第27話 貴公子来たる

 上杉の大軍勢に反応してだろう。

 即座に探題と中京城の役人、それも部長級がすっ飛んできた。

 だが、


「事前に幕府へ書類は通した」

「諸君らは当家のやりように文句を申すが、それは端白金元家の総意かな?」

「我が家は開かれておる。御用あらば、艦や機体を揃えて参られよ」

「戦によって決を採ろうではないか」


 と武力行使を全開にした上杉の恫喝で、すごすごと下がっていった。

 波瑠止はゾンビのような顔色で、使えない幕府の上役らを見送った。



 そんな茶番の後である。

 明確で鋭い胃痛を覚えながら、談話室で訪問相手と顔を突き合わせていた。

 別宅の談話室なのは、応接室の調度を質入れしたからだった。


「金星の大身旗本でも、斯様に狭い邸宅しか住まえぬものなのかな?」


 そうハキハキと話すのは、辰星上杉本家の人間である。

 黒い髪に黒い瞳。

 混血では在り得ないほど強いモンゴロイドの特徴を残す男だ。

 ただ、その容姿は寒気を覚えるほど整っていた。

 

 美容整形を疑うほど目鼻立ちは切れ味鋭く、目は大きく鼻は高い。

 歯並びすら美しく、声も同様であった。和楽器の音色の如き美声である。

 纏うのは天然絹の仕立ての良いスーツの上下。

 嫌味なくソレを着こなした、その貴公子は質問を続けた。


「何か言ってはどうかね? 貴君は大身旗本柳井本家の血を引くのだろう?」


 菩薩像の様に、何処か女性的な美しさを持った男は優美に語る。

 とんでもないプレッシャーを波瑠止に与える、この男。

 その名を、上杉平次と言った。

 

―――彼こそ、辰星上杉の次期当主であった。


 純粋日本人3億の領民の頂点に君臨する名家の跡継ぎ。

 そして幕府内でさえ有無を言わせぬ貴種の中の貴種。

 陛下に連なる屈指の貴い血を引く家の若き貴公子は微笑む。


………波瑠止は完全に表情が死んでいた。


 例えるなら、だ。

 地方自治体の長が、大国の王子から一方的に恫喝されている状況である。


 権威、歴史、武力。

 何もかも格下の波瑠止は、我が身の不幸を嘆くしかない。

 この水星で眠れる龍が己に何用があるのだろうか?

 彼は必死で考え、予想される答えに気付いた。


……いっそ殺してくれと思いながらも、彼は口を開く。


 ただ口にするだけなのに、血の味がした。


「いと貴き、貴方様からすれば私は小物に過ぎません」

「であろう。我ら上杉に伍するのは本家金元だけよ」


 傲りもなく自然体、そう宣う平次。

 それは自惚れからの発言ではないことは明確であった。

 波瑠止は地雷と思われる伊達の話は決してしまいと注意しつつ続ける。


「でしょう」


 虎の後を追って、辰星に引きこもった龍。

 危険極まりない龍を、誰が好き好んで叩き起こそうと言うのか。


「して、この上杉が作った船で戦に勝たれたそうだが…」


 来たよ、と波瑠止は顔を痙攣らせる。

 さしものジョージも平次のプレッシャーに若干押され気味だった。

 紅茶のサーブのタイミングを測り兼ねているようである。

 棒立ちしたまま、動けない。


「その船に、麻薬つめたてあったと聞いた。実に愉快な話ではないか」


 平次は、その目を細める。

 爬虫類を連想させる視線であった。


「いかが?」 

「ハハハ、ご冗談を…」


 そう言いつつも、波瑠止は冷や汗が止まらなかった。

 と言うか、上杉系の修理メーカーから洩れたと彼は完全に悟った。

 上杉の諜報網は凄まじい。

 その噂話が真実だと知った波瑠止は先を続ける。


「公儀が禁止したものを当家が売りさばこうと、貴方様は思われてるのですね」


 平次は柔らかな笑みを、凄みを保ったままである。


「信じてもらう他に術は御座いませんが、私もそれとは知らなかったのです」


 波瑠止は震えそうになる声を抑えて続けた。


「コマロク商会は確かに私共の御用商人でございましたが、」


 落ち着いて言葉を選ぶが、波瑠止には自信がなかった。

 龍の化身と言っていい、相手がどう判断するか分からないからだ。

 だが沈黙は許されないのだ。

 必死で、本当に必死になって彼は言葉を選ぶ。


「私は家督相続を命じられた立場です」


 そう正直に回答するしかないのだ。

 土壇場の小細工を忘れて、波瑠止は説く。


「貴方様のお家を陥れる事が、どうして叶いましょう」


 そこまで言い切ると、波瑠止は口を閉じた。

 彼は唾を飲み込むのすら、緊張のあまり出来なかった。

 平次は形の良い顎をさすり、目を閉じる。


「筋は通っているように思われる」


 波瑠止は安堵しかけ………続く言葉に打ちのめされた。


「が、貴君を使用した金元のたくらみだと私は思えて仕方がないのだ」


 平次は笑う。


「おかしな話であろう? 力のない分家の嫡男が本家の家督を継ぐ……」


 その時、波瑠止は平次の目をまともに見れた。

 澱んでいるが、平次の瞳が嗜虐の色を帯びているのを彼は確信した。

 嗚呼、嫌な視線だ。

 波瑠止は、この男とは親しく慣れないと理解した。


「道理はあれど、柳井本家は無役で領地も衰退していく一方だそうだな?」


 部屋の空気が一気に澱む。ネバついた重苦しさを伴ってだ。

 空気を変えようとジョージが茶を給仕したが、無意味であった。

 平次は訊ねる。


「何故、取り潰さなかった?」


 一人、平次は茶を取る。その様すら絵になった。

 彼は口を付け、そこで眉だけを動かし―――やああってから言った。


「コマロク商会なる何某が金元の密命を受けて、我らが売った船に細工をする」


 推理とも言えない、言い方である。

 言いがかりとも言えた。だが波瑠止には反論できなかった。

 全てが藪の中で、上杉が来たのだ。

 彼に出来るのは多くなかった。


「……そうすると色々と都合が良くなるのではないかね?」


 諭すように穏やかな語り口だが、波瑠止は生きた心地がしない。


「我らに難癖をつけ、掣肘したいか……金をせびる、とな」


 波瑠止は知らず奥歯をかみしめた。


「私は、それが我ら上杉の不安であるかもしれないと思う」


 平次はカップを戻す。

 その所作もさまになっており波瑠止は映画のワンシーンを思い出す。

 絶対的な悪役が、モブを破滅させるシーンじゃないか、と。

 そう言えば、俺って半端に成り上がってるな。

 緊張と現実逃避が相まり、彼の胃は重い痛みを発していた。


「だがな」


 平次は、そこで初めて獰猛そうな顔を浮かべた。

 凄む顔は優男のソレでない。

 暴力と自信に裏打ちされた表情である。


「名誉を傷つけられると知って許すわけにはいかんのだ。私も家もだ」


 傲慢を隠しもせず、彼は足を組む。


「貴君は、どう落とし前をつける?」


 部屋を重油のように粘つく沈黙が包んだ。

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