第22話 初めての戦争1

 中京城経由で幕府へ戦争申請が行われた。

 そして問題なく受理され、開戦となった。

 第三者の立ち合い人として地元の通信事業者を選んだコマロク商会。

 波瑠止ら柳井本家と対峙して、開戦の時を待っていた。



 柳井本家が持ち出したのは、コマロク側の予想通り上杉の船であった。

 正式には用人護衛改装が施された三代前の軽巡・帯広と言う。

 ちなみに艦長、操舵主は波瑠止。

 火器管制かつ副長のジョージ。ソナー・レーダーマンの茅。

 なお名ばかりの機関士は柳井家の領民で最高齢の老婆の五名のチームである。

 対するコマロク商会は、御堂筋重工業製の新鋭軽巡LCD-4。

 商会長遠藤以下、15名のフルスタッフであった。

 撮影用球体ドローンが飛び交う中、ブリッジで遠藤は笑っていた。


「殿は良くも悪くも、小さな旗本の嫡男らしい男であったようだ」


 遠藤はスタッフに聞こえるようにそう言う。


「しかし、考えようによっては幸運でした」


 乗り合わせた番頭の一人が遠藤に進言する。

 遠藤はそれに同意した。


「その通りだ。大人げなかったが、挑んでくれて助かった。これで腰抜けだったら、どうなっていたことやら」

「同感ですな」


 遠藤とて、好き好んで喧嘩を売ったわけではない。

 徳政は論外であったし、別の目的から、あの売った艦を落とす必要があった。


「さてお手並み拝見」


■■■


 と遠藤が企む中、嵌められたことを承知で挑んだ波瑠止ら。

 そんな彼らが詰める艦内は静まり返っていた。


 なにせ指揮すべき波瑠止がブリッジに不在なのである。


 で、指揮すべき本人は何処にいたかと言うと、別区画であった。

 海上を行く艦内の、とある区画。

 そこで波瑠止は土気色の顔をしていた。

 頬にビンタの跡を残してなければ、死人のような有様である。


「ジョージ、介錯してくれ。俺は腹を切る」


 彼は血の滲むような声で言う。

 なおバイザーだけ下ろしてない拡張外骨格を纏った姿である。

 今の時代の拡張外骨格とは所謂、装甲が施された宇宙服を指す。

 機能は兎も角、その形状は古いフルプレートアーマーに良く似ていた。


「なあ頼むよ?」


 そんな主に対して、ジョージは呆れつつも言う。


「何、馬鹿言ってるんですか?」

「馬鹿ではない。茅に、」


 文字通り着込む重装備をしながら波瑠止は声マネする。

 宇宙空間でも戦える装いであるのに、何とも不釣合いな発言だった。


「殿はご自身の命をなんだと思ってるんですか?」

 

 ここは本来ならミサイルやデコイを格納するブロックであった。

 両名は、殺伐とは無縁の、しょうもない会話を交わす。


「なんて言われたんだ……」


 主の肩を掴んでジョージは、言う。 


「一言一句繰り返さなくても結構です。同席していたでしょう?」

「殿のためにと健気な茅が、俺にあんな顔でビンタだ」

「言語中枢腐ったんですか?」

「腐ってはない」


 主従のやり取りは、ちぐはぐである。


「親身に心配した姉をどんな目で見たら、」


 シスコンは主に本音をぶつけた。


「そんな死ぬ、だなんてトンチンカンな勘違いをするんですか?」


 頭どうにかしてるだろ。なんで普段はマトモなんだ。

 そうした心の叫びをマイルドにしてジョージは問うた。


「もういい、これは盆踊りで耳山の奴に先を越されたのと同じだ」

 

 しかし主は、またもズレた回答を返した。

 オイオイ、この主人、十年前の出来事まで蒸し返すのか。

 頭痛を堪えてジョージは言う。


「馬鹿なことを言わないでください」

「バカで悪かったな」


 ジョージは主の回答を聞き終わってから、考えるのを辞めた。

 今更どうしようもないのだが、彼は再度確認する。


「本気でやりますか?」

「ああ、狂ってるけど」

「と言うか、狂った作戦を立てたのは貴方でしょう?」

「そうだっけ?」


 頭が痛い。だが腹心として言うしかないだろう。

 埒が明かないと理解したジョージは話題を変えることを決めた。

 ジョージは、まっすぐ主を見つめて言った。 


「勝てるんでしょう?」


 ソレを受けて、波瑠止は答える。


「その通りだ」


 もういい、とジョージは思う。

 けれども何を考えたら思いつくのかは、気になった。

 怖いもの見たさから彼は口を開く。


「あまり殿を口悪く言いたくありません」


 普段を棚に上げての発言である。


「ですが、何を考えてたら、そんな方法思いついたんですか?」


 波瑠止は黙る。

 作戦を考えた時はどうだったか? 波瑠止は記憶を引っ張り出す。


「賠償金を払いたくない、こちらもあちらも船を傷つけたくない」


 切実な思いであった。


「そんなことを考えていた気がする」

「理解しましたが、断言します」


 ジョージは主の狂った作戦に苦言を示した。


「コレを実行しようって殿は頭のネジが外れてると思います」


 なるほど、当主の考えがそれだったなら、この作戦を思いつこう。

 常人が実行するかは別として。やはりバカだ。


「そうか? 源平の時代でもやったらしいじゃないか」

「……もういいです、最悪殿が死ぬことは無いでしょうし」

「おまえ、俺を何だと思ってんの?」


 狂っていたが、主君が生きる可能性があったからこそジョージは許したのだ。

 ただ姉は主君が自殺するとしか思えなかったようだったが。

 そりゃ背中を押した後、泣いて帰ってくるわけだわ。


「ま、なんとかしよう。勝てはしなくても、何とかなる。ジョージ、頼んだぞ」


 ドン引きするほどの主の切り替えにジョージは色々諦めた。

 この主の行動力と胆力と言うものは、いやと言うほど知っているのだから。

 言葉通り、何とかするのだろうし。

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