第14話 葬儀1


―――もともと親日家で、家康推しだった御大将軍。


 時の陛下に打診して、二つねだった。

 一つは、自身が名誉日本人だと認めること。

 これは然程問題なく認められた。

 さもありなん、金星の指導者が日系のために動いたのだ。

 時の陛下も名誉日本人くらいは軽く快諾したのであった。

 が、もう一つの要求である将軍任命は渋った。


………無理もない話である。亡国の軍人に役職を与えられるわけがない。


 その時、歴史に明るい一人が皮肉と嫌味を込めて提案をした。


「征討大将軍はどうでしょう?」


 徳川幕府にとどめを刺した、鳥羽伏見の戦いで戦った将軍職の名だ。

 とっくに廃官された役職である。

 自称する分には良いんじゃないかとなった。


―――幕府が終わるように。


 と暗い思いを込めた意図を知ってか知らずか、御大将軍は受け取った。

 そして、この名乗りの許しを得た彼は皮肉にも躍進した。


(中略)


―――こんな時代にサムライごっこと同盟だと?


 と日本人や日系の多くは笑った。

 実際フジヤマ・ゲイシャ・サムライカルチャーだと誤解された。

 しかし、指揮系統が迷走し独自に動いていた伊達将補、上杉教授らが賛同。

 そこへ残る五閥の祖先が加わったことで、黎明期の体制は盤石となった。


 米国第七艦隊出身のジェンキンス。

 EU系デッドーリ。

 台湾系の李。

 フィリピンのペリエ。


 こうして金星圏における一大勢力として太陽幕府は立ち上がった。

 人類初の統一政権であった太陽幕府は、当初は管理社会、全体主義であった。


 狂ったVNMと戦わねば、生存できない。

 負ければ人類社会の絶滅なのである。

 

―――もしかしたら、ひょっこり銀河の果てに旅立った金持ちが帰還する?


 ヤンキー、ライミーまたは石油王。

 そんな彼らの子孫が超技術と超軍事力をひっさげ帰って来るかもしれない。

 が、そんな夢物語を信じる暇があるなら、当時は戦う必要があった。

 そして何よりも宇宙でも膨れ上がる人口を食わせる必要があった。


………実際、オリジナルのVNM強化された彼らの武力だけは本物であった。


 地球から資材が尽きるまで、週刊月刊単位で打ち上がった汚染自動機械群。

 その機械との戦闘で彼らは矢面に立ちづつけたのは事実だ。

 武力面でも彼らは民衆の信任を得ていた。

 かくして幕府は始まり……とち狂った迷走が幕を開けた。


――――緑青社 自費出版作品:太陽幕府の穿った歴史 より抜粋


■■■

  

 人類が宇宙に飛び出しても、宗教は無くならなかった。

 流行り廃れはあるものの、冠婚葬祭で宗教の出番は多い。

 ただ、それはメインストリームとなってしまった日系の影響が大きい。

 

 クリスマスにチキンバレルでアベックの邪魔して優勝して、

 大晦日に除夜の鐘をBGMに年越し麺類をキメ、

 とりあえず宗教施設に初詣して無意味に賽銭をぶん投げ、

 バイアレン帯でAI兵器をブッパする。


……そんな日本面に堕落しつつも、そこそこ宗教界は頑張っていた。

 

 少なくとも、葬式なんて文化が残る程には。


……柳井家も、一応日系の旗本という事で仏教徒であった。

 

 ただし上杉や伊達の様に、生粋の日本人ではない。

 なので、セカンドネームは持っているわ、家臣筋は人種様々で宗派色々。

 と中々に愉快な状況であった。

 でもって、この度は本家郎党が爆発四散したので、葬式の規模も肥大した。

 結局、仏式ではダメだろうと判断される。

 あれこれ検討されたが、最終的には超宗派的な合同葬儀が選ばれた。



 その慰霊会当日である。 

 柳生市のホールを丸ごと借りて、葬儀は執り行われていた。

 このホールと、小さなものではない。

 コンサートから演劇まで可能な、市でも有数の大きな施設であった。

 今は嫌味にならず、華美にもならず、そんな具合に装飾されている。

 

 葬儀の参列者は膨大だ。


 喪主かつ代表者として止正。

 その親族である、和止。

 その他、死んだ先代の奥方の御一家は良い。

 何故か、端白星探題の立会人である林まで来ていた。


………新当主就任の箔付の為だろうか?


 波瑠止はキリキリと痛む胃のあたりをさすりながら、自席で胃薬を飲み込む。

 壇上に、ほど近い会場の親族席で彼は腹をさすった。

 新たに仕立てた黒の礼服は似合っておらず、更に死んだ目が浮いていた。

 そんな暗澹たる表情をしたまま、波瑠止は姿勢を正した。


………発端が発端である。


 タダの自殺の葬式ではないのだ。

 会場は一種異様な空気に包まれている。

 家臣もまた、爆死の巻き添えで当主や夫を亡くしたものばかりなのだ。

 場所が取れないからと、波瑠止が会場に選んだのだが……

 どうにも逆効果だったらしい。

 

……巻き添えで死んだ者たちの、親族知人の参加を許した波瑠止。


 よかれと思ってやったことなのに、墓穴を掘った。

 彼らの、とんでもない数の視線に彼は晒されていた。

 これは波瑠止の被害妄想もあった。

 が、家臣団や領民からすれば波瑠止へ注目するのは当然の事だった。


――前の殿も若様も過不足なかった。今度の殿はどんな人間か?


 家臣団がそう思うのは自然なことだったし、第一波瑠止は若年である。

 分家からやって来た新当主という事で注目されまくっていた。

 

「消え去りたい…」


 父方の祖父である先代の遺影を抱えた実父。

 窶れた父を、胡乱な目で見ながら波瑠止は零した。


 子供部屋おじさんであった止正は、青い顔だが落ち着いている。

 背を向けているから視線に気づかないのだろう。

 一部で物騒なささやきも聞こえる。


―――軍縮するアイツは暗君だ


 波瑠止は選択を誤ったのかもしれないと不安になった。


「武士団の整理と、軍艦のモスボールは軽率だったか……?」


 役所の整理の前に、波瑠止は優先して軍縮を波瑠止は命じていた。

 半ば公務員であった武士団のリストラは、確かに防衛面ではマイナスだ。

 だが垂れ流される防衛費を考えると……

 身の丈にあったものにするのは急務である。

 反対意見も多かったが、配置転換を兼ねると強弁して彼は実施していた。 

 そりゃクビ切ったヤツへ嫌味を言うかと、波瑠止は開き直ることにした。


「殿、お気を確かに。また卒倒されては大変な恥となります」


 顔色を見てだろう。女中として同席した茅が、波瑠止を励ます。

 彼は、それだけで勇気が出て来た。

 黒い礼服姿の彼女、うん礼服でも茅はカワイイ。

 そんな事を考える余裕さえ出ていた。現金な童貞である。


「無論だ。大丈夫さ、茅、何の不安もない」


 波瑠止は気を持ち直した。

 が、舞台袖で待機していたジョージは、生ごみを見る様な目で舌打ちする。

 流石にそれに気付かない波瑠止ではなかった。

 が、彼はそれを意図的に無視した。


……殿は未婚ですから、誰か女中を付けるなどして、気を付けてください。


 と老婆心からジョージは葬儀の際、傍に女性を置けと波瑠止に言った。

 が、波瑠止は言質を取ったとばかりにそのお相手として茅を選んだ。

 茅も断る理由が無かったので受けた。


 しかし、弟(ジョージ)としてはたまったものではなかった。


 没落気味とは言え、柳井本家は名家である。

 当主に目を掛けられてる=妾と見られかねない。


……何あの頭●ッピーセットは、姉を引き込んで婚期妨害を画策しとるんじゃ。


 とジョージは殺意を視線に乗せていた。

 しかし波瑠止は、その従者からの視線を鉄面皮で防御。

 にこやかに茅に語りかけた。


「茅がいてくれて、本当に良かった」

「…恐縮です」


 茅も、言っては何だが、波瑠止の事を悪くは思っていなかった。

 俳優と比較すれば苦しいけれど、ハンサムで実行力もある若様。

 分家柳井の知行地では地味に人気の高いのが波瑠止なのである。

 そんな人から全面的に好意を向けられて、茅も悪い気はしない。

 

……ただ、身分の違いで苦しさを感じないかと言えばそうではない。


「穏やかに終わるさ」


 しかし波瑠止は、茅の内面に気付かないままそう答えた。

 そんな波瑠止からの視線が外れてから、茅は顔を曇らせる。


………悪いお人ではないのだけれど、何処か心が欠けてる


 それが茅が波瑠止に対して思っていた事だった。

 思えば、無理もないのかもしれない。

 幼くして母を事故で失った波瑠止は、どこか歪さがあった。

 義務感や道理で動くのが多いことからも、見て取れる。

 そうではないのだろうに、茅は波瑠止の情が薄いように感じられてしまった。

 


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