悪役王子、伝説のドラゴンをあしらう
ほどなくして、見覚えのある巨体がパーティー会場に姿を現した。
ズドォォォォオオオオオオン! と。
そこかしこに並べられているテーブルなどおかまいなしに、ブラッドデスドラゴンが地に降り立つ。
ここの会場が吹き抜けだったのが不幸中の幸いで、天井が壊されるといった悲劇までは起こっていない。
「ふん……すべてが原作通りか」
おぞましいほど刺々しい両翼。
人体など簡単に切り裂きそうな鋭利な爪。
漆黒に覆われた鱗。
そのどれもが恐怖を掻き立てる外見を誇っており、そのあまりの恐ろしさに、VRゲームから離脱する者さえ現れたという。
もちろん、この外見は見掛け倒しではない。
ゲーム主人公の場合は、少なくともレベル200は必要。
さらにプレイヤースキルの高い友人と協力プレイをしないことには、決して勝てない相手だった。
そして――それだけではない。
「ゴォォォォォオオオオオ‼」
驚くべきことに、さらにもう一体のブラッドデスドラゴンが上空より降り立ってきたのだ。ユリシアのクソ野郎、なにがなんでも俺を殺しにかかっているっぽいな。
「いけない! 逃げてください、エスメラルダ様!」
遠くを見れば、ローフェミアが必死の形相で俺に呼びかけている。
……馬鹿な奴だな。
とっとと逃げりゃいいものを、わざわざこの場に残るなんて。
そんなに俺が心配なのか。
ほんとにチョロい民族だ。
――そんなエルフたちだからこそ、放っておく気にはなれない。
剣帝ミルアも第三師団と戦っている最中なので、俺が逃げればエルフたちに甚大な被害が及んでしまう。
「クックック、本当にチョロいのはどっちだって話だな」
だが男に二言はない。真の悪役たる者、いつだって泰然自若としていないとな。
「ドルァァァァァァァァァァァアア‼」
さっそく一体目のブラッドデスドラゴンが爪を振り下ろしてきた。
まずは通常攻撃か。
三百周ものゲームプレイで、親の顔より見てきた光景だ。
俺は軽いサイドステップを実施し、最小限の動きでその爪を回避する。その隙にもう一体のブラッドデスドラゴンが口腔を大きく開けているが、こちらも何度も見てきた攻撃だ。
俺は天高く跳躍すると、そのコンマ一秒後には、元いた位置に漆黒の炎が通過していく。
ちなみに被ダメージが三倍になっている今あれを喰らったら、たぶん即死するだろう。
それだけブラッドデスドラゴンは強い。
まあ、それもゲーム慣れしていない人間の場合だけだ。
「おおおおおおおおおっ!」
俺は鞘から剣を引き抜くと、真下にいるブラッドデスドラゴンの方向に剣を振り払う。
――――斬!
魔剣レヴァンデストから放たれた衝撃波が、二体のブラッドデスドラゴンに襲い掛かる。
「ギュアアアアアアアア!」
「ガァァァァァアアアア‼」
……よし、効いてそうだな。
もしこの肉体がゲームの主人公だったら、ブラッドデスドラゴンにはかすり傷ひとつつけられない。
だが――この身体は悪役王子エスメラルダ。
さらには魔剣レヴァンデストというロマン武器によって攻撃力にブーストをかけている以上、いかに強敵が相手といえど、ダメージが通るのは道理だった。
「「ガアアアアアアアア……‼」」
しかし、この一撃だけで倒れないのもブラッドデスドラゴン。
攻撃力も耐久力もすべて一流のモンスターなので、決着がつくにはまだ時間がかかりそうである。
だが――いつしか、俺は笑っていた。
たかだかレベル50で、ブラッドデスドラゴンを二体同時に相手する。
そんなことは絶対に不可能だ。
しかしこのエスメラルダなら、きっと成し遂げることができる。やり込みゲーマーなら誰もが憧れるほどの偉業を、今なら成し遂げることができる。
廃ゲーマーとして、これほど心躍る瞬間はないよなあ!
「グアアア…………?」
いつしかブラッドデスドラゴンはパニックを起こすようになっていた。
どれほど攻撃を仕掛けても俺にまったく当たらないので、さすがに焦り始めたんだろう。
――だが無駄だ。
おまえらの攻撃は、全部俺の頭のなかに入っているんだからな……!
「す、すごすぎる……!」
視界の端では、ローフェミアが呆気に取られた様子で戦闘に見入っているのが映っていた。
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