第23話 初めての戦争2

 口合戦を省いた略式で、定刻通り交戦は始まった。

 遠藤は激しい撃ち合いを覚悟していた。

 が、その予想は大きく外れることになる。


「頭を取ろうとしている? いや、逃げ?」


 最大船速で柳井の軽巡が距離を取る。

 愚鈍な見た目に反し、機動性は悪くないらしい。

 ソレを見つつも、彼らは先方が砲火の口火を切らぬことに疑問を覚えた。


「何を……?」


 その時である、艦内にアラート音が響く。

 征紋持ちの人間だろう、モニターを確認することなく叫んだ。


「敵艦、ミサイル発射!」


 だが遠藤は、敵の先方に失笑を禁じえなかった。


「金もないのに無理をして…」


 ミサイルや実弾兵器が、価値を喪失した訳ではない。

 高出力レーザーよりも打撃力があるのは事実であったし、範囲も広い。

 また威力も地球時代から数段進歩している。

 

――――だが、艦の高性能化で優位性が下がっていたのも事実だった。


 デブリ焼却用のレーザー防衛。

 あるは一種のバリアであるトラック・プライマーフォールド。

 艦によっては偏重力装置、昔ながらのメタルストーム。


 これらのミサイルや実弾兵器への防衛手段も進歩しているのだ。

 廃れ流行はあるものの、多種多様な物が考案され実装されていた。

 

 物資が希少な時代を経験したからか?

 太陽幕府下では弾体投射が下火であった。


 昔ながらの枯れた火薬銃に代わり熱線銃が銃器の主流となって久しい昨今。

 たかだか知れた量のミサイル攻撃は、下策も下策であった。


「ばらまきでまぐれ当たりを期待しているのでは?」


 コマロク商会の番頭など、大枚はたいた無駄銭使いにしか思えなかったらしい。

 そう言って博打を打ったのではないか? と意見を出す。

 遠藤も番頭と同感であった。


「ゲンを担いで勝てるとでも思ってるのだろう」


 彼らの眼前では、デブリ焼却レーザーの光条がいくつも走る。

 光芒は伸びる都度、ミサイルが撃ち落としされていく。

 そうしてミサイル全て吐き出した敵艦は、沈黙した。

 ただ戦意は旺盛で、こちらに砲塔を向け射撃戦に備えるらしい。


「ようやく観念したか」


 ここからが本番である。

 何が何でもアレを落とさねばならないのだ。

 こちらも無策ではないが、勝ちはほぼ決まったもの―――

 そう遠藤が笑みを浮かべた時だ。

 損傷を示す警報音が艦内に響き渡った。


■■■


 時間は少し巻き戻る。

 波瑠止は征紋を使って耐Gを限界値まで上げていた。


「発射開始まであと10秒、殿……死なないでください」


 波瑠止は、ヘッドセットでブリッジと通信を取り合っていた。

 そうして最後の最後で茅の激励を受けた彼は満面の笑みを浮かべ、返答する。


「任せてくれ!」


 返事を聞くより早く、外骨格ごと―――波瑠止は射出された。



 波瑠止が対コマロク商会戦として採用した作戦は、単純明快。

 そう昔ながらの万歳特攻バンザイアタックである。

 ストレスから第二次世界大戦にインスピレーションを受けた波瑠止(バカ)。

 自分に高度な耐G能力、白兵戦能力を保有しているからと、それを採用した。

 そして敵艦に乗り込むなんて馬鹿なことをする為、波瑠止は知恵をひねった。


………ミサイルでデリバリーすればよくね?


 この悪魔の閃きは、普通なら実現出来ない。

 しかし特殊だが一般的に流通していた【とあるもの】で実現してしまった。

 

 とあるもの、それは旧JP、現太陽系郵便連合社の投射用コンテナである。

 

 投下輸送用に開発した、コイツ。

 地球の本社への荒っぽい配達手段として開発された経緯がある。


 だから当然、スペックも高い。

 耐デブリ性、大気圏突入対策、レーザー防御性能は一流である。

 また特性から過大なほど強固な構造体でもあった。


 なにせ物資を文字通り投げ落として利用されるのだ。

 そして肝心な信頼度も実績も十分にあった。


 今なお退位まで本国で生活なさってる陛下や、在住武官文官。

 彼らのライフラインを支える、この一品。

 ちゃちなレーザー程度では撃ち落とせないのは、本人も計算済みであった。


……ちなみに敵の主砲で撃たれたらどうする? とかは、考えてない。


 誰から見ても狂ってる計画であった。

 が、ジョージは当主の生存に有効だった為、実行された経緯がある。



 そうして常人なら内臓が破裂するGの中、波瑠止はタイミングを計っていた。

 バイザーに仕掛けられた網膜投射モニターで、彼は外部を確認する。


 周囲のミサイルが次々と撃ち落とされては、真っ赤な火の玉へと転じる。


 その衝撃は、少しづつであるが投射コンテナ本体へも影響があった。

 ビリビリ振動する投射用コンテナの中で、彼は集中する。

 ついにレーザーがコンテナにも複数突き刺さった後、波瑠止は動いた。

 

――――内側からコンテナ外壁を蹴り飛ばす。


 青い海が見えたかと思うや、猛烈な風が吹きすさぶ。

 マイクが一瞬だけ大きく音を拾って、小さくなった。

 外骨格をまとっている波瑠止は、その風を音以外に感じることない。

 そのまま彼は、コンテナ外壁を盾に見立て構える。

 そうして迷いなく彼はコマロク商会の軽巡へと落下していった。


――――自由落下のバンジーだが、不思議と彼に恐怖はなかった。


 子弾だと敵船CPUは判断したのだろう。

 投射コンテナとは別のレーザーが外壁を捕らえる。

 徐々に赤熱していく外壁を見ながら、波瑠止は次の手を打つ。

 外骨格に装備した資源衛星土木作業用の電気杭とレールガンを起動。


――――コンデンサが唸り、コイルが発熱する。


 外骨格に響く振動を感じながら、波瑠止は外壁から跳躍した。

 二発ほどレーザーを食らって外骨格のメインカメラが吹き飛ぶ。

 並行でサブカメラを事前起動していたため、ブラックアウトは一瞬。 

 滑りつつも、彼は軽巡の上部へと抱き着くことに成功する。 

 

…………曲芸の如き、ジャストタイミングであった。


 波瑠止は、そのままレーザータレットへ外骨格のレールガンを叩き込んだ。

 タレットの沈黙を確認し、波瑠止は外骨格の電気杭を軽巡外装に向ける。

 電気杭が外壁を貫いたのは、直後のことであった。


■■■


 相手が狂気100%の大作戦を実行したとは思いもしないコマロク商会側。

 そのブリッジは、唐突な攻撃で大混乱に陥った。


「レーザータレット、完全に沈黙! 外装に損傷!」


 ダメコン要因が叫ぶ中、遠藤は必死に頭を回転させる。


「ミサイルにレールガンを搭載していたのか?! それとも打ち漏らしか!?」


 ロックしたまま一方に発砲しない敵船。

 その意図が分からない遠藤は、判断を間違えた。

 もしこの時、何らかの機動をしていれば挽回出来た。


―――そう、可能性の話であったが、彼はその手の内から勝機を取りこぼした。


「外部からのハッキング! 場所は―――」


 オペレーターの一人が叫んだ瞬間だった。

 ブリッジへと通じる扉が蹴破られた。そこにいたのは―――


「よう遠藤、出迎えご苦労」


 真っ赤な立ち姿の波瑠止であった。

 どうやら護衛の人間を全て手打ちにしてきたらしい。

 左手の人差し指が奇妙な方向へひん曲がり、左眉上には裂傷がある。

 顎には折れた超硬セラミックの刃が食い込んでいた。

 ベルトに火薬銃と熱戦銃の二本を差した波瑠止はぼりぼりとほほを掻く。

 遠藤は絶句し、発狂気味に叫んだ。


「何故だ?! どうして、ここに――」


 淡く輝く血塗れの偏向刀を手にした波瑠止はいつも通りの表情である。

 ただ、全身に返り血を浴びていた。

 遠藤も、士分の考えは理解していた。

 だが、ここまで苛烈な旗本を知らなかった。 


「投射コンテナで張り付いた。しんどかっ――」


 波瑠止がそれを言いきることはなかった。

 デッキに詰めたクルーの一人が躊躇なく熱線銃を発射したからである。

 直系1cmの穴を空けて波瑠止は倒れ伏すかと思われたが―――、

 彼は生存した。

 難なく、レーザーを偏向刀でレーザーをはじいたのだ。

 とは言え光線斬りは曲芸である。

 不意打ちにも関わらず誰も出来るかと言えばそうではない。

 更に不意打ち時に、狙って出来る人間は少ないだろう。

 征紋持ち以前に、波瑠止が相当な剣術をたしなんでいると言う証拠であった。


「死にたい奴はいるみたいだな」


 彼は利き手でないはずの左手で火薬銃を発砲した。

 弾丸は不埒モノの右肩をぶち抜き、打たれた人間はブリッジに倒れ伏す。

 濃密な暴力の気配を隠すことない波瑠止。

 彼は偏向刀の切っ先を遠藤の鼻先に突き付けた。


「遠藤、俺は一瞬でお前の首を胴体からサヨナラ出来るが、どうするよ?」


 遠藤は、失禁した。

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