大好きな大好きなエスメラルダ様
「へ⁉ エ、エスメラルダ……⁉」
王城から姿を現したユリシアが、俺を見て目を丸くする。
当然、彼女の視線はクローフェ女王にも注がれていた。
「ど、どういうこと⁉ そのお方って……」
「おやおや、姉上がおっしゃったのではありませんか。不安なら好きな同行者を一人連れてきてもいいと」
「…………」
クックック、悩んでいるな。
これが平民だったら簡単に追っ払えただろうが、相手はエルフ王国の女王。
立場的にはユリシアより上なので、無碍にはできまい。
「こうしてお目にかかるのは初めてでしたか……ユリシア・リィ・ヴェフェルド様。ご紹介にあずかりました、クローフェ・ルナ・アウストリアと申します」
一方のクローフェ女王のほうは動じることなく、淡々とユリシアに挨拶を述べる。
さすがはエルフ王国のトップに君臨しているだけあって、こういうときの胆力はユリシア以上だな。
「エルフ王国は会談への参加資格を有しておりませんが、かねてよりユリシア様とはお近づきになりたいと考えておりました。
「ぐっ…………!」
こりゃすごい。
ここまで織り込んでいたわけではないが、クローフェ女王もなかなかのやり手だな。
ミルアやローフェミアのように戦闘力に秀でているわけではないものの、彼女もまた、有能な部下の一人といったところか。
クックック……ユリシアの奴、顔面蒼白だな。
あくまで俺の推測にすぎないが、連れてこられるのはミルアだと踏んでいたんだろう。
エスメラルダは王権争いにおいては弱者。
ゆえに、突出した戦闘力を誇る者を護衛にするのだと。
しかしもう、そんな必要もないんだよ。
エルフ王国での特訓によって、俺のレベルもまた上がっている。
そしてこれからの会談で何が起こるのか、おおよその検討もついている。
三大国代表会談を掻き乱すという意味では、やはりクローフェ女王以上の適任はいないだろう。
「……承知しました。どうぞ中へお入りください」
「ふふ、恩に着ますよ姉上」
俺は笑みとともにそう答え、約一か月ぶりに、王城への門を潜り抜けるのだった。
ちなみに三大国代表会談が始まるのは、今からおよそ一時間らしい。
その間にシュドリヒ国王に挨拶しないといけないのかと思ったが、ユリシアが言うには、今すでに非公式の対談を進めているらしいな。
だから事前に父親と話をすることもなく、まさかのぶっつけ本番で会談に臨むことになる。
……まあ、俺はあのおっさんがユリシア以上に嫌いだ。
関わらなくて済むっていうのなら、それに越したことはない。
そんなこんなで、俺たちはいったん控え室のなかで待機することになった。
クックック……。
この会談、うまくいけば、さらに俺の王国が広がることになりそうだな。
クローフェ女王には悪いが、俺の王国建設のため、しばらく付き合ってもらうことにしよう。
そう考えると、俺は思わず悪い笑みを浮かべてしまうのだった。
★ ★ ★
私――クローフェ・ルナ・アウストリアは、エスメラルダ様がいかに素晴らしいお方なのか、強く思い知ることとなった。
三ヶ国のトップが一堂に介する、三大国代表会談。
それの存在自体は私も知っていたが、ではなぜ、エスメラルダ様は会談に参加しようとしているのか……。
最初はそれが理解できなかった。
ユリシアといえば、エスメラルダ様やエルフにとっての許しがたき敵。
表向きは「エスメラルダ様の国際社会の立場を盤石にする」と耳障りの良いことを言っているが、絶対に
こちら側を陥れるような、ろくでもない策を講じているに違いない。
三大国代表会談を言い訳にして、私たちを蹴落とそうとしているに違いない。
少なくとも私はそう思ったし、きっとエスメラルダ様も勘付いているはずだ。
この国際会談で、ユリシアは絶対に何か仕掛けてくるだろうと――。
しかしそれでも、エスメラルダ様はあくまで泰然自若としていた。
周囲の人間からどれだけ好奇の目を向けられようとも。
どれだけ根も葉もない噂が繰り広げられていたとしても。
エスメラルダ様はまるで怯むことなく、城下町を突っ切っていたのだ。
そして王城の手前で憎き女と相対した。
私たちエルフたちを何人も誘拐し、亡き者にした第一王女――ユリシア・リィ・ヴェフェルド。
きっとエスメラルダ様にとっても恐ろしい相手であるはずなのに……ここでもやっぱり、エスメラルダ様は動じていなかった。
ここで私は察したのだ。
エスメラルダ様だって本当は絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対にユリシア王女が恐ろしいはずなのに、それでも立ち向かってくださっているのは……私たちエルフのため。
私たちを困難から救い出すために、あえて危険地帯に飛び込むことをお選びになったのだ。
思えばいつもそうだった。
エスメラルダ様にはなんのメリットもないのに、みずから悪鬼を倒しにいって。
みずからの命を
自分専用の部屋を作らせることなく、エルフ王国の強化に献身なさって。
エスメラルダ様はいつも、無償で私を助けてくれていた。
自分にとってなんの得にならないことでも、私たちのために時間と労力を割いてくださったのだ。
だからきっと――これも無償の行動なんだろう。
危険な策を講じているとわかっていてもなお、果敢にユリシアの提案に乗り。
そして今回も、無償でエルフ王国を助けようとしてくださっている。
本当に……本当に素晴らしいお方と出会えたと思う。
ヴェフェルド王国の他の王族とは大違いだ。
ならばこそ、私たちエルフも動かなければならない。
たとえエルフ王国が損することになったとしても、エスメラルダ様のために、永遠に献身するのだ。
もちろんそれで、エスメラルダ様に対価を求めることはない。
今だって、この方は無償で私たちを助けようとしてくださっているのだから。
――そんなことを考えているうちに、いつの間にか一時間近くが経過していたらしい。
「時間だ。いくぞ」
「はい!」
大好きな大好きな大好きな大好きな大好きな大好きなエスメラルダ様に呼びかけられ、私たちは控え室を後にするのだった。
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