑いを堪えて平次は問い直す。


「違う、お前の首を今すぐ飛ばせるからだ」

「嗚呼、だろうな」


 平次は相手の腰を見てから黙る。

 波瑠止は感情のままに続けた。


「家督も家も、俺の身も破滅するだろう――だがな、人の上に立って、責任背負ってるんだ。誰かを売って、逃げないのは俺のケジメだ」


 平次は声を上げて笑った。

 コイツは愉快だ、ただの意地だ。破滅承知で意地を通すか。

 ジョージと茅の姉妹はどうすべきかと固まる中、平次は笑いながら言った。


「心の底から笑わせてもらった!」


 素晴らしい。何と言う責任感だろうか。

 愚直だ、なんて融通が聞かない馬鹿だろう!

 杓子定規のお題目を、今の世で守るか。


「私が何者か知り、その物言い! 当家であったら、貴君の命は無かった!」


 大笑いしながら、平次は言う。


「だが、本気だとは良くわかった。分かったとも」


 抜け目なく、相手の暗器を仕込んだ場所を見ながら彼は続けた。

 

「私も表芸は嗜んでる。が、貴君はそれでも私に一撃入れられるのだろうよ」


―――ごく僅かな可能であるのだが、とは口にしない。


「その一撃を食らうかもしれないからこそ、今回は引こう」


 平次は長い脚を組みなおして言った。


「貴君は、木っ端な旗本より気骨があるようだ。失言についても許す」


 平次はそう言うと、右手の指を立てた。

 笑える姿に、個人的には満足した彼だった。

 だが貴人、そして家の利益代表者としての彼は道化に確認した。


「ただ、こちらも本気であるのは事実だ」


 愉快な気持ちだが、家の為に動かねばならない。

 面倒ではあるが、やらねば後始末に難儀すると平次は察していた。


「麻薬を引き取れると言われても、我らも容易に乗れん」


 不安の種は消すに限るのだ。そう思いながら平次は言う。


「ソレにだ、金元の差配の可能性は……高い」

「貴方様も、そう思われてると?」


 波瑠止が言うと平次は頷く。


「幕府の経済政策は下手を打ち続けている」


 波瑠止の脳裏に林との会話が思い出された。

 その性分から信じられぬほどの、知性の色を発しながら平次は唄う。


「拡大期に、独立採算させたのは良かったが……今や金の流れは火星一極」


 波瑠止は、傾聴する。


「まあ、無理ないわな。

 コロニーと言う市場は人口の限り無限に拡大する?

 馬鹿だ、何もわかっていない。無限の資材なぞ、あるものか。


 人の欲は尽きず、その醜さは人で有る限り変わらんよ。


 地方は何時いつ何時なんときも、中央から軽んじられる。 

 超猫で世界が、更に縮まってもだ。結局、人と金だ。

 地方から荒廃が始まり、中央は腐敗する。


 そして貿易なら船腹が物を言う。真理だとも、我らが証明しよう。

 嗚呼、幕府よ。お前が政権として安定してもだ、結果は一つだ」


 宗教家のように、彼の声はよく通った。


「旗本が困窮するのは黎明期から分かっていた。

 外敵が存在し、リソースを食い合って成立していた家の数は膨大だ。

 それが平時でも……存続できる筈が無いだろうに」


 平次は続ける。


「金と言う血が巡らねば、幕府も銀河も回らぬ。

 あの金元が知らぬ訳がないだろう?


 そうだとも、国家を裂いた怪物が理解せぬなどあり得ない。

 奴はな、全て分かってて幕府と封建制を敷いたのだよ。


 旗本の現状は全て、金元の影響下にある。

 アレが敷いたルールで動いている。欺瞞と停滞に皆を騙してな。

 

 困窮して当然だ。


 その為に、金元はジェンキンスを狩ったのだから。

 家は減らずリソースは増えず、思想は一つ絶えた」


 外様が正確に幕府の歴史と内情を知っている。

 耳が長いことに驚きつつも、波瑠止は沈黙を保つ。


「今後、破産する旗本・御家人の流れが加速すると我らは予言する」


 平次は、なお続ける。


「鎌倉、室町、江戸……歴代の幕府の終わりは経済的な行き詰まりだ。

 金がない、世が荒れる、天変地異。民衆は立ち上がり政権を打ち倒す。

 今の世ならば、虚空の果てからメイフラワーが戻るのが切欠か。

 だがなあ、黒船は来ないのだ。何処まで逃げたかも、帰り道も判らぬ故に」


 それは別にいいが、と楽しそうに彼は口の端を歪める。


「ところがな、幕府は崩れんだろう。

 それは世界が球で閉じられていた時代の話だからよ。


 民主主義の旗印は絶え、世界は矮小化したが、宇宙により分断された。


 それにな、今の国土であるコロニーなぞ、水爆一つで灰塵よ。

 あまりに脆弱な国土ではないかね?


 まして今やジェンキンスが説いた太陽系市民は死語である。

 衆愚政治か、政治の無関心も、ここに極まっている。

 誰も纏められぬ、幕府以外はな。


 よって地方で旗本が朽ちようが中央は無事なのであろうよ。

 ひょっとすると、むしろ蜂起してくれた方がいいかもしれんな。


 そうだ、誰かが立ち上がれば生贄として相応しい。

 

 かつて植民地で栄えた欧州のように幕府は振舞えばいいのだから。

 でもって各地で無能が絶えることなど、金元は予見していた。


 緩やかに淘汰される家、火星を中心とした太陽系の再編。

 あの怪人はそこまで絵図を書いただろうさ」


 最も、そんな金元の幕府が持続するかは、この上杉も知らぬがね。

 そう結んでから平次は波瑠止へ言う。


「そんな状況で、佞臣やら奸臣が何を考えるかなど、分かり切っている。

 木星の周辺へ向かうような気概も度量もない奴は特に、な。


 仮想敵である我らを利用しようとするのよ。


 咎は五閥、幕府の為だと嘯いてな、耳にいい言葉だ、実に。

 御正道に反した上杉から詫びと、金が取れれば勝ちだからだ」


 平次はジロジロと波瑠止を見た。


「軽く調べたが、貴君もその被害者ではないかな?」


 波瑠止は沈黙で明言を避けた。

 事実であったが、反幕府を旗本の身で口にすることは出来なかったからだ。


「まあいい。貴君の蛮勇を見れたのだ、それを御代としよう」


 平次は、そう言った。


「ただし、二度は無い。ゆめゆめ忘れるなよ? 柳井殿」


 かくして、嵐のように上杉平次は帰っていた。

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