第16話 【その貴公子】

 とある豪華な室内であった。

 それも当然だろう。

 高級ホテルのスィートルームを、そのまま移した部屋であったのだから。

 そんな部屋で、酒瓶片手に気だるげにカウチソファに座る男がいた。


………今はいないが、使用人を呼べば直ぐ来る。


 何もかもが一流で、スタッフも一流。宇宙空間であっても完璧であった。

 彼は、退屈そうに大型ビジョンで立体映像をザッピングしている。


………お目付け役が見れば、小言が出るだろうな。


 そう思うが、現在の地位に彼は概ね満足していた。

 小言も多いが、やっかみも、憎しみも多い。

 なんなら命の危険もある。

 けれども彼は現在の地位である名門の後継者として振舞えていた。

 彼が後継者となったのは、父が選んだからだ。


―――お前の出来が一番良かったから


 父の本意を彼は聞かなかった。

 とうに父の消極的な選択の理由を、彼は理解していたからだ。


 彼は本質的に己が傲慢で、怠惰で享楽的だと自覚している。

 また人より才と運に恵まれたから、現状があるのだとも信じていた。


 思えば、親の愛はあったが、父からの情は薄かった。

 昔は疑問に思ったが、いざ己が後継者なってみれば分かる。

 

 貴種とは疲れるのだ。

 

 貴人が貴人であるために、纏う神秘は必須である。

 品位、格、威、それらを身に着け振舞うのは骨が折れるのだ。


 貴種と言っても人だ。


 けれども貴種は偶像である。下々が貴いと思うからこそ、貴種でいられる。

 彼はそのことをよくよく理解し、父の態度に納得した。


………出来と父が言うのも無理もない、と。


 彼の兄は粗暴であった。異母姉は、母に似て高飛車だ。

 妹は凡庸で、異母弟は思慮と我慢が足りぬ。

 傲慢かつ怠惰、何より享楽的な、その性根は兎も角、彼には才があった。

 己を父が選んだのなら、この才をして、出来と言うほかになかったのだろう。


―――男が後継者となった家は王家ではない。


 しかし重んじられるべき家であった。

 また男の家は、男の家が属するコミュニティの頂点であった。

 其処は血統のみで下手な人間を頭に置いて運営できるほど、小さくもない。

 父は、その父の父も悩んだように、後継者として冷徹に見ていただけだろう。

 疲れと、呆れは否定しないが。


「それで私か」


 手酌で酒をやりながら、彼は何気なくニュースを見た。

 見れば、葬式で部下を手打ちにした旗本が出たとのことである。

 気にも留めるべきことでない。

 そう彼は思ったものの、引っかかりを覚えた。


………彼は怠惰である。けれども才と勘は冴えていた。


 だから楽しみを見出すことは得意であった。

 また逆に危険を感知するのも同様だった。

 映像を止め、その旗本を彼は軽く調べる。


………軽く出てきた情報を吟味し、そして彼は立ち上がる。


 怠惰で傲慢を自覚する彼は、面倒が嫌いだ。

 だが、その才と勘は面倒を放置することを危険と見做す。

 後継者に選ばれるだけあって、彼の能力は兄弟で頭一つ抜けていた。

 そして後継者として振舞うこと、家を持続させることは彼の義務であった。

 ともすれば勤勉さにもとれる行動だが、彼の中では矛盾していない。


………傲慢でいられるのも、怠惰でいられるのも家があるからこそ。


 よって、彼が現状を保つため動くのは、彼にとって自然な事だった。

 端末を取り、使用人へと彼は命じる。


「出る準備をしろ。そして、指定した旗本を洗え」


 面倒である。

 杞憂ならいい。もし面倒であったら、楽しみを見出せばいい。

 利益を作るついでに享楽を求めるのは悪ではないのだから。

 そう思いながら、彼は酒瓶を投げ捨てた。

 パッとガラスの花が咲いた。

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