第21話 【姉弟】
「姉さんは、どう思ってんの?」
柳井別邸の使用人室である。
ちょっとしたワンルームとしてユニットバスまで完備された一室だ。
今は姉の部屋として使用されている。
そんな乙女の部屋へと、話があると入り込んだジョージ。
彼は姉の顔を見るなり、そう茅に質問した。
「どうって、何を?」
茅は困惑して返事をした。
弟は何を言ってるのだろう? そう思いながら。
ジョージはブスッとした表情を作り小さく呟く。
「ある意味、似たもの同士か……」
「ねえ、ジョージ。どうしたの本当に?」
姉として問うと、ジョージは真顔を作る。
それからストレートに訊ねた。
「殿のことだよ」
茅は弟からの問いに固まった。
「………いやね、悪いとは思ってんだ」
ジョージは続ける。
「姉さんモテるじゃん。バカを避けるために、殿を頼ったけど」
茅は何とも言えない気持ちになる。
「けど弟としてはハッキリしてほしいわけ」
そう明確に言われると、茅も考えるしかない。
どう思ってるか? 言うまでもない。素敵な殿だ。
支えるべき、お方である。
「主君でしょう。昔も、今も、ずっと」
別の家に嫁げば違うだろうが、とは言わない。
けれども弟はますます不機嫌さを露わにした。
「そりゃそうだ。同意見だ。支えていいと思える、お方だよ」
度し難い部分もあるが、忠誠心を持てない人ではない。
それは二人とも共通の認識である。
けれど姉弟で違う部分は、確かにあった。
「でも、異性としてなら?」
悪くはない。好感だって持っている。
しかし好きだと言えても愛してるとかどうかは断言できない。
沈黙した茅にジョージは言う。
「………結婚してない、恋愛してない身で言うのは変だけど」
おさまりが悪いのか、ジョージは手遊びしながら言う。
「好きなら、答えていいとは思う」
茅は弟を見た。
そして自分の口から出た言葉に驚いた。
「身分違い、だから」
チカと針で刺したかのような違和感が生まれた。
いいや、私は間違っていない。家臣として主君の第一を考えれば、正しい。
一方茅を見て弟は深いため息をついた。
「いやまあ、家臣としては満点回答だよ」
どうするかね、と彼は戸惑いながら続けた。
「そうだ。家臣は主君に尽くすもんだ。ウチはそうだ」
「わかってるでしょ、だから、もういいでしょ」
茅は警戒心を強めながら言う。
何か不味いことが起きようとしている。そう彼女は感じ取った。
ジョージは俯きながら言う。
「止正様の後妻選びに合わせる形で、殿の縁談も始まってる」
茅は顔を背ける。
「今は、ほら色々あるから握りつぶせてた。殿は何も知らない」
ジョージは姉を案じたからこそ、本音を吐露する。
「ぶっちゃけ、本決まり……いいや見合いの席が作られたら姉さんは」
茅は弟の顔を見てしまった。
「絶対に選ばれなくなる。そして妾としても認められない」
苦渋の表情を作ったまま、ジョージは訴える。
「姉さんの選択だ、後悔して欲しくないんだ」
茅は答えられない。彼女は弟の顔を見れないまま下を向く。
「戦争のこともある。そうそう死にはしないだろうけど、万が一もある」
ジョージは、そこまで言った。
「頼むから、後悔だけはしないで」
流石のシスコンも姉への直訴は精神的に辛かったのだろう。
伝えたいことを全て吐き出すと、そのまま部屋から出て行った。
茅は弟を止められず、また波瑠止への気持ちも整理できなかった。
……後悔、その言葉が頭から離れない。
その晩、茅は遅くまで悩んでいた。
■■■
ジョージ12世はシスコンである。
自覚はある。そう自覚あるシスコンである。
姉は素晴らしい、美人である、可愛い、推せる。
だが敬愛を向けても、肉親であることを彼は知っていた。
「なんでキューピットごっこしたかね」
柳井別邸を歩きながら、彼は愚痴った。
いや己の義務だと思っていたから、姉へと思いを伝えたのだが。
「まあ、状況の変化が目まぐるしいからだ」
独り言が止まらない。褒められたものじゃないと思うが止まらない。
そうだとも、状況が変わり過ぎだ。
貧乏底辺、おらが村の若様とその子分。
若様は子分の姉が好き、子分は口で文句言っても認めている。
そんな関係は一気に壊れた。
主のヘタレとか、馬鹿な行動は眉をひそめたが、仕方ないとも分かっていた。
十年一日の白柳谷、若様がヘタレでも何時かは二人は結ばれたのだ。
それが【ちゃぶ台返し】されたから、あの人は馬鹿やった。
姉も、自覚がないから質が悪い。
「嫁取りってのを、頑なに口にしないからな、あの人」
茅、茅とああも言われればシスコンでも認めるしかない。
それはそれで、姉を巡って最後の格闘戦を挑むつもりだが。
まあ結果がどうあれ、姉を任せるに足る人間なのだ、波瑠璃は。
波瑠止は姉を全力で幸せにするだろうし、何時までも大切にするだろう。
本人のズレやボケは都度都度、指摘して反省を促せばいい。
………ただそれは、もしもの未来だ。
現実だと、波瑠止は名家を相続した。
権利と責任は既に成人相当。
根性あっても、現実逃避でもしなければやってられないのだろう。
補佐しているジョージでさえ、時折怖くなるのだ。
自分らの行動が何万人もの人間の未来を左右するのは恐ろしい。
口ではあえてきつく言うが、波瑠止のストレスは相当であろう。
「………成就させてもいいんだが」
姉があれではなぁ、とジョージは暗くなる。
ラブかライクかでライクでも、親愛を持っているだろうに。
本人が認めて踏み出せればよかったのだけれど、そう彼は悔いた。
「言わなきゃ伝わらない、か」
心だけは何時までも謎めいている。
そう詩的な考えが浮かんだが、彼は目元を揉んだ。
「その前に、戦争だ。何とかなればいいのだけど」
甚だ不安である。
猪武者気味の波瑠止の補佐を何処まで出来るか。
必要ならば、先代、当代のお力を借りねば。
そう出来る男としてジョージは切り替えた。
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