第8話 夢だったらいいのにね

 卒倒した波瑠止が意識を取り戻すと、ソファに横になっていた。

 場所は変わらない。 


「夢か?」

 

 そう呟くと、茅ではない少年の声が返って来た。


「夢ではありません、現実です」


 のっそり波瑠止は体を起こす。

 見知った少年がいた。それも結構なハンサムである。

 どこか茅に似た風貌の彼へと波瑠止は声をかけた。


「ジョージ、嘘だと言ってくれ!」


 ジョージと呼ばれた彼は、波瑠止の幼馴染である。

 茅の年子の弟であるジョージは、姉ほどではないが美少年である。

 ただ、残念なことにシスコンであった。なおマザコンではない。


「波瑠止様、申し訳ございません。嘘はつけません」

「…………終わった」


 自分のしくじりに、波瑠止は項垂れた。

 ああ、人生どうでもいいと彼が思っているとジョージが言う。


「意識が戻られたので、姉を呼んでまいります」


 イイ笑顔である。シスコンは姉に懸想するヤツには何時も辛辣なのである。

 一応波瑠止にとって彼は腹心でもある。

 だが、今だけは本人から役目を放り出しているようだ。  


「死体蹴り楽しいのか?」

「勿論。ただ、姉も説明したいと申してました」

「……呼んでくれ」


 なるようになれ、やけっぱちで波瑠止は回答する。

 微笑みを蓄えたままジョージは去り、しばらくしてから茅と共に戻ってきた。


「ジョージ」

「おや? 波瑠止様?」


 しれっと波瑠止のやらかしを目撃しようとしていたジョージである。

 波瑠止に声をかけられたのが意外らしい。


「外で見張ってろ」

「承知しました」 


 ほんとうにジョージはイイ性格してやがる、と波瑠止は思う。

 ジョージが退室し、やああってから茅と向き合った波瑠止は切り出す。

 自身が羞恥心のあまり視線を向けられないことは、棚に上げてだ。


「その、すまない。告白も夢だって言えたらな」


 言って彼は後悔した。何を言うのだ自分、と混乱した。

 しかし、茅は苦笑することなく真面目に答えた。


「夢ではありませんよ、殿」


 そこで波瑠止は茅の方向を見た。

 何か作業していたのか?

 店のエプロンをした茅は、困ったような表情をしたまま続けた。


「いきなり気絶されて、ビックリしました」


 波瑠止は顔が赤くなるのが分かった。

 赤面症の自分はいつもこうだな、と自嘲しながら彼は返事を返す。


「ゴメン、悪かった」


 繰り返し謝罪する。

 軽く頭を下げながら、波瑠止はそれからの言葉に詰まった。

 何を言えばいいのか? 

 と彼が思っていると、察したか、知らずか、茅が話しかけて来た。


「いきなり、プロポーズでビックリしました」


 波瑠止は一瞬で口の中が苦くなった。そんな錯覚を覚えた。

 一世一代の告白を失敗したようなものである。

 しかも、もう叶いそうもないことなのだ。

 逃げたい気持ちでいっぱいだったが、彼は黙って続きを待った。


「でも、殿とは結婚できません」


 波瑠止はまた目の前が真っ暗になった。

 泣きそうになりながら、波瑠止は茅に質問する。


「……俺が、嫌いとか生理的に無理だからか?」

「まさか!」


 波瑠止が言い終わると、ほぼ同時に茅が否定する。


「殿が嫌いなら言っています。幼馴染でしょう?」


 なんとも名状しがたい表情に波瑠止はなった。

 彼の頭は沸騰寸前である。思考はミキサー食になったように纏まらない。

 

 嫌いではない、でも結婚できない。

 何故? じらしプレイか?

 

 思春期らしく混沌とした思考を始めた波瑠止に、茅は言った。

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