世界最強の傭兵なんぞただのゴミ

「な、なんだこれはぁぁあああ‼」

「いやああああああああああああ!」


 ――三大国代表会談の会場は、一瞬にして大惨事に陥った。


 突如現れたテロリストに対して、各国の重鎮たちがそこかしこに逃げ惑う。


 警備の剣士たちがようやく戦闘の構えを見せたが、はっきり言って初動が遅すぎるんだよな。


 ゲーム中のシナリオでは、ここでルーシアス第一王子とバージニア帝国の代表が殺された。

 それによって物語は一気に急展開を迎え、世界中が混沌に陥っていくことになるのだ。


 だが、そんなことになっては俺が困る。


 この世界は俺のものだ。


 訳わからん争いによって世界が灰と化しちゃ意味がないし――。

 なによりも、ここで各国の代表たちに恩を売っておくことがキモになる。

 三国のトップに貸しを作ることで、俺の支配の及ぶ地域をより拡大していくのだ。


 クックック……。

 テロリストどもが暴れまわるよりも、さらに恐ろしい未来ともいえるけどな。


 なんにせよ、ここにいる奴らは俺が全員無傷で守ってみせる。悪役王子の名にかけてな。


「あ……あの、すみません」


 と。

 俺に抱きしめられている美人秘書(もう一度言うが巨乳だ)が、腕の中で頬を赤らめていた。


「ありがとうございます。わざわざ私なんかを助けてくださって……」


「フフ、気にすることはない。一目見た時から、君(のおっぱい)が気になっていたんだ」


「…………っ」


 そこでより顔を赤くする美人秘書。


 あまりゲームに関わらないモブキャラながら、めっちゃ可愛いんだよな。

 だからこそ、ゲーム中であっさり殺されていったことに怒りを覚えたものだ。


 本来ならここで自己紹介でもしたいところだが、しかし当然、そんなことをしている場合ではない。


「さっさと逃げろ。避難経路はクローフェ女王に教えてあるからな」


「……わ、わかりました!」


 そう言って俺が美人秘書を開放すると、すたすたと出入口の近辺まで駆けていく。

 そして最後にちらりと俺を振り向くと、クローフェ女王の誘導によって部屋の外へと逃げていった。


 ……よし、今のところ誰も死んでいないな。


 バリィィィィィィィィン‼ と。


 その瞬間、外張りのガラスが派手に割れる音が聞こえた。ゲームシナリオ通り、テロリストの乗っている龍が巨大ブレスを放ったんだろう。


 本来であれば、その攻撃でルーシアスとバージニア帝国の代表が巻き込まれている。


 だがあらかじめクローフェ女王に誘導を頼んでおいたので、二人についても無事に避難できているようだな。


 やはり三百周もゲームをやり込んできた恩恵はでかい。


 シナリオ上では多くの人々が死んでいるはずのイベントを、今のところ無傷で突破できている。


 あとはテロリストどもを無事に倒せれば、ひとまずは一件落着と見ていいだろう。


「覚悟せよ! 我らは帝国神聖党ていこくしんせいとう……、世界の平和を願う有志である!」


 そんなかけ声とともに、数名のテロリストたちが龍から室内へと飛び降りてくる。


 全員が真紅の鎧を身にまとっており、魔導銃を持っている者、大剣を持っている者、それぞれ半々で別れているようだな。


 奴らは俺たちを取り囲むや、剣士は前衛、銃士は後衛へと迅速に散開した。


 この精錬された動き……やはりゲームシナリオ通りのようだ。


 奴らにとって初手で死者を出さなかったのは予想外のはずなのに、それでも冷静沈着に俺たちを取り囲んでいる。

 単なる過激派組織とは思えないくらい、戦場慣れしている雰囲気があった。


「くっ……手強そうだな……!」


 室内の警護にあたっていた冒険者が、ちらりと俺を見ていった。


「エスメラルダ王子殿下、どうかあなただけでもお逃げください! こいつら、かなりの手練れです‼」


「フフ……誰にものを言っている。気にする必要はない」


「な、なんですって……⁉ しかし……」


 冒険者が言い終わらないうちに、俺は一番先頭に立っているテロリストに目を向ける。


「――一応聞いておいてやるよ。おまえら、いったい何をするつもりだ」


「ふん、先ほども名乗っただろう。我らは《帝国神聖党》。旧き良きバージニアの伝統を忘れ、おまえたち他国からの侵略にも物言わず、弱腰政治をしているコーネリアス大統領を始末しにきた」


 そう言いつつ、前衛のテロリストが俺に大剣の切っ先を向ける。


「今回の主目的ではないが、おまえも我が帝国を食い尽くそうとしている侵略国の王子だ。もし邪魔立てするというのなら容赦はせんぞ!」


 ドォォォォオオオ……‼ 

 テロリストがそう言って気合を入れた瞬間、王城全体が激しく揺れた。


 前世の漫画とかでよくある演出だったよな。

 強者が全力を解放しただけで、一帯に地震が起こるっていうあれ。


「ぐ……!」

「なんという気迫……!」

「やはりここは危険です! エスメラルダ王子殿下、どうかあなただけでもお逃げください‼」


 冒険者たちが慌てふためいているが、まあそれも無理からぬこと。


 こいつはたしかに強い。

 冒険者どもが束になったとて、絶対に勝てない相手だ。


 だが――今の俺はレベル100に達しているだけでなく、前世で三百周もゲームをやり込んだ廃人である。


 真なる悪役になるという意味でも、ここで引くつもりは毛頭ない。


「クックック……」


 俺は一歩前に進み出ると、なんか意味深な笑顔を浮かべながら言った。


「その実力は健在なようだな。元傭兵にして《血塗れの戦狂い》――ザレックス・ゴートン」


「…………なんだと?」


 前衛のテロリスト――改め、ザレックスの動きが一瞬だけ止まった。


「貴様、いったいどこでその名を」


「クックック、おまえごときが知る必要はない」


「…………」


「それでザレックスよ。ひとつ教えてほしいんだが――」


 俺はそこで再び不敵な笑みを浮かべると、ザレックスに向けて四本指をくいっと動かした。


「たかが世界最強の元傭兵団ごとき・・・・・・・・・・・・が、俺に勝てると思ってんのか?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……‼


 俺が自身の力を解放した途端、ザレックスの時と同じく、王城全体が激しく揺れだした。


 もちろん――ザレックスのそれよりもより強い震動だ。


「な……!」

「馬鹿な! なんという力だ……!」


 この時はじめて、ザレックス含めテロリストたちが明確な動揺をあらわにした。


 まさかこんなところに、自分たち以上の実力者がいるとは思っていなかったのだろう。


「し、信じられん……!」


 ザレックスが大きく目を見開き、最大限の警戒心とともに大剣を構えた。


「お、おまえは本当に第五王子エスメラルダなんだよな? 事前情報とあまりに違うぞ……!」


「クックック、愚問だな。血塗れの戦狂いザレックスよ」


 俺は悪い笑みを浮かべるや、魔剣レヴァンデストを取り出し、その切っ先をザレックスに向けた。


「俺は誰もが怖がる悪役王子エスメラルダ。俺自身の目的のために、ここにいる人々は誰一人傷つけさせんぞ‼」

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