第13話 小僧に出来るわけないだろ!

 顔合わせと情報共有を終えた波瑠止。

 彼は帰宅の為、市役所の車寄せへと向かった。

 硬い表情のまま、彼は見栄のためだけの古い高級電気自動車に乗り込む。


………さびれた町並みを、ちらりと見て波瑠止はため息をつく。


 護衛の軍用車両が前後に分かれ挟まれる形で、車は柳井別邸へと走り出す。

 一々、形式だの格式だの面倒なことこの上ない。

 そう波瑠止は思う。

 やあってから彼は運転手のジョージに声をかけた。


「ジョージ、胃薬持ってない?」

「波瑠止様、申し訳ございません。今は持ち合わせておりません」

「嘘つけ、じゃあ今朝のパウチはなんだってんだ?」

「プラシーボ効果のゼリーですね」


 波瑠止はため息をついた。

 ジョージは家令兼、従者として波瑠止に付いてきた。

 なお、これは年上の幼馴染の為ではない。すべて姉の為だった。

 

………本人曰く、過剰気味な家族愛。波瑠止が見るところ、ただのシスコン。


 それを患ってたジョージは、なんだかんだ言いつつも波瑠止を認めていた。

 が、本家の殿様に波瑠止が祭り上げられたことにより、状況は一変。

 

 最有力候補の脱落なのである。


 茅の婚姻レースの盤面は、ひっくり返った。

 必然ではあるが、今までよりも幅広い層が茅へアプローチをかけ出した。

 この茅を取り巻く状況と、他の候補者どもにシスコンは激怒した。

 

……姉に求婚した中では波瑠止が一番マシ。

 

 姉を守るために彼!

 彼は姉弟ともども波瑠止の直属家臣として同行していた。


「第一、征紋で胃痛の一つ、どうにか出来るでしょうに」

「気分的なもんだ」


 ジョージが呆れた声を出す。


「気分、気分ですか」

「お前もなってみるか?」


 疲れた声で波瑠止は言う。実際、彼は疲れていた。

 何もかもが前例主義で回っていた柳井本家に、ガキが差配する。

 これだけでもヤバい話なのに、更に負債が付いてくる。

 とどめに、先ほどの対立だ。


「殿、泣いても笑っても本家の家督は殿のモノです」

「……だな」

「700億くらい返済してやる! と気合入れて下さい」


 若干借金を盛った幼馴染に嫌そうな顔を波瑠止は向けた。


「それに考えようによっては、春休みで助かったじゃあありませんか」


 気分を変えようと気を利かせたのだろうか。ジョージは続ける。


「これで入学と被っていたら、より酷かったと思われます」


 入学、と言うのは進学先のことだろう。

 波瑠止はボンヤリと思い出す。

 譜代や有力旗本が入学を許される太陽幕府軍学校高等部の事だろう。

 ほぼ義務として譜代や、名家の旗本の子女は入学せねばならなかったか?


「耳の痛い話……なあ、ジョージ、入学回避って出来ないかな?」 

「通例に反しますから難しいでしょうね」

「……いいよな、お前は従者待遇だから勉強しなくて良くて」


 恐縮です、と慇懃無礼にジョージは言う。


「勉強して……領地経営……ああ、前代が爆発したのも分かる気がする」


 リストラも含めてやらないと、そう彼は車の天井を見上げた。

 すすけた主人を見、それでもジョージは言った。


「殿なら出来ます」

「……即答だな、お前なら否定するかと思ってたんだけど」

「当然のことです。殿の、姉さんに懸想してBSSぼくがさきにすきだったのに


 波瑠止は、ぎょっとした。

 しかしジョージは止まらず続けた。


「……を決めなかった勇気と行動力と、フラれて卒倒するほどの一途さ」

「おい!」

「それを私は信じておりますので」


 ちなみにジョージは、今現在だと姉と主の結婚には断固反対である。

 だって正妻になっても妾になっても姉は不幸になるのだ。

 シスコン的には絶対に許せる話ではなかった。

 波瑠止は顔を思い切り引きつらせた。


「お前、ひどない?」

「酷いのは殿です」


 口は悪いが、それでもジョージにも情はある。

 けれど直近で幼なじみが試みたことは神経を疑っていた。


「生き残りとは言え、3歳児へ家督相続を試みるとか鬼ですか?」


 波瑠止はむっつりと押し黙った。

 不本意な形でババ引かされた波瑠止は、この苦しみを丸投げしようと考えた。

 すると丁度いいことに!

 波瑠止にとっての伯父にあたる人物の庶子が存命していたのだ!

 波瑠止は彼に「庶子でも直系だから!!」と家督を譲ろうとした。


……当然の如く失敗していたが。


 失敗を思い出し、渋面のまま波瑠止はぼやく。


「傀儡当主で良いじゃねえか」


 もし成功していたら、晴れて茅と婚儀が出来る。

 そう信じていた波瑠止は苦々し気に言う。

 ジョージは同情しつつも、相手が断った理由を口にした。


「代わりに大赤字を引き受けると? そんな家あるわけないでしょう」


 波瑠止は頭を掻きむしった。


「だからって、俺が苦しんでいい理由がどこにあるんだよ!!」

「不幸な事件でしたね」


 ジョージはさらりと主の嘆きを流す。

 未成年での家督相続の前例がないわけではないのだ。

 最も、波瑠止のように後見人が立たないという例は、ほぼないのだが。


「止正様が念書を書かれていたから殿ってことなんでしょう」

「……大企業が、買ってくれないかな? 身分ごと」


 グレーであったが、幕府の許可さえあれば士分株と知行地は売り買い出来る。

 よって波瑠止はそんな言葉を吐いた。


「何、世迷言おっしゃってるんですか。田舎の糞領地ですよ」

「畜生め!」


 借金、地方再生、15の小僧に何を期待するのだろうか?

 波瑠止は考える。

 どっからどう見ても、お飾り。

 血筋だのなんの言うが、どう考えても割りに合わない。


「投げ出しますか?」


 耐えかねてジョージが切り出す。

 しかし波瑠止は断った。


「茅に、カッコ悪いと思われるからヤダ」


 ジョージは酸っぱい梅干しを食らった顔をする。


「あのですね」

「なんだよ?」

「認識を改めましょう」


 ジョージは言う。


「名家の当主ですよ?」

「貧乏だがな」

「新たな恋に生きればいいでしょうに」


 波瑠止はジョージの指摘にキレた。


「気楽に言うが、んなこと出来るか!」

「そこは出来らァでしょうが!」

「んだとテメー!」


 年相応の面を波瑠止は見せたが、そこから無言になった。

 気味が悪くなったジョージは訝しむ。


「ちょっと、血管でも切れましたか?」


 いい性格した腹心である。


「いや、お前から茅に報告とか行くと思うと黙ろうかと」


 ジョージは黙った。

 ほんと感性がズレてるんだな、この人は。

 そう思いながらも、彼はこれ幸いと黙った。

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