第12話 生々しい借金
波瑠止は一人で百面相していた。
「………で?」
彼が今いる場所は柳生本家の領地、柳井市の庁舎である。
名門旗本だけあってか、柳井市の歴史も、また長い。
庁舎は古かったが、重厚な造りである。
かつての権勢が、そこにしか残ってないのか。
そう思うと波瑠止は情けなくなった。
………そんな庁舎の、やたら豪華な市長室に波瑠止は、いた。
サイズの合わない、市長の執務椅子で彼は考える。
柳井本宅は吹っ飛んだので、ここは顔合わせの場所に選んだだけ。
嗚呼、色々チョイスを誤っていた。
更に彼は頭の痛い報告を受け、妄想してしまった。
三百年かけて、だ。
時代錯誤の封建制を構築したからか? 何故か人の仕事は残った。
人工知能補助が盛んになろうとも、だ。
やはり人の仕事は無くならなかったのだろう。
そういや戦争も消えなかった。
あれ果たして、人間って進歩してるのだろうか?
「報告は以上か?」
波瑠止は一瞬浮かんだ空想を打ち捨て、短く尋ねてから周囲を見る。
………異様な光景であった。
基本的には柔らかで上品な装いの市長室だ。
そこに多くの人間が詰めかけている。人口密度はとても高い。
なお詰めている人間は二分出来た。
一方は波瑠止と、その家臣。波瑠止を中心に囲む老齢の男ら。
老齢の彼らは徒歩侍、つまりは柳井本家の家臣であった。
………爆発四散した前当主の巻き添えを食らった家臣家は多い。
家格に見合った侍を揃える為、無理やり波瑠止が隠居組を呼び出した結果だ。
波瑠止のそれより格段に低い濃度であるものの、彼らも征紋を持つ。
見た目はともかく平民の中年程度には動けるものばかりであった。
彼らはキツイ目で、もう一方の壮年の男らを見ている。
彼らに対峙する壮年の男らは、平民だ。
しかし彼らは幕府で言うところ役方、つまり市役所職員達であった。
キツイ視線で老侍たちに睨まれようが、一歩も引かない姿勢を見せている。
この明らかな文武の対立に、波瑠止はため息をついた。
対立の原因を彼は理解している。
これは彼に非がある話ではない。
というよりも、太陽幕府の仕組みが今回の対立を生んだのが正しい。
幕府の藩屏、つまり知行地持つ家は、いくつか義務があった。
納税と兵力提供は最たるものだが、細々としたものも多い。
その一つに、家督と共に知行地の首長を兼任するのが通例と言うのがある。
これは規模は別として、自治体の名目上のトップは領主と言う義務だ。
最も、地球の歴史を紐解けば分かるように真面目にやるかは別問題だが。
その点、前領主は真面目だったようだ。ちゃんと仕事をしていた。
………市役所職員がいら立つのも無理はない。
彼らはトップ無しで現場を回し続けて来たという事に他ならないのだから。
―――両者がにらみ合うのもある種必然であった。
新たな市長は小僧で、決済は山積み。
でもって、今報告があったように金の問題だ。
「つまり、アレか。我が知行地に貸す銀行も、家も、もうないと」
波瑠止は15歳である。
幼年学校を出、本来なら高等学校、大学へと進学するつもりであった。
……とは言え、波瑠止も木っ端なれど旗本嫡男。
領地の【おらが村の若様】として一定の行政知識は身に着けていた。
だからこそ市政を行う現場の声を正しく理解してしまっていた。
「ええ、
壮年の役人が繰り返す。
太めの女性である彼女は、財務担当なのだろう。
よどみなく当面の問題を読み上げた。
「……そして地方銀行もです。前の殿の奥様の御実家も…御用商人も」
大手銀行は、波瑠止も理解できる。
前の当主の奥方、その実家が日和って逃げたのもやむをえないことであろう。
しかし地銀と御用商人は、痛かった。
……柳井郡のメインバンクは地銀、端白星東銀行だ。
付き合いの長い端白星東銀行。
よりにもよってソコが、財政破綻を恐れて貸し渋るのは裏切りにも等しい。
何より御用商人であるコマロク商会の離反は税収の大幅減にも繋がる。
「皆は、俺に何を望むと?」
波瑠止は二重の意味で言ったが、反応したのは市役所職員だけであった。
侍どもは何も感じていないところに、彼は頭を更に痛めた。
………君らね、同類よ? 金がどこから出てると思うんだい?
波瑠止は嫌味を飲み込み考える。
【財政破綻しました、幕府さま後よろしく⭐︎】
なんて出来ないのが武家の面倒なところである。
そんなことをした日にゃ、
「先祖を蔑ろにした!」とか
「領民からの突き上げだ!」とか、
……波瑠止がひどい目にあうのである。
借金シャブ漬けであっても、逃げ出せないのが知行地持ちなのである。
「本家からの出資と補填です」
財務の職員が下がって、職員の代表者が波瑠止へ直訴する。
その言葉に、周囲がざわめいた。
当然であろうな、と波瑠止は他人事のように思う。
知行地から税を取ることはあっても、投資以外に資産を投じる領主は少ない。
だが波瑠止は、つっぱねることが出来なかった。
「……考えておく」
そう答えつつも、波瑠止は泣きたくなっていた。
柳井本家は三世紀続く名族である。
資産はそれなりだが、知行地の赤字は650億ガネーを超える。
………どう考えても、本家の財産単独で再生できるとは思えなかった。
だが、財政破綻などしてみろ。
銀行だけじゃなく周囲からも貪られるのは目に見えていた。
でもって肥大した武士団も、コストカットまたはリストラしないといけない。
………最悪、家を潰した大バカ者として公式文書に自分の名前が残る。
という未来を波瑠止は正しく予見していた。
ふと彼は端白星探題として領主の管理監督を主業務としている林を思い出す。
あの御仁ならば、粛々とやりそうな気がした。
「何卒宜しくお願い申し上げます」
そう宣う市役所職員を見つつ、波瑠止は顔を伏せた。
彼は絶対に大鉈振るってやると決意した。
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