第25話 後始末からの

 波瑠止は仕事に戻った。

 柳井の別宅で書類作業だけではない、方々の後始末もあった。 

 それでもコマロク商会のトップを拘束たことは、いいニュースであった。

 酷い話だが、商会の資産を接収して当面をしのげるからである。

 

 が、そんなことはなかった。


 商会の資産を持ち逃げ。

 そんな輩が大量発生したからである。



 波瑠止は目の下に濃い隈を作りつつ、書斎で決済していた。

 その補佐で執事服のジョージとメイド姿の茅も、執務室に詰めている。

 膨大な量の電子紙を茅が仕分け、ジョージがチェック、波瑠止が決裁していく。

 古い時代の、デスマじみた光景であった。

 物理的に手が足りない彼は嘆いた。


「……なあジョージ、俺はどうしてこんなにも苦労してるんだろう?」


 保険会社への釈明書を添削しつつ、波瑠止が呟く。

 弁護士先生への文面はAIが要約していたが、それでも目が滑る。


「名家の御当主になられたからです」


 ジョージは涼しい顔で答えた。

 しかし、彼もまた疲労の色が濃い。


「血腥いのに、なんでこんなにも小難しいんだ……」


 何もかも如才なく、こと格闘技のみ主を上回る技量を持つジョージである。

 そんな彼でも今の発言は頂けなかった。

 自分でもキツイ目をしてるだろう。

 そう思いながら、彼は武勇に偏り気味の主を見た。


――――狂った特攻を成功させるだけあって、度胸のありすぎる主だ。


 旗本子弟として、物心つく頃には殺人の覚悟をキめられていた波瑠止である。

 それでも殺人は悪、と言うモラルを彼は持ち合わせていた。

 だが、必要とあれば躊躇なく何名か護衛をぶった斬っていた。


………主は生まれる時代を間違えているのではないか?

 

 と思いつつ、ジョージは話題を変えようと試みた。


「流しましょう。殺したのは事実ですし」


 戦争時の殺人で、波瑠止は顛末書まで提出させられることになっていた。


………士分とは言え、幕府は殺人免許を無制限に発行していない。


 撃墜ならいざ知らず、段平をぶん回し暴れまわったことは問題視された。

 で、波瑠止は自業自得で厳しい手打や打捨の罰を食らうことになったのだ。

 戦争と言う大義名分で軽減されていたが、下手すれば逮捕状が出る。

 すっかり本人は忘れているが、中京城への出頭は自業自得であった。


「………流せって、なあ」


 簡単に処理できるかと、波瑠止はぼやく。


………遺族への送金、幕府への釈明と、何かと手間がかかっていた。


 おまけに敵艦の廃艦、その売却の手間も加算された。

 コマロク商会を合法的に潰したのに、結果的に手間が増える。

 自分は墓穴を掘ってばかりではないか?

 そう彼は思う。


「ああ、殺さなきゃよかった…」


 波瑠止は小声でぼやいた。

 茅を憚ってだったがジョージは冷ややかな目で主を見た。


 茅は武家の娘である、その辺の女子よりは耐性があるのだが…?


 この主には姉がどう見えてるのかと思いつつ、ジョージは指摘する。


「公開するなら殺しなどやらないことです」


 止めとばかりに林からも叱責じみた抗議文が届いていた。


「ま……私としては刀と拳銃だけで10人以上相手にしたってのが驚きですが」


 ジョージは知っている。

 主のクソ度胸と行動力は今に始まったことではない。

 とは言えジョージも、先の鉄火場がにいた身である。

 同罪だろうな、とは認識していた。

 

 けれども、波瑠止へドン引きしてないかと言えばそうではなかった。


 蛮勇を振るったにも拘わらず、だ。

 波瑠止は腕の一本も失うことなく、再生医療の世話にもならなかったのだ。

 十二分に主は普通ではない。本当に未成年かと思う。


「なんだその顔。ジョージも出来るだろ?」

「出来ません」


 当の本人からそう言われ、思わずジョージは否定した。

 葬儀の時といい、前回といい、大丈夫かコイツ?

 主は頭のネジがネジ穴ごと、とろけてるとしか思えなかった。


「いいですか? 出来てたまりますか! 武芸はあくまで武家の伝統です」


 旗本に求められてるのは指揮官としての技量である。

 断じて、一騎打ちのではない。であって堪るかと、ジョージは思う。

 第一、本業相手に征紋あろうが勝てるというのが間違っている。


「ジョージ、それホント?」


 茅も会話に入って来た。ジョージは形勢不利と悟った。

 波瑠止は茅に視線をやったのに気づいたジョージは話題を逸らした。


「それより、コマロク商会はどうなさいます?」


 波瑠止は即答した。


「涼子叔母上に任せた」


 和止の子は四姉妹であった。

 その長女が止正の波瑠止の実母である。

 彼女のみ若くして亡くなっていたが、残る3姉妹は分家柳井領で穏やかに暮らしていた。

 

……これは止正の婿入りによる対応であった。


 止正は分家とはいえ当主に成れたし分家柳井に含むところは無い。

 だが、本家が分家を取り込もうとしたとも取られかねなかった。

 ソレを防止するため和止がそう采配したのであった。

 そんな彼女たちと面識があるらしい、茅が嬉しそうに言う。


「涼子様も張りが出そうですね」


 そんな可愛い茅に波瑠止は微笑みを向けた。

 脳裏にやっぱ結婚したいと浮かぶ。

 波瑠止らの煩雑さの幾何かが一つ解消されたからだろう。

 本音を隠して彼は言う。


「うんそうだな。これで、分家による乗っ取りだと言われてなければな」


 後半は小声である。聞こえたのはジョージだけだろう。

 ジョージは肩をすくめつつ、主を見た。

 

「言わせればよろしい。先の奥方の御実家に口を出されるよりマシなので」

「………だな」


 そう言いいつつも、波瑠止の表情は暗い。

 予想通りだったが、柳井郡の職員とコマロク商会の談合や癒着が発覚。

 よって波瑠止は速やかにそいつらを手打ちにせねばならなかった。


………で、部長級課長級の人材を容赦なく粛正する羽目となった。


 これにより柳井郡の行政職員らは更なる激務にさらされることとなった。

 でもって現場の恐怖も半端ないだろう。

 容赦無く切り捨てるトップを現場が恐れない訳がないからだ。


「領民からは不良企業と悪徳役人をやっつけたと拍手喝采だが……」


 どす黒い隈をこすりつつ、波瑠止は自嘲する。


「現場からすれば俺は暴君なんだろう」

「綱紀の引き締めです。膿は切り捨てねばならんでしょう」


 ジョージはそう言つつ波瑠止へ茶を出した。

 完全に話題を変えられたと信じて安堵したからだ。

 茅も仕分け作業の手を止めて波瑠止をねぎらう。


「そうですよ、殿は正しい道を歩まれてます」


 波瑠止は胸が暖かくなるのを感じた。


「そう言えば、こうして執務してる時に喧嘩売られたんだな」


 幾分か気を緩められたからだろう。

 金星西大陸産の茶葉を味わいながら、波瑠止はそんなことを口にした。

 ジョージは、それをやんわりと諫める。


「迷信めいてますが、あまりそんなことを口になさるのはおやめ下さい」

「なんでだよ、愚痴の一つ言っても良いだろ」

「言霊と申すのです、良からぬことが―――」


 そうジョージが言い切る前に、ノックがあった。

 波瑠止の顔が引き攣って行く。今は誰も通すなと言っているはずだった。

 間髪入れず入室してきた使用人が血相変えた表情で報告する。


「殿、火急の用です!」


 聞きたくねえ、と波瑠止は思った。


「件の艦の修理中に、装甲下から膨大な量の麻薬が出ました!」


 コントのように、茶を吹き出した波瑠止は叫んだ。


「なんで俺がこんな目に合うんだ!!」


 そうすると、もう一人、別の使用人が駆け込んできた。


「殿、一大事です! 上杉軍による領空侵犯です!」


 波瑠止は猛烈なめまいを覚えた。茅が慌てて駆け寄って来て言った。


「殿、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 強がりつつも、波瑠止は猛烈に腹が痛くなっていた。

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