悪役王子、国の王たちでさえ唖然とさせる

 ……なんかクローフェ女王の奴、急に元気になったな。


 やはりエルフ王国の頂点に立つ者として、こういう国際会議みたいな機会は胸躍るのだろうか。


「エスメラルダ様のために、私も無償で頑張りますからね! エスメラルダ様のために! 無償で‼」


「あ、ああ……」


 どうして急に奮起したのかは謎だが、まあ、やる気なのは良いことだ。


 ゲームシナリオのまま事態が進んでいるのであれば、これからユリシアはろくでもないことをしでかすはず。

 俺のために尽くしてくれるのなら、きっと今後も良いように動いてくれるだろうからな。


 ――ということで。


 俺とクローフェ女王は今、会談室のドア前で待機していた。


 シュドリヒ国王やユリシア、それから他国の代表はすでに席についているらしいからな。


 今回は文字通り飛び入りのゲスト扱いで、会談に出席することになるのだという。


「それではお入りください。入って右側、手前側にある席にお座りいただければと思います」


「了解」


 案内役に言われてそう頷くと、俺はクローフェ女王を伴って会議場のドアを開ける。


 当然だが、室内の光景はもう見慣れたようなものだな。


 はるかなる高みから城下町を見渡せるようなガラス張りの壁面に、長方形に置かれたテーブル。

 各国の代表たちがそれぞれ隣り合って座り、会談の進行役となるルーシアス第一王子だけが、奥側に座っている形である。


「…………ん?」

「…………へ?」


 クックック、当然だがみんな動揺してるな。


 無能者と呼ばれる俺が現れたことはもちろん、そんな俺に付き添っているクローフェ女王も気がかりな存在だろう。


 だが、真の悪役はいつでも泰然としているもの。

 こんなことで動じるようでは悪役王子にはなれない。


 だから俺は澄まし顔で指定された席に座り、その隣にクローフェ女王も腰を落ち着けた。


「し、失礼ですが……あなたはエスメラルダ殿で合ってますかな?」


 重苦しい沈黙を破ったのは、オーレリア共和国の代表だった。


「ええ、いかにも。私こそがヴェフェルド王国の第五王子――エスメラルダ・ディア・ヴェフェルドです」


「で、では、その隣にいるお方は……? 今日は三国間での話し合いと聞いているのですが」


 ちらり、とクローフェ女王の視線がこちらに寄せられた。


 自分が答えていいのか、と視線で問いかけてきたのだろう。


 ……そうだな。ここはせっかくだから俺のほうから答えるか。


「見ておわかりになると思います。このお方はエルフ王国の女王、クローフェ・ルナ・アウストリア。私が統治下に収めた国・・・・・・・・の代表です」


「と、統治下……!」

「なんと……⁉」


 俺の発言に対し、この場にいた誰もが驚きの声をあげる。


 父親たるシュドリヒ国王もこのことは聞いていなかったようで、大きく目玉を飛び出させているな。


「と、統治下って……シュドリヒ殿、こちらはなにも聞いておりませんが」

 ややあって、今度はバージニア帝国の代表が声をあげる。

「よもや貴国は、エルフ王国に攻勢を仕掛けたわけではありますまいな」


「いえ、そちらはご心配なさらず」


 ここでこう言ったのはクローフェ女王だった。


「私たちエルフが従うことにしたのは、ヴェフェルド王国ではなく、あくまで親愛なるエスメラルダにだけです。私のみならず、すべてのエルフがエスメラルダ様に忠誠を誓うと申し上げております。――エスメラルダ様に栄光あれ‼ エスメラルダ様こそがこの世界において絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対に必要なお方なのですッ‼ はあはあ……」


 お、おいおいおい。

 場を搔き乱してほしいとは言ったが、さすがにこりゃやりすぎじゃないのか。


 代表たちもドン引きしてるじゃないか。


 ――けどまあ、結果オーライっちゃ結果オーライだな。


 俺をここに呼びつけたはずのユリシアが、文字通り苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。

 ここで俺の功績が国際社会に知られてしまったら、自分の王位継承が遠のくと思っているのだろう。


「し、しかし……。これは驚きましたな……」


 そう切り出したのは、再びオーレリア共和国の代表。


「エスメラルダ殿。何があったかわかりませぬが、まさかエルフ王国とそこまで親密になっているとは……。いつの間にそんな政治的手腕を磨かれたのですかな」


「フフ、政治的手腕などではありませんよ。弱きを助け悪を滅する……当然のことをしたまでです」


 クックック……まあ、一番悪いのは俺なんだけどな。


 こうしてエルフたちの心を掌握した上で、俺にとって都合の良い独裁国家を作り上げる。

 今はそのための準備期間でしかない。


「う、ううう……! さすがです、エスメラルダ様……!」


 だがしかし、クローフェ女王が感動のあまり泣きだすのは予想外だった。


 ……なんだこいつ、さっきから情緒不安定すぎないか。


 各国の代表たちも何人かが拍手をあげているな。ヴェフェルド王国のメンバーに関してのみ、引き続き複雑そうな表情を浮かべているが。


 ――さて。

 そんなことは置いておいて、ここからがターニングポイントだ。


 深く意識を研ぎ澄ませると、王城の外側から邪悪な気配がいくつか感じられる。


 ゲームのストーリー通りに話が進むならば、こいつらはバージニア帝国の過激派組織だ。帝国の現体制に不満を抱いており、現大統領を抹殺するために、日々暗躍している集団である。


 本当はただそれだけじゃなくて、この組織には隠された秘密があるんだけどな。


 それについて考えると長くなるので、今は辞めておくが――。


 とにもかくにも、こいつらはもう間もなく、この王城に攻め入ってくる。王国軍の警備体制を潜り抜けてこられたのはもちろん、ユリシアが裏で手を引いているためだ。


(俺のせいでシナリオが狂っているが、ゲーム中では、ルーシアスを抹殺しつつバージニア帝国への開戦の口実にするための策である)。


 このまま放っておけば、バージニア帝国とオーレリア共和国、双方の重鎮が殺される。


 それによって物語が急展開を迎えていくことになるが――ここは、その知識を使って恩を売らせてもらうぞ。


「さて、それではさっそく会談の内容ですが……」


 テロリストが現れることも知らずに、ルーシアス第一王子が会談を押し進めようとする。


 もちろん、この室内にも手練れの剣士が数名配置されているんだけどな。

 しかし彼らでさえ気づけないほど、これから訪れるテロリストも強いということだ。



「――――危ない! 逃げろ!」


 

 そしてテロリストが姿を現す数秒前、俺は一番おっぱいが大きくて可愛いバージニア帝国の秘書――否、シナリオ上で一番先に死ぬことになる人を抱きしめ、地面に伏せる。


 次の瞬間だった。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド‼


 かつてエルフ王国で姿を消していた第三師団と同じように――急に姿を現したテロリストたちが、龍の背に乗ってガラスを叩き始めるのだった。

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