第4話 親子孫で悩めども

 空港からタクシーを拾って自宅に戻った二人。

 底辺でも領主である。なので彼らは、古い洋館を模した屋敷に住んでいた。

 その士分らしく大きな邸宅は何時ものように静か、とはとても言えなかった。

 二人は使用人だけでなく、親族全員から質問攻めにあったのである。

 お家の大事に、誰もが不安と興奮していたのだと思われた。

 波瑠止と違い仮眠で多少、回復しただろう止正もこれには閉口した。


「家の方針は追っ手沙汰を下す!」


 そう強引に言った止正。

 納得いかない使用人らを押しのけ、彼らは先代当主の離れへ駆け込んだ。


……先代は文句ひとつなく、婿養子と孫を談話室に迎え入れると人払いをした。


 柳井親子は先代へ、すべての出来事を共有した。 

 先代こと、柳井A和止ヤナイAカズトは報告を受けて黙り込む。


「こんな仕置きがあってよいのか?」


 談話室のテーブルに肘をついて和止は頭を抱えた。

 彼も大きく困惑していた。

 無役の旗本が、幕府からの支援金に寄生するニートかと言えばそうではない。


………猟官活動は大なり小なりどの家も行っていたし、主筋や上役への心づけは必須。


 更に小普請こと、旗本の郎党向けの労役やら公共事業への出資。

 それと知行地からの人材派遣が、ほぼ義務とされていた。


 この為、どんな領主も税収以外の財源は確保していた。

 和止も、また長く武家の家長として知行地を経営してきた身だ。

 本家とは別枠で、幕政と危うい政府に狂わされることなく生き抜いてきた。

 分家とは言え、小さな行政区(通称、白柳谷村)を持つのだ。

 それを治めてきた和止にしたら、孫が受けた仕打ちは惨く、酷い。

 

………経験も金もない分家の小僧を当主へ。


 どう考えても厄介な気配しかしない。


………もともと分家柳井の家は、由来を辿れば本家開祖の従兄弟である。


 鉄砲工であった彼は、表向き二つの特技を生かして幕府に仕えたとされる。


 今となっては特殊な部類になってしまった火薬銃の作成。

 そして破棄された熱線銃(ブラスター)の再生産。


 開祖はどちらも得意としており、その子孫は代々ソレで糊口をしのいできた。

 この家産ゆえ、分家は無理さえしなければ財政に不安はなかった。


「本家の鉱山が枯れて久しいぞ?」


 和止は、誰に聞かせるでもなく一人呟く。

 家産のある分家に対して、本家の家産は何もなかった。


 無理もない、本家の開祖は御大将軍に最初期から付き従った軍人である。

 

 当初は、その影響力は分家のソレと隔絶していた。

 今でこそ没落したが、絶頂期より今なお複数の自治体を知行地として持つ。

 そして複数の在郷武士団を今なお抱えていた。


……この兵力を養うため、鉱山を与えられたのだろう。


 だが時の流れは残酷である。

 鉱山で栄えたのも今は昔、その後の内情は酷い。

 地場産業を興すことも出来ぬまま、貧困にあえぐと言う。


「公儀が介入すべきことを、若年の波瑠止がやるのは何処かの差し金です」


 止正はそう主張する。


「しかし家督相続は為されたのだ」


 和止とて何処かの馬鹿が絵図を描いて孫を陥れたと知れたなら、考えはある。

 その愚か者のヤサに具足――重戦闘宇宙服――を着こんで突撃だ。

 だが幕府の命であるなら、従わねばならぬも事実。


「爺ちゃん、俺、どうなるんだ?」


 波瑠止がうわごとのようにそう言った。


「知行地の立て直しを、やらねばならんだろう」

「無理だって!」

「やらねばならんのだ! 嫁を取ってその持参金で、どうにか」


 和止は言いよどんだ。

 自分でも、本家に娘を嫁がせる【旨み】がないと悟ったからだ。

 彼が悟るくらいである。ろくな縁談はないだろう。


「もう結婚?!」

「好いた好かぬの前にお家大事だ」

「だからって、嫁くらい」

「家格に応じた嫁でなと笑われるぞ? それも一生だ」


 波瑠止は和止の言葉でがっくりと項垂れた。

 しかしそこで、彼は気づいた。

 いや気づいてしまった。 

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