第15話 葬式2
ローカル局の人気ラジオパーソナリティ。
彼がマイクを握り、定刻で式が始まった。
宗教関係者が入場し、ラジオパーソナリティの進行で止正が挨拶を行う。
波瑠止は、そこで父が苦悩の表情を隠していることに気が付いた。
………無理もないか。
波瑠止は本家とは縁薄い。
祖父と言えば、和止を思ってしまう。
だが消し飛んだ先代当主・当代も父方の血縁者なのである。
対して止正からすれば、死んだのは実の親兄弟なのだ。
子供部屋おじさんとして親のすねを齧った父だ。
肩身が狭かった時期もあったのだろう。
だが、親子の情が薄いとは思えない。
ショックで、その悲しみが遅れ、この今になって感じたのだと思われた。
………波瑠止は悪いことをした気がしてきた。
父の挨拶を聞いてるうちに、波瑠止の罪悪感は更に大きくなっていた。
自分は、薄情と言えば薄情なのであろう。
祖父や伯父を失ったのに、その葬儀を父に一任。
この選択自体は、引継ぎの大変さからだった。
が、酷なことを父にしていたのだと、流石に悟った。
そう波瑠止が内心で悔いてるうちに、止正の挨拶が終わった。
ややざわめきがあったが、それも引いていく。
「続きましては、柳井本家に合わせて仏式での読経になります」
ラジオパーソナリティの進行で、先んじて本家一族への読経が行われた。
よく見ると、その間に他教のやれることは行なわれているようである。
粗忽者でそそっかしいことを自覚していた波瑠止は、そこで違和感を覚えた。
「ん…?」
「殿、読経中です」
茅にたしなめられつつも、波瑠止は変だと思った。
遺体があんな状況であったから、先に火葬は済ませていた。
この場にあるのは儀礼用の棺だ。
なお、棺は複数あり、本家と親族と家臣で分けている。
………そのうちの一つ、家臣のモノが動いた気がしたのだ。
おかしいな? と波瑠止は訝しんだが、続いて弔辞が始まった。
先代当代の友人、当代当主の弟である止正、そして家臣団の順で進む。
最後に、まとめ役だった先代の侍大将が行うことになっていた。
最初に先代の友人であった、お隣の先代領主が読み上げた。
可もなく不可もなく、終わる。
一応、哀れんで嘆いている様子だった。
が、今一響かないのは彼が柳井本家の凋落で得した立場であるからだろうか?
何処かの家が力を失えば、別の家が栄える。それが世の常である。
解っていたつもりだがったが、嫌なものだと波瑠止は嘆いた。
続いて止正、これは先代の友人よりも複雑だった。
波瑠止からしても、実父は不思議な人生を歩んでいた。
没落する実家で部屋済みを強要されながら長じて終わるはずだった。
だが父は運よく分家の家督を得た。なのに妻を早く亡くした。
そればかりか、最後の最後で本家の家督を得ることは叶わなかった。
文面は普通なれど、そんな父の内面が分かるようで……
波瑠止は更に苦しくなった。自分が普通から乖離してると言われた気になる。
最後の弔辞を全く覚えてないほど、波瑠止は悩んだ。
喪主挨拶が終わった。
黙祷などを挟んで仏式で焼香、またはお別れの挨拶となった。
波瑠止も当主として、早めに……
と思っていたのだが、意外な人物に止められた。
「柳井殿、最後にしたまえ」
林であった。
挨拶以来、会話がなかったので波瑠止は意外に思った。
けれども成人かつ儀礼にも詳しそうな彼の言うことだしと、納得した。
事前に最後にするよう家臣団からも強く言われていた。
三男が父親でも、先々代からすれば波瑠止は男孫である。
締めをお任せしたいと言われては、波瑠止が断る理由もなかった。
……そうして順番が終わりへと近づいてきた。
「では、先に行かせて頂きます」
先に茅が離れて向かったのを見て、波瑠止もまた祭壇へと近づいた。
贅沢にも生花を使った立派な祭壇である。
………貧相なのと比べれば格段に良いのだが、どれだけ金を使ったのやら。
出費を考えてしまい、波瑠止は憂鬱な気持ちになった。
祖父や伯父が死んで悲しい気持ちも、彼にあるにはある。
だが、やらかした後始末をしている身としては素直に嘆けない。
さりとて行き場のない怒りやわだかまりは何処にぶつければいいのだろうか?
―――何とも混沌な思いにさせてくれるものだ。
そう波瑠止は思いつつ、焼香を行おうとした。
その時であった。
「ん?」
波瑠止が目を開けると、棺が動いた気がした。
この、ご時世でも怪談話は事欠かないが………
真昼間の今棺が動くのは尋常なことではない。
建付けが悪かったのか?
と波瑠止が疑った瞬間、棺の蓋が弾け飛ぶ!
悲鳴が四方八方から響く中、棺に潜んでいた襲撃者は吠えた。
「薄汚い、分家からの簒奪者め! 亡き殿に変わり、私が註を下す!」
どうやら、狂信的な家臣らしかった。
彼は硬直する茅ごと波瑠止をぶった切ろうと飛び上がる。
握りしめて偏向刀が振り上がったのは、その直後であった。
……偏向刀の歴史は幕府成立前に遡る。
省電力で熱線銃のコーヒレンスに干渉できる素材を用いたナイフ。
キワモノ・イカモノのソレが有用有用性を発揮したのは単なる偶然であった。
が、これを用いた刀剣類は―――世相から大うけ、大ヒット商品として流行。
光速の熱線銃でも、撃つのは人間である。
射線に合わせてレーザーを拡散させる偏向刀は強かった。
特性と切れ味から、偏向刀は鉄火場の共として愛されたのも当然である。
また偏向刀のコーヒレンス干渉力場は刀身よりも範囲が広かった。
このこともあり、構えていれば護身用の熱線銃なら無効化出来た。
余談だが、踏み込んでバッサリも好評だったと付け加えておく。
………この結果を受け、未だに実弾銃が残ったのだから皮肉な物である。
なんにせよ、喧嘩や襲撃で大活躍かつ定番のハイテック・ポン刀、偏向刀。
そいつで波瑠止は脳天かち割られそうになった訳である。
波瑠止は茅へ害を及ぼす可能性を認識すると即座に動いた。
茅を引き寄せ背後に回すと、波瑠止は焼香台を掴む。
―――そのまま征紋持ち、VNM強化人間としての規格外の脚力で蹴り上げる。
様々な物が打ちあがるが、相手も侍。
取り乱すことなく偏向刀を構えたまま、猿声を上げる。
だが――波瑠止はそれより先んじた。
打ちあがった机の脚を掴むと、一閃。
人外の域の馬鹿力が、机と言う重量物を動かす。
風切りさえ鳴らして机が走った。
空中の襲撃者は、なすすべなくソレに叩かれるしかない。
交通事故を錯覚させるような衝撃音が成った。
そのまま襲撃者は地面に体を打ち付けられる。
「おの――」
震えながら襲撃者は、波瑠止を見た。
彼が、そこで見たのは波瑠止の憤怒の表情であった。
「お前、茅ごと俺を斬ろうとしたな?」
襲撃者は、偏向刀を横なぎに振るう。
ソレをかかと落としで叩き落し、波瑠止は吠える。
「葬式をダメにしやがって!」
正当な意見だった。ここまでは。
「茅がトラウマ抱えたり、悪評広まったらどうするんだ馬鹿野郎!」
次いで出た言葉が酷かった。
「ぶっ殺すぞコノヤロウ!」
絶句する侍をヤクザキックでぶっ飛ばした波瑠止。
続けて罵声を上げようとして、波瑠止はジョージに羽交い絞めされた。
「殿、そこまでです!」
そう止められ、波瑠止は頭に上った血が引いた。
恐る恐る、彼は周囲を見た。林を始め、視線は厳しい。
誰もが唖然としていた。
………ものすごく、気まずい。
彼は赤面しながら沈黙した。
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