第19話 艦隊ごっこ

 太陽幕府の支配下では、決闘権・戦争権が保証されていた。

 下は平民、上は将軍家まで保証された、この権利。

 その行使の範囲が、企業や団体に拡大されたのは不思議なことではなかった。

 

 下請けが親に、あるいは競合する団体、家が、利益と名誉の為ぶつかり合う。

 

 野蛮極まりなく法治の対極に位置するこれらの権利、フェーデ由来と誰かが言う。

 血生臭いものであったが故に、その分、法的な束縛は大きかった。

 幕府の決裁・許可はもちろんの事、各種守るべき基準が多い。

 特にジェンキンスが提唱した、テミスト戦闘条約を厳守せねば罰せられた。

 なお、この条約は時代遅れのVNM・快楽兵器を禁止する条約である。

 そして、決闘・戦争の方式は墨守とされた。


 元が、元なのである。


 陸戦を申し込みながら軌道衛星上からの飽和砲撃やら、

 素肌剣術での果し合いにガッツリ暗器を仕込むなど、

 なりふり構わず勝利をもぎ取ることは誰もが考え、実行していた。


 その結果は、泥沼の歴史民族に立脚した領主同士の総力戦である。


 ヘリウム野郎や汚染VNM相手には卑怯も外道もどんとこいな幕府。

 が、最初期のドンパチで御大将軍も懲りた。


 酸鼻を極める民族紛争が宇宙でもぶちあがった前例があったのである。

 

 よって事態を重く見た幕府は、決闘・戦争権を認めた。

 認めつつも、その行使には厳しい5つの制限を課した。

 次を違反すれば幕府より厳しい沙汰が下ると脅して。

 

1つ、決闘・戦争は公儀に申し立て第三者の目がある場でのみ認められる

2つ、歴史的怨恨による決闘・戦争の結果に対し再度交戦を求める際は公儀の許可がなければ無効とする

3つ、公儀と法に反した戦争・決闘の実行者は罰せられる

4つ、交戦の際、臣民への被害が生じた場合、結果を問わず両者を罰する 

5つ、交戦において事前申請の虚偽を許さず、それを実行した際は罰する

 

 太陽艦隊とも称される太陽系で最強最大の艦隊。

 それを幕府は保有し続けていた背景もあるのだろう。

 絶対的な暴力の抑止力からか、概ねこの5条は守られていた。



――――緑青社 自費出版作品:太陽幕府の穿った歴史 より抜粋


■■■



 吐いた唾は吞めぬように、一騎打ちを受ける事になった波瑠止。

 売られた喧嘩は買う。それも決闘・戦争なら言うまでもない。

 なにより士分はこれら戦闘行為から逃げることを大変な不名誉としていた。


 よって波瑠止は挑まねばならなかったのだが………時期が悪かった。


 コストカットでモスボール処置と払下げ作業の真っ最中であったのだ。

 自業自得であるが、慌てて波瑠止は使用する船を見分し行く羽目となった。




 柳井郡の演習場兼、飛行場は市街地から離れた場所に建てられていた。

 何故か民間へは開放されておらず、人通りは少ない。

 軍事関連を示すかのように背の高いフェンスに覆われてはいる。

 が、経年劣化が甚だしく、錆が浮いていた。

 滑走路等はジオポリマーで整地されていたが、こちらも劣化が激しい。

 あちこち、ひび割れは少なくなく全体的に古びていた。

 

………ふと波瑠止は、ひび割れに茂る夏草を見つけた。


 金星の環境は人の手でデザインされたものだが、草木は本物である。

 空こそ人工物で覆われていたが、雨も降れば風も吹く。

 何もかもが作られた環境ではあった。

 しかし例え再現された四季だとしても、こうして草木は生えた。

 そんな、しぶとい雑草から視線を外した彼は基地を見渡す。

 払い下げ作業で慌ただしいものの、見ようによっては圧巻の光景であった。

 

………わずかな滑走路を除いて、膨大な船舶が並ぶ。


 担当者は、古いものから払い下げ、かつモスボール作業で、これでも減ってたと言う。

 が、それでも駐機された大気圏航空機の他、宙空兼用の軍艦が揃っていた。

 柳井家は御三家や譜代には劣るが、機体数だけなら有力旗本のソレである。

 腐っても千機持ちだけあった。

 波瑠止の実家である分家の様に、ミサイル艇2隻なんてことはない。


 ただ、けちをつけるととしたら……


「……やっぱ、古くね?」


 軍艦マニアでない波瑠止すら、古さを覚える艦ばかりという事である。

 形状はそこまでトンチキな物ではない。

 平べったいスペースシャトルか、三角のサンドイッチの不格好なもの。

 所謂宇宙船と言うものが大半である。


「現代化改修済みとのことですが、書類上の不正がなされていたと思われます」


 波瑠止の傍らでジョージが指摘する。

 後ろでは茅が休憩用のパラソルの準備をしていた。

 波瑠止は癖になった深いため息をつきながら、頭を抱えた。


――御家人や旗本で、軍艦や宇宙船を保有せず、満足に乗れない奴は少なくない。


 地球の海から、それこそ航空機が飛ぶような時代になっても、だ。

 俄然として船舶・航空機は高価であり続けた。

 

 それこそ海上艦や航空機が自動航行可能になってから何世紀も経過してもだ。


 これは何故か?


 船乗りや操縦士が歴史が流れても特別であり続けたからであろう。

 よって専門職の彼らが動かす道具が高価なままなのも自明なことであった。

 これらは、維持するだけでも金がかかり、専門性が強い。

 

 建前として士分なら有事の際は家の機体、艦艇やらで出征の義務がある。

 船と現代の鎧である強化外骨格を駆って戦場に馳せ参じよ。


 が、それは建前。

 貧乏な家、それこそ底辺旗本などレンタル・リースで凌いでいた。


 ただ、ある程度の家格で艦隊を持っていないのは問題視された。

 身の丈の軍備が正しいのだが、家格に応じてなければ、それは恥である。

 なので柳井家のように、旧式化した船で頭数を揃えることが横行してた。

 メンツと伝統の弊害であろう。


「使えそうなのだと、先代の指示でコマロク商会から購入した改造軽巡しかないですね」


 胡乱な目のまま、そう言ったジョージを見た波瑠止は船を見る。

 ベースは三世代前の軽巡であるようだ。

 だが、指揮機能と生存性向上の為だろうか?

 大ぶりの追加装甲とレーダーが追加された艦だ。

 いっちゃあなんだが、鈍足そうだ。そう彼は思った。


「重装甲のデブリ対策って、何世紀前のトレンドだ?」

「案外、デブリの酷い地球圏を想定しているのかもしれませんよ」


 ジョージの補足に、波瑠止は黙った。

 今もなお、陛下は島国に細々と住まわれている。

 退位なさって初めて宇宙に上がるのである。

 その際の御召艦は将軍家か、上杉・伊達のどちらかが出すのが通例であった。


 これは譜代や旗本に関係ない話かと言えばそうでない。

 古代の馬ぞろえに近しい面があった。


 退位なさった先帝陛下を武家千家万艦でお迎えする。


 これは三世紀近い伝統である。

 当代の陛下も良いお年なので、何時、退位なさっても不思議ではないが…


「だからって、なあ…」


 波瑠止も生まれ育ちはともかく、まだまだ少年である。

 軍艦って言ったら宇宙戦艦や宇宙空母だった。

 それに重巡、軽巡と言えばもっとスマートでカッコいいものが好みである。

 どことなく作業機械を連想させる、この艦は好みに成れそうもなかった。


「取り敢えず、見分しましょう。私より殿の征紋で改めた方がよろしいかと」


 ジョージはそう言った。

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