第20話 物は使いよう

 最初期の征紋持ちへの罵倒には、ある【お約束】があった。

 そんな【お約束】の罵倒は「サイボーグ」か「人間スマホ」。

 当事者たちは憤慨しつつも、概ね事実であった為、否定は難しかった。


………事実、スマホに出来る事は征紋持ちなら何でもできた。


 ネットをブラウジングすることも、

 目で見た光景を画像や動画として出力することも、

 思考を文書化することも、

 短距離通信も可能であった。


 だって感覚(フィーリング)で機械を動かせるから。


………と言う、プログラマーなら噴飯ものの能力を彼らは持っていた。


 猛者になると、仕事と並行してスマホゲーをやっていたくらいだし。

 だが、あくまでソレは副次的な物で、本来の機能からすればオマケである。

 本来征紋は医療機器、そして人間の機能拡張としてデザインされた。


 征紋のデザインの目的は、二つ。


 電気信号を調整し、義肢や義眼との親和性を高めること。

 もう一つは、筋肉、神経系への意識的な操作の付与。


 病巣を抑え込み、人体機能を向上させることを期待され設定された条件だ。

 

 医療用のVNMたる征紋の理念、設計は素晴らしかった。

 多くのハンデイキャップを持つ人たちの希望と未来の礎となるだろう。

 その、はずだった。

 けれども征紋の恩恵は、健常者が使用しても十二分に効果を発揮した。

 

 いや、してしまった。


 無意識の制御下にある身体を完全制御できるVNM。

 医療用ではない征紋の民間利用が横行した。

 何せ強いGにも、劣悪な環境にも、病原体にも高い利点を示したのだから。


 また征紋のVNMネットワーク機能は、優秀すぎた。

 義肢や義眼と言った外部機器接続で終わらなかったからである。

 脳によるネットワークへの閲覧・機械類の主観的な操作。

 そんな想定を超えた意図せぬ使用さえ可能にしてしまった。


 これは筋肉と神経系への作用による、おこぼれ機能である。


 だが最速のマンマシーンインターフェースとして証明されたのは事実。

 実際、脳のクロック数を引き上げ、内部時間を延長さえ可能なのだ。


――――外部で1秒でも、内部で60秒近く熟考が可能な征紋持ち。


 これと強化された身体機能補助で、彼らは比類なき武力を発揮した。

 弾丸を弾丸で撃ち落とし、かすり傷すら追わず白兵戦に競り勝つ。

 また外界から内部時間を切り離すのを利用すれば、普通の仕事でも使えた。

 CPUやネットワークの処理を借りてだが、常人の倍のプログラミングだの。


 そんな生体コンピューター人間の末裔の一人である波瑠止。


 彼は求められるまま、軽巡の装甲下の外部コンソールを引っ張り出す。

 そうして雑に左手を当てた。


「殿、どうでしょうか」


 パラソルと折り畳みチェアを用意していた茅が問う。

 手に持つ冷たいボトルは、主への差し入れだろう。

 AR上に浮かぶ、波瑠止にしか見えないディスプレイ。

 それを消してから波瑠止は答えた。


「別段、何か文句をつけるような艦じゃなかった」


 コマロク商会から購入したことが気掛かりだったが、本体は素直な物だった。

 見た目通りレーダーと重装甲でメモリと演算が若干食われている。

 だが、極々普通の船である。

 外装だけ力が入れてあるだけらしい。妙な秘密兵器とかも乗せてなかった。

 デブリ焼却のマルチロックの上限が256程度だが、三世代前ではいい方。

 型落ち艦だとすれば申し分なかった。


「操船の方はどうでしょうか? どこの船かは見た目じゃわかりませんから」


 別で武装の面倒を見ていたジョージが指摘する。

 宇宙空間兼用と言え、宇宙艦は基本宇宙空間を進むのである。

 

 円錐、円柱、葉巻型、四角。

 

 と単純な形状の方が好ましいのは物理学的な要求だ。

 宇宙艦に水上艦のような形状は採用されるハズがなかった。

 

………よってデザインは、相似していく。


 眉唾だが、宇宙空間のみだけならデザイン上の制約はないとされる。

 だが、よほどの道楽者でなければ攻めたデザインの船を好んで使わなかった。

 それらが背景にあってのジョージの質問だった。

 だが、波瑠止は渋い声で答えた。


「上杉のだったよ……いや、悪い船ではないのだけど…」


 将軍家の財源の一つに造船がある。

 意外だが、大気圏突入を考えねば船体を製造できる勢力は少なくなかった。

 しかし太陽幕府成立後、標準的な宇宙艦の装備であるところの、


 重力遮断装置である重力子トラック機関、

 バリア装置であるトラック・プライマーフィールド装置、


 これらを造れる勢力は数えるほどしかない。

 ましてやワープ機能を備えた艦の製造となると出元は限られた。

 普通は将軍家の船を買うのだが……こうした五閥の船も珍しくない。

 

 定番の将軍家か? 安さと差別化の五閥か?

 

 一般的な購買者は好みに応じて購入していた。

 しかし旗本となると少し話が違う。


「仮にも旗本が、外様の機体に乗ってよいもんか?」


 ジョージも黙らざるを得なかった。

 答えづらい質問である。限りなくグレーゾーンであるからだ。

 波瑠止は無回答を咎めず茅からジュースを受け取った。

 話題を逸らすように茅が言った。


「好ましくないからこそ、このような船を買ったかもしれませんね」


 波瑠止は茅の推測に同意する。


「かもしれない。まあ、操船は問題ない。問題は、船員か」


 波瑠止は指を折る。


「家臣に任せるってのが一番だが」

「軒並み吹き飛んでますからね」


 復活したジョージが、そう言った。

 波瑠止は悪態をつく。


「クッソ! 前の当主は俺に恨みがあったのかよ!?」


 上層部の人材が、ごっそり欠落しているのが、現在の柳井本家の状況である。

 金もなければ手も足りない。

 戦争なんてビックイベントなら、本来下準備は使用人の仕事である。

 だが人材も資金も乏しい現状であるのだ。

 こんなことまで本人が対応せねばならなかった。


 また当主と言う立場も悪い。


 未成年であるのに波瑠止は家督を相続したせいで成人相当と見なされていた。

 結果、親族の力を借りれず、泣く泣く自分で対応することになっていた。


「それよりも、殿」


 ままならないと呟いた波瑠止へジョージが声をかける。


「ん?」

「一騎打ちはともかく」

「それはいいのか……」

「コマロク商会が申し出た、件です」

「ああ」

「破損した機体のサルベージの件、妙じゃありませんか?」


 ジョージは問う。 


「ソレを何故認めたのです?」


 ジュースのボトルを抱えたままの波瑠止は、しばし間を開けてから答えた。


「断る理由がなかった」

「何を考えてるかわからないのに?」

「そうだ。でも、コマロク商会がこの機体の破損が目的だと思ったからだ」

「……そう判断された理由は何でしょうか?」


 炭酸飲料を引っ掛けながら、波瑠止は答える。


「徳政への反応からだよ。いくら何でも早すぎる」

「そうでしょうか?」


 疑問を呈するジョージへ波瑠止は説明する。


「俺が徳政について口にしたのは、爺ちゃん、親父、マシューおじさん、茅、ジョージ」


 茅がおずおずと指摘した。


「市役所職員などが盗み聞きした可能性もある思われますが」

「だな。俺らも根回しかけたし、コマロク商会と近いから漏れても不思議じゃないが……」


 波瑠止は自分に言い聞かせるように言う。


「にしても早すぎる」

「先方の耳が良くて、当家の粗忽ものが抜け駆けして言ったのでは?」


 ジョージの指摘は、波瑠止も理解していた。

 当時、波瑠止は怒り狂ったが、冷静になるとおかしな点が出てくる。


「それにしたって、徳政の発動前だぞ?」


 関係各所へ打診しただけで、具体的な根回しすら行ってない状況だ。


「俺もコマロク商会へ、たれ込んだ馬鹿は居たとは思う」

「でしたら」

「が、それにしても不自然だ」


 散々遊び惚けた領主が徳政を行おうとしたから反撃。

 徳政を許さないから戦争を吹っ掛ける。


………同じく徳政が原因でも、受け取り方は異なる。


 少なくとも前者は大義名分があるが、後者は弱い。

 だがコマロクは、それを知っていたはずなのに挑んできた。

 更に言えば未成年へ決闘を吹っかけるのも常識的とは言えなかった。


「となると、決闘してまで、引っ張り出す必要があったと俺は判断した」


 戦える艦はコイツしかないからなと、彼は自嘲気味に付け加える。

 ジョージは波瑠止の考えを聞き、浮かんだ疑問をぶつけた。


「であれば避けることも出来たと思いますが?」

「小癪だが、向こうの策に乗らんことには話が進まないだろ」


 悔しいが嵌められているのだ。

 向こうの提案を蹴ることは悪手である。と、波瑠止は認識していた。

 だから要求を呑んだ。

 少なくとも死ななければ何とかなるとの打算からでもあった。

 不本意であるが。


「カギは徳政か、それとも……この船か」


 気鬱であった。


「何はともあれ、その上で勝たなきゃならん……」


 波瑠止は大きくため息をついた。


「殿なら勝てますよ」


 茅の励ましで波瑠止は嬉しくなった。

 が、ジョージの手前、色々我慢した。

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