悪役王子、本気を出す

 ――結論から言うと、ユリシア王女は正真正銘のクズだった。


「エスメラルダ様! 大変お待たせしました!」


「は……?」


 パーティーの会場にて、なぜかバージニア帝国――ユリシアたちが侵略を目論んでいる隣国――の軍服をまとった男たちが話しかけてきたのである。


 だが、この服装に惑わされてはいけない。


 いつもと違う軍服を着ているだけで、こいつらの正体はヴェフェルド王国軍の第三師団だ。前世で三百周とゲームをやり込んだ俺にとっては、モブの顔さえ脳内に叩き込まれているのである。


「なんだおまえら……」


「いえ、ようやく計略が完了したと思いまして! この場にブラッドデスドラゴンを召喚させて、エルフたちを攫っていくんですよね!」


 周囲の誰しもに聞こえるように、大きな声でそう述べる兵士。


「は……?」


 最初は意味が分からなかったが、その数秒後、俺は得心がいった。


 気配を探ってみると、他にも第三師団の兵士たちが大勢待機している。しかもこいつらはバージニア帝国の軍服を着ておらず、正規の服装をまとっている始末だ。


「クク、なるほどな……」


 こいつら、俺を黒幕に仕立て上げ、自分たちの株を上げる気だ。


 ブラッドデスドラゴンといえば、ゲーム中でも終盤に登場するほどの強ボス。

 丹念に準備をしなければ、いくらレベルを上げようと単身ではまず勝つことのできない相手だ。


 そのドラゴンを召喚して、俺を殺した上で――。

 あとは第三師団の兵士たちが手を組み、ブラッドデスドラゴンを始末する。


 そうすればエルフ誘拐事件が“エスメラルダの黒幕”だったと大衆に信じさせることができるし、それでいて同時にヴェフェルド王国の株も上がる。


 王城に兵士たちを潜ませていたのも、バージニア帝国が不審な動きをしていたからとか、適当な理由をつければいいだけだしな。


 そうすればバージニア帝国を侵略する理由付けにもなるし、ヴェフェルド王国にとっては一石二鳥。やはりユリシアの奴……相当にクズだな。


 ――しかし。


「おやおや、何を言うのかな第三師団の兵士よ」 


 剣帝ミルアは、この会話を聞いてもなお俺の傍から離れなかった。


「王子殿下を陥れようといったってそうはいかぬよ。私のエスメラルダ王子殿下がそんなことするわけないだろう?」


「へ……?」


「エスメラルダ王子殿下を社会的に抹殺しようとした。これだけで充分、万死に値する」


「ごほっ…………‼」


 と言って、ミルアはバージニア帝国の軍服を着ていた兵士を問答無用でぶっ飛ばす。


 ――こりゃすごいな。

 俺はまだ何も言っていないのに、ミルアは俺を信じて疑っていない。


 それどころか、俺の代わりに兵士をぶっ飛ばしていった始末だ。


 ……フフ、もちろん感動して目頭が熱くなってなんかいないぞ。


 他のエルフたちもそうだ。

 俺に懐疑的な目を向けている者は誰もおらず、誰もが冷ややかに兵士たちを見下ろしている。


 みずからの危険を省みずに悪鬼を倒した者が、そんな計略を巡らせるはずがない――というのがその見立てだった。


 おかしいな。

 俺はただ、こいつらを足掛かりにして自分の王国を築き上げたかっただけなんだが。


「――たとえ何があろうとも、私はあなたをお慕いしております。エスメラルダ王子殿下」


 ミルアはそう言うと、ぐっと強く頷きかけ、とある一点に向けて駆けだしていく。


 言わずもがな、第三師団の兵士たちが身を隠している場所だ。


 あの気配に気づいていたとは、さすがは剣帝ミルアだな。


 ちなみにローフェミアについては、会場にいるエルフたちを次々と避難させている。さっきの兵士が言っていたことが正しければ、あともう少しでここにブラッドデスドラゴンが訪れる可能性が高いからな。


「…………」


 やっぱりここにいるエルフは、誰も俺を疑っていなかった。


 周囲を見渡しても、俺を糾弾する声はどこにもない。


 本当にチョロい連中だ。

 悪鬼を倒したくらいで、こんな俺なんかに心酔しちまうなんてな。


 ……仕方ない。

 悪役らしくねえが、ここは一肌脱いでやるか。


「エスメラルダ様、あなたもお逃げください! さすがにブラッドデスドラゴンは危険です!」


 遠くにいるローフェミアがそう呼びかけてくるが、俺はもちろんここから動かない。


「気にするな。ブラッドデスドラゴンくらい、俺ひとりで倒してやるよ。おまえらエルフのためにな」


「え……?」


 クックック、笑えるよな。


 魔剣レヴァンデストの効能で、今の俺は被ダメージが三倍になっている。

 いくらレベルが上がったとて、50程度では危険もいいところだろう。


 それでも、引くつもりはない。

 いや――引いてたまるかよ。


 俺は目がしらを軽く拭うと、ブラッドデスドラゴンの召喚に備えるのだった。

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