第24話 ヒトの夢
戦争に勝った波瑠止を待ち受けていたのは、林からの呼び出しであった。
余談だが、戦勝での領民からの賞賛の嵐は無かった。
手付かずの借用書と始末書の山を残し、再び彼は中京城へと飛んだ。
超高層の窓の向こうを、ポーター用のドローンが飛んでいく。
懐古趣味だろう、広告を兼ねる取り付けられたネオン管の光が怪しく軌跡を引いていった。
中京城の高層階の談話室に通された波瑠止は、長いこと待たされていた。
晩飯、どうするかと波瑠止は現実逃避してみた。
………名物なんだっけ?
修学旅行の思い出を記憶の底で探っていると、ノックの音が響く。
波瑠止の返答を聞くことなく、扉は開き林が入室する。
「柳井殿、貴殿は問題を起こさねば気が済まないのか?」
何を今更……そう言いかけた波瑠止だったが黙った。
林は間を開けてから口を開いた。
「不躾だった。貴殿とは話したいと思っていた」
波瑠止は林に注意しつつも、前回より緊張していないことに気づいた。
警戒心を持ちつつも、彼は言葉を選んで返答する。
「そうですか」
自分でも酷い物言いだと思う。やああって、林から話しかけてきた。
「まず聞きたい。柳井殿は知行地を、どう思われているのか?」
痛いところを突く、話である。
どうしたって厳しいと言うのが波瑠止の見解である。
領民に負担をかけず、借金を圧縮していく。
そんな道しか、波瑠止には思いつけなかった。
しかし、それも上手く行かないだろうと彼は気づいていた。
徳政しようとも、抜本から完治せねば無意味なのである。
15の小僧に思いつく事を、大人が実行しないとは思えなかったからだ。
「どうとも……やるしかないと思っています」
「旗本であればそう答えるしかないと、私も思う。しかし本音では?」
波瑠止は怒りを覚えた。
しかし、声を上げることはなかった。
失態は不味い。
ただただ、それだけを意識して彼は息を吸い込み、感情を抑えてから答えた。
「難しいことは承知しています」
「承知した。では次だ。決闘はやむないが……徳政はどうされる?」
これも痛いところである。
「貴殿が斬ったより多くの臣民が死ぬぞ」
沈黙が不味いと思うのだが、咄嗟に言葉が出てこない。
先に口を開いたのは、林であった。
「私は、夢がある」
波瑠止は林に視線を合わせた。
「幕政の歪みは重くなりつつある」
幕府の官僚の意見とは思えなかった。
怪訝な表情をする波瑠止を他所に、林は語る。
「借金に苦しむ譜代や旗本、そして火星一極の経済、政治」
「今更の話ではありませんか?」
波瑠止の指摘に林は首を振る。
「いいや、政治の問題だ。幕府は五閥の危険性を黙認したまま、なのだ」
波瑠止は林の発言に混乱を深めた。
確かに、五閥は幕府の管理下にない。
けれど危険な相手かと言えばそうではない。
貿易相手として有力なことに変わりないのだ。
何より歴史の努力で、政治的な軋轢も随分減った。
貿易相手を今更失える筈がない。
「虚空にあるかもしれない、幻の新天地を求める現状の何が正しいのか」
林の発言は夢見るような色を帯びていく。
逆に波瑠止は、困惑を深めていくしかない。
「母なる地球へ、VNMのワクチンを投じることもなく」
林の瞳は、波瑠止を見ていなかった。
「木星圏の混乱も放置して、何が太陽幕府か。我らにはまだ出来る事がある」
その一拍、林が何を伝えたいのかさっぱりわからない波瑠止は問いかける。
「それが、この会談の目的でしょうか?」
林は頷くと語調を強め、上気しながら続けた。
「幕府のメリトクラシーが政治により機能不全に陥って長い。君も被害者だろう」
被害者、そう言われると頷くしかない。
けれども波瑠止は同時に疑念を抱いた。
少なくとも己を被害者にしたのは幕府である。
そして林もまた、何らかの形でかかわってるだろうに、何故そう言える?
いよいよ扇動者かMCのように、勢いに乗った林は断言する。
「幕府の全ては老中が定める。それはいい、だがどうだ?」
林は立ち上がり、声を張る。
「解決すべき問題が積みあがった、この現状に、誰もだ!」
狂乱を瞳に宿し彼は繰り返した。
「誰も声を上げない!」
波瑠止は絶句した。
「いつ何時、銀河の末から太陽系を捨てた不忠者らが戻るかも知れぬのにだ!」
悦に浸ってる林は波瑠止を気にかけることなく吠える。
「技術は停滞し、いつまで経っても血腥さが付いて回る!」
波瑠止は眉根を寄せた。
「この政治が正しいか? 否! 違う!
より開けた社会を作るべきであるし、経済の窒息死は回避せねばならんのだ!
水星、金星、地球、火星、土星では足らぬのだ!
今一度我らは幕府のあり様を定めなければならん!」
林の異様さに波瑠止は沈黙し、血走った目で林は叫ぶ。
「誰かが、天下に号令をかけねばならんのだ!」
林が言い切った後の沈黙、先に口を開いたのは波瑠止であった。
「………お気持ちは良くわかりました」
無駄に熱い人だと林は林の認識を改めた。同時にアブねーヤツとも。
「それが、私と何の関係が?」
危ないお誘いだろう。そうだろうなと、波瑠止は思う。
林は頭はイイのだろう。が、人の話を聞かなさそうなタイプだと感じた。
だから林へ波瑠止は、そう言った。
ただ興奮がまだ引かないらしい林は、早めの口調で言う。
「失礼、貴殿は正しく怒りを表現していいのだと伝えたかった」
おい、ちょっと前に徳政を非難してなかったかと、波瑠止は思う。
けれど口にしなかった、面倒になる直感があったからだ。
「徳政も褒められたことではない。しかし怒りの発露としては不足だろう」
何言ってんだこいつ。
波瑠止はそう本気で思った。だが、直後の言葉は彼を揺さぶった。
「幕府の沙汰は下ったが、領地を返上することも出来なくない」
瞬きを忘れた。喉からは、声にならない音が漏れた。
「徳政を辞めればいい。そうすれば貴殿の役割は終わる。これ以上人を殺すこともない」
確かに、その通りである。
家とか言い出すから面倒なだけで、何もかも捨てれば関係ない。
しかし、その考えは波瑠止の頭には無かった。
「それは家も何もかも捨てろと言うことでは」
「理解が早くて助かる。その通りだ」
波瑠止は、林を見た。
冷徹な官僚だと思ったが、夢を語る様も、また本気に思える。
彼が本気で幕府を憂いているのだろうと波瑠止は感じていた。
「君にも夢はあるだろう?」
ずしりと来る言葉であった。
ヤバいやつだからなのか? それとも本気で狂ってるからか?
林が口にする夢と言う言葉には、意外なほどの現実感があった。
「枷を捨てれば、その夢を目指せる。君が、ただの個人になれば終わる話だ」
林が言う。
波瑠止の目の前で茅の姿がフラッシュバックした。
幻視であろう。叶いもしないだろう夢は、抗いがたい魅力に溢れていた。
そりゃ、あの子と結婚したいさ。
何もかも投げ出せたら。
けれども、波瑠止は言葉を絞り出した。
「ご提案は、うれしく思います」
イントネーションがおかしいなと思いながらも、波瑠止は言う。
「夢は素晴らしい。そう思ってます、ですが」
思い切り拳を握りしめながら断言した。
駆け落ちだって考えたのだ。
けれども、幸せかはわからない。
「自分の夢は破れたんですよ」
その後、波瑠止はどう帰ったか覚えていない。
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