ざまぁ回 全知全能のエスメラルダ

「ま、また兵士たちと連絡が取れなくなった……⁉」


「ええ。ブラッドデスドラゴンも含め、また敵側に負けた可能性が高いでしょう」


「そ、そんな馬鹿な……‼」


 ヴェフェルド王国。その王城にて。

 ユリシア第一王女は、執事ハマスからの報告を聞いて仰天していた。


 ――ありえない。

 こんなことがありえるはずがない。


 だって私は、今回のためだけに複数の策を練ったのに……!

 絶対に勝利を収められるよう、何重にも策を用意していたのに……!


「エ、エスメラルダはどうなったの? 今頃エルフたちと仲違いしているはずだけど……」


「いえ、エルフたちは驚くほどエスメラルダ王子殿下に心酔しております。それどころか女王クローフェさえもが、エスメラルダ王子殿下の靴を舐めていたとのこと」


「じ、じゃあブラッドデスドラゴンは?」


「なんとエスメラルダ王子殿下が一人で倒したようです」


「ど、どういうこと……?」


「す、すみませぬ。私も我ながら、自分で何を言っているのかが理解できません」


「…………」


 あまりにも予想のつかない事態に、ユリシアも動揺を隠すことができなかった。


 今回の作戦はこうだ。


 まずエスメラルダの信用を地に墜とすため、バージニア帝国の軍服を部下に着用させた。

 その上で虚偽の報告をさせることで、エルフがエスメラルダに疑念を抱くよう仕向けたのだ。


 そして同時に、伝説の龍神ブラッドデスドラゴンの二体召喚。


 いくら世界最強の剣士たるミルア・レーニスがその場にいたとしても、これほどの強敵を前に突破できるはずがない。


 ――そう思っていた時期が、ユリシアにもあった。


 これは完璧な作戦だと思った。


 なにせ今回の作戦は、“エルフ誘拐の罪”をエスメラルダにすべて押し付けることができる。

 そしてその上で、ブラッドデスドラゴンにエスメラルダを殺させることができる。


 さらに“エスメラルダはバージニア帝国と手を組んでいた”という情報を流布させることで、そのバージニア帝国にも侵略を開始することができる。


 まさに一石三鳥のおいしい作戦だと思った。


 にも関わらず、エスメラルダはそれを易々と突破してみせた。


「ど、どういうことなの……⁉」

 だからユリシアは、沸き起こる混乱をまったく抑えることができない。

「なんでエスメラルダ、そんなにエルフに尊敬されてるの⁉ おかしくない⁉」


「……ある情報によると、それはエスメラルダ王子殿下が全知全能だからだそうです」


「なんで一人でブラッドデスドラゴンを倒せるのよ! Sランク冒険者もびっくりよ!」


「……ある情報によると、それはエスメラルダ王子殿下が神の生まれ変わりだからだそうです」


「…………」


 全知全能だの、神の生まれ変わりだの、まったく意味がわからない。


 だが実際問題、その理解不能な出来事が突き付けられてるのも事実。


 やはり最初やるせなさそうにしていたことも含めて、全部エスメラルダの作戦だったというのか……? 王族たちの油断を誘いつつ、その隙を狙ってエルフたちを取り込んだ……?


 そうとしか思えない。


 私は弟を侮りすぎていた。

 ならばこそ、今度はすべてを賭けてあの憎き弟を始末するしかない……!


「ユリシア王女殿下。心労の只中で恐れ入りますが、一点ご報告がございます」


「……なに?」


 執事ハマスの声が一段と低くなったことに、ユリシアはどこか不安を覚えた。


「どうか冷静にお聞きくださいませ。バージニア帝国の軍服を流用していたことが――オーレリア共和国に勘付かれたようです」


「オ、オーレリア共和国……!」


 思わぬ国名に、ユリシアは思わず裏返った声を発してしまった。


 オーレリア共和国といえば、ここヴェフェルド王国にも比肩するほどの大国だ。


 いや……正確には比肩していた・・・・・・という表現のほうが正しいか。


 主に魔法分野において、オーレリア共和国は目覚ましい発展を遂げてきた。


 強力な攻撃魔法を編み出したのはもちろん、良質なポーションの大量生成、魔法にまつわる武器防具の大量生産、さらに最近では、人を運ぶ魔導車まほうしゃなるものが開発されていると聞く。


 その点ヴェフェルド王国は完全な遅れを取っており、正直なところ、今ではオーレリア共和国のほうが発展しているという見方のほうが大勢だ。


 そんなオーレリア共和国に対抗するために、魔法に秀でたエルフを攫っていたのに……。


 その動きがオーレリア共和国にバレてしまったなら、非常にややこしいことになる。


 このことを口実にして、なんらかのアクションをヴェフェルド王国に仕掛けてくる可能性があるからだ。


 仮にエルフ王国・バージニア帝国・オーレリア共和国が同時に侵略してきたら、いかに大国たるヴェフェルド王国でも絶対に勝てない。


 まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……!


「ですからユリシア王女殿下。この件で、国王陛下が直々に話したいとおっしゃっております。よろしいでしょうか」


「あ、あああああああ……!」


 まずい。

 まずいまずいまずい。


 ユリシアのなかにあった絶対的な自信が、このとき明確にはっきりと打ち砕かれた。

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