第18話 喧嘩を売られたらどうします?
民主主義では在り得ない、決闘権・戦争権の復活。
この時代錯誤の再定義は太陽幕府が望んだことではなかった。
だが、そこは空気・水・人材と何もかもが管理された宇宙である。
地球上とは違う宇宙環境が産んだのかもしれない。
そも成立からして様々な思想や人種が入り混じったのが太陽幕府だ。
法整備が遅れた初期のみ、必要悪として、これらは必要であったのだろう。
その生命を賭して意見の決着として決闘。
宇宙船やコロニーを獲得して馬鹿をやる悪党や軍閥への掣肘として戦争。
それぞれ暴力的で短絡的であるが即効の解答として機能したと推測される。
元より主義主張がテロリズムや武力闘争に至るのは地球から分かっていた。
更に言えば、正規軍崩れの武装組織(外様を除く)が幕府の母体なのである。
食わせることの他、戦って奪うことを覚えた馬鹿どもの後始末の面もあった。
なお、この問題は最後まで御大将軍の頭を悩ませた。
コロニーとか船単位での宇宙海賊の跋扈。
地球上の国家を引き継いでの悪感情。
何故か宇宙で再燃する、宗教と民族問題。
でもって、日系も幕府の思い通りにならなかった。
当初は日系の大多数が、こう考えていたそうである。
―――陛下の家臣が将軍家なら日本人や日系はその上じゃね? と。
譜代や旗本に混血が多くなったのも、これが遠因である。
なお正しく日本国籍を持つ日本人ほど、上杉や伊達に移った。
当時は、多様性が少しずつ失われる時代であった。
よって幕府が唱えるお題目は軽視された。
コスモポリタニズムやパックス・ソルなぞ夢のまた夢。
とは言え、ジェンキンスによる戦争権の行使で誰もが懲りた。
……かと思いきや、何故か戦争権も決闘権も明文化され民間にまで受容された。
これは学校教育崩壊からの、人類皆蛮族と化した結果であった。
とは言え段々と荒っぽい世相は上層部の腐心の結果改善されていく。
長い月日をかけて尚武の気風へ。
そう変化したのだから先人達の努力は、一応報われたらしい。
ただ最初期と比較して減ったものの、俄然として権利は行使されていた。
何故か?
義務を負った上で、権利は行使するものだからである。
――――緑青社 自費出版作品:太陽幕府の穿った歴史 より抜粋
■■■
波瑠止は使用人と番方の侍を引き連れ正門へと赴いた。
別邸でも、名門旗本の意地か正門の大きさも相当であった。
……この無駄にデカい屋敷も何時か整理したいのだが、何時になることやら。
そう空想に逃げていると、一人の男が波瑠止へ名乗った。
「ご挨拶が遅くなりましたな、殿。手前、コマロク商会の遠藤に御座います」
恰幅のいい、中年男性であった。
今となっては少数民族である黒人の出らしい。
名乗りこそ日系風であったが、黒々とした肌をしている。
カリカチュア抜きに、ぎょろりとしたドングリ眼の持ち主である。
「知ってる。で、傭兵引き連れウチを囲むっってのはなんでだ?」
自信が丸腰の為、腰が引けつつも波瑠止は言い返す。
なにせ、向こうは装甲車で乗り付けて来たのだから。
「これはウチのPMC部門でね、手前の護衛ですよ」
そう嘯く遠藤を見つつも、波瑠止は内心でキレていた。
……なにが、護衛だ。
用心護衛部門にしちゃあ、どいつもこいつも殺伐しすぎであった。
装備からして幕府正式採用の
それだけでない。
見れば補給も整備もしやすい旧式の突撃熱線銃【二七型】もある。
更に半分は、分かっていることにケースレスの突撃銃をぶら下げていた。
近接装備だって超硬度セラミック銃剣の他、偏向刀までそろえている。
これで単なる護衛ってのはちゃんちゃらおかしい話であった。
「そうか、なら屋敷で茶でも飲んでかないか? 安心しろ、機雷は置いてない」
「御冗談にしては、品がありませんな、殿」
ねめつける様な目で波瑠止は見られる。
「殿が徳政を考えられておられると友人より聞きましてなあ」
この時代の士分は、暴力装置を備えた行政集団である。
アングラなヤクザ・マフィア・三合会はしぶとく生き残っていた。
が、ソレを上回る暴力を有するのが旗本・御家人である。
彼らは公的手段で入手した軍艦と戦闘機を乗り回すのだ。
でもって血の気の多い侍と武士団だなんて兵隊を抱えているのだ。
更にコイツら、法的根拠と財政的GOがあれば合法的に暴力を振るった。
決闘、戦争は権利であるからだ。
だから気に入らない他家に喧嘩を売ることに一切の躊躇は無い。
特に多いのが、借金経営の後始末としての戦争である。
繰り返し波瑠止らが話していた徳政がこれに当たる。
早い話が、武力頼みの借金踏み倒しである。
これ、小さいモノから大きなものまで、どの勢力もやった実績があった。
最も、銀行も企業も馬鹿ではない。
売られた喧嘩を殴り返すだけの武力は大なり小なり保有していた。
特筆すればSAEBや李辰星殖産銀行など大手銀行は、相当である。
御三家または外様大大名五閥がケツ持ちをやっていたから当然であるが。
だが、それはそれ、これはこれである。やる時は何処も暴力を持ち出した。
波瑠止とて、徳政などやりたくなかった。
徳政イコール金がないと暴露するようなものなのだ。
債務免除をして借金は消えようが、信頼も同時に失うのだから。
ここ5代は柳井本家は徳政を行ってこなかったが、流石に状況が状況である。
信用面で徳政がよろしくないのは波瑠止とて十二分に理解していた。
が、それでも徳政を行い、ある程度の債務整理と借金の圧縮は急務であった。
………なにせ、予想税収が9億ゼニーしかないのである。
公金注入なら旗本として赤っ恥である。
先代様の考えは永遠に分からない。
だが遅くとも次代の何処かで徳政を実行せざるを得ない。
波瑠止はソレを早めたに過ぎない。
だが、御用商人であるコマロク商会には許せなかったらしい。
「耳がいいな、誰に聞いたんだ?」
波瑠止は旗本らしく高圧的に返しつつも、内心は怒りと困惑で一杯であった。
彼から徳政について話した人間は限られている。
ジョージや茅から洩れることは無い。
相談した、誰かが漏らしたのだ。
信頼を裏切った馬鹿への怒りはあった。
が、それ以上に波瑠止は遠藤の動きが早すぎると思っていた。
動ける侍を集めての、根回し最中の強襲だ。
徳政の準備段階で先んじて踏み込まれるなど、予見できるわけがなかった。
「おや、否定はなさらない?」
「寝言で返答は無礼だぞ。まだ俺は徳政を行うと発言してない」
「言ってないだけ、という事ですかな」
波瑠止は上げ足を取らんとする遠藤に辟易としていた。
「もう一度聞くが、茶はどうだ? こんな場所で長話も疲れる」
ちなみに本気である。
「腰を据えて話した方がいいと思うんだがな」
「結構です。手前どもは、殿に宣戦布告しようと思って来たのですから」
やはりか、と思いつつも波瑠止は強張るのが止められなかった。
「未成年に吹っかける、か」
「逃げますか? お武家の出でありながら」
「………いいだろう、受けよう。して、大義はなんとする?」
「臣民からの掣肘とさせて頂きます」
いけしゃあしゃあと述べる遠藤。
対して、波瑠止は怒りを押し殺すのに苦労した。
何も腰に下げてなかったが、刀があれば遠藤の首を落としてやりたい。
そんな気持ちである。
しかし波瑠止は堪えて遠藤に質問した。
「戦争の作法は?」
「艦艇での一騎打ち。破損した機体のサルベージはお任せを」
遠藤はそう言ってから笑った。
違和感のある申し出を問いただす前に、奴は捨て台詞を吐いて去った。
「腹を切らぬことを祈っております」
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