ざまぁ回② 腹痛が収まらないユリシア
ヴェフェルド王城。
その“玉座の間”に繋がる大扉を、ユリシア第一王女はごくりと息を呑んで見上げていた。
ここに来る時は毎回緊張する。
現国王にして父でもあるシュドリヒ・シア・ヴェフェルドは、文字通り抜け目のない人物だ。
第四王子として生まれ、もともとは王位継承の可能性は低かったと聞いている。
にも関わらずこうして国王の座についているということは、当然、不利だったはずの熾烈な玉座争いに勝利したということだ。
「……ふう」
ユリシアは大きく息を吐くと、まずは大扉をノックしようとして――。
「ノックなど不要。さっさと入りなさい」
扉の向こう側から急に父の声が聞こえ、ユリシアは思わず背筋を伸ばした。
この異常なまでの気配察知力……。
これもまた、父を超人たらしめている理由のひとつだった。
国王は若い頃に大変な修行を積んできたらしく、剣士としても超一流の実力者。急に襲い掛かってきたテロリストの集団を、単身で返り討ちにしたという逸話は非常に有名だ。
「では……失礼します」
そう言ってユリシアは扉に手をつける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
重苦しい音とともに大扉が奥側へスライドし終わった時、視界いっぱいに見覚えのある〝玉座の間〟が広がった。
中央に敷き詰められた赤い絨毯。
その絨毯の両端で、等間隔で配置されている兵士たち。
そしてその赤い絨毯の先では――。
「……遅かったではないか、ユリシアよ。いったいなにをしていた」
国王たるシュドリヒが、玉座の肘当てで頬杖をつきながら、ユリシアに冷たい声を放ってきた。
「も、申し訳ございません父上。お呼び出しいただいていたことをハマスから聞いたのは、つい先ほどのことでして……」
「――ふふ、いけないねえユリシア。執事に責任を押し付けるものではないよ」
そう言ったのは、玉座の隣に立つ第一王子――ルーシアス・ド・ヴェフェルド。
一見すると《金髪碧眼の爽やか好青年》だが、内面に秘めたる腹黒さをユリシアは知っている。
第一王子という立場も相俟って、ユリシアが王権争いにおいて最も警戒している人物だった。
「フフ、なにを突っ立っているのかな。父上の御前だ。頭を垂れなさい」
「ぐ……‼」
ユリシアは歯噛みしながらも、ルーシアスに従ってひざまずく。
――この場にルーシアスがいるということは、きっとエルフ王国での一件は彼にも伝えられている。
それは言いかえれば、弱みを握られたくない人物に不祥事を知られたということに等しい。
ユリシアが黙りこくっていると、
「こほん」
とシュドリヒ国王が咳払いをした。
「以降の話は機密事項だ。護衛の兵士たちともども退室せよ」
「イエス・ユア・マジェスティ!」
威勢の良い掛け声とともに、兵士たちがぞろぞろとロビーに消えていく。
「……さて、ユリシアよ。単刀直入に切り出すとしよう。現在、オーレリア共和国の大統領から書面が届けられておる。我が国の者が、エルフを攫うばかりか、バージニア帝国の名を騙って各国を混乱に陥れようとしているとな」
「…………はい」
神妙に頷くユリシアに対し、国王はふうとため息をつく。
「このことを知っているか……などと野暮なことを聞くつもりはない。我がヴェフェルド王国に利することであれば、余もある程度は目を瞑る予定だった」
「…………」
「しかしこうなってしまっては、国益を大きく損なうことになりかねない。そうは思わぬか? ユリシアよ」
「…………ええ」
顔をあげずとも、ルーシアス第一王子がニヤニヤ笑っているのが容易に推察できた。
「この状況に関して、当然ながらヴェフェルド王国は知らぬ存ぜぬを貫く。ゆえにユリシアよ、おまえ一人でこの状況を打開しろ。もし近日中に改善の様子が見られないようであれば――王位継承権どころか、その命さえないと思え。わかったか」
「…………! そ、そんな……」
「さえずるな。余は《わかったか》としか聞いておらぬ」
「う…………」
これは困ったことになった。
はっきり言って、ユリシアはこの状況を打開する方法がまったく思いつかなかった。
自分ひとりの知恵でどうにか解決できる範囲を大きく超えていた。
しかし父は、それでも私ひとりだけで解決してみせろと――できなければ処すると、そう言ったのだ。
「どうした。拒否するならばこのまま国賊として処するが」
「……や、やります……! 挽回のチャンスをください!」
「うむ。絶対にしくじるでないぞ。
言葉の圧があまりにも強すぎて、ユリシアはこの時点で吐きそうだった。
「フフ、まあ当然だよね。このままじゃ、ヴェフェルド王国がどうなるかわからないわけだし」
そんなユリシアの様子が面白かったのだろう。
ルーシアスは引き続きヘラヘラ笑いながら、国王にこう言った。
「しかし陛下、驚きましたね。聞いたところによれば、あのエスメラルダがだいぶエルフたちに尊敬されているとか」
「……うむ。あやつもあやつなりに努力したのであろう」
「そうですね。これは油断していると私も危なそうだ。そこにいるユリシアと同じく、足を掬われぬように注意しますよ」
エスメラルダ、エスメラルダ、エスメラルダ……。
その名前を聞いただけで、ユリシアはもう、異常なまでの腹痛を覚えるほどになっていた。
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