第7話 そりゃ(言わなきゃ)そうだ

 マシュー銃砲店の談話室である。

 波瑠止は目的の人物、茅との面会を希望して、この部屋に通された。

 この地点で、彼の目的の半分は成功させていた。


………自らエングレービングを施したデリンジャーを、想い人に渡す。


 普通の少年ならば、銃でなく女子が好む贈り物を贈るだろう。

 だが波瑠止は空気を読めず(知らず)銃を贈ることを決めていた。


………己の手ずからの品を渡したいと言う、頭思春期の迷走の結果である。


 なお彼は贈り物のジャンルがアウトで、告白の仕方もダメなことも、何もかも気づいていない。普段から恋愛ヘタレだったせいである。

 が、この時ばかりは彼も勇気を振り絞った。

 これが全ての失敗の原因である。

 知らぬは本人ばかり、波瑠止は彼女へと気持ちを伝えることを決意していた。


――俺と来て欲しい。


 結婚は許されないだろうが、それでも区切りとしたかった。

 だから波瑠止は、告白を決意した。

 貧乏ゆすりを耐えながら、彼は彼女が入室してくるのを待っていた。

 そうして茅はやってきた。


………なお若様が呼んでいるとしか彼女は聞いておらず、普段着であった。


 しかし、波瑠止は迷わなかった。

 正しく言えば、テンパった。

 その上、声も上ずり、酷い表情であった。

 だが、彼は立ち上がる。緊張のあまり勢いで動いた典型であろう。

 そうして小箱を突き出しつつ、彼は彼女へ跪いて言い切った。


「結婚してください!」


 言うこと無茶苦茶、何もかも残念である。

 結婚できないって理解してるのに、本音が出る始末だ。

 そんな状況でも馬鹿は想い人の言葉を待っていた。

 

………だと言うのに、茅から彼は衝撃的な言葉を投げかけられた。


「殿の近くに、私は居ることが許されません」


 茅はそう言ってから、悲し気に顔を下げた。

 茅は正しく理解した上で、こう答えたのだ。


「今や殿は柳井本領66万の臣民の長なのです、どうして傍にいれましょう」


 波瑠止は硬直した。

 そして白目をひん剥いてから、泡吹いて卒倒した。 


■■■


(中略)


 この世界情勢の中で、御大将軍は決断する。

 中枢が崩壊した自国を見捨て、自派閥を生存させるしかないと。

 

 今となっては自国への背信を決意した本人の胸の内は分からない。


 通説だと日系と手を結んだのは、彼の出自からと語られることが多い。

 事実、御大将軍は日系クオーターであった。

 が、当時の日本人や日系からしたら彼は外人ガイジンの中国人でしかないのだ。

 

――本来、彼の決断は場当たり的、場違いなものだったのだろう。


 日系を取り込むための苦肉の策であったのは、一次資料にも残るのだ。

 映画や歴史小説で描かれるように、もしかしたら彼は洪武帝を意識したかもしれない。混乱の時代に、成り上がる姿は確かに近しい。

 けれども、資料から見ると部下を死なせたくなかった可能性の方が正しいと思われる。

 ただ、


「権威付けに将軍の名乗りはどうだろう? 幕府を起こせるじゃないか」


 と本人に【誰か】が提案したのは歴史的事実だ。

 なるほど、中国史でも日本史でも、幕府とは地方官が政務を執った名称だ。

 それが、どうして日本式の幕府に歪んだのかは歴史の不思議である。

 ただ、これも政治が原因であったのだろう。


――――緑青社 自費出版作品:太陽幕府の穿った歴史 より抜粋

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