ざまぁ回 無能王子に翻弄されすぎて眠れなくなった王女

 一方その頃。


 ヴェフェルド王国の第一王女――ユリシア・リィ・ヴェフェルドは、寝室のベッドのなかでうなされていた。


 

――クックック……俺は知っているぞ。姉上が胸のなかに抱いている、誰にも言っていない秘密を。胸だけにな。クックック……――

――だが、それはまだ言わないでおいてやる。この秘密が公になったとき……姉上は姉上のままでいられなくなる。それだけ秘匿性の高い情報だからな――



 あのとき兵士が言っていた言葉を、いまだに忘れることができない。


 エスメラルダはいったいどこまで知っているのか。


 ユリシアが主導となってエルフを攫っていること、裏で第三師団と手を組んでいること、そしてこれが国王の玉座に座るための“とっておきの切り札”になっていること……。


 それらすべてを知っているのだとしたら、さすがにまずいことになる。


 エルフは人間と比べて魔力が格段に高いため、その血を原料にして秘薬を服用すれば、エルフと同格の魔力を手に入れることができる……。


 ユリシアがそんな情報を仕入れたのは、古くから王城に眠る書物からだ。


 最初は半信半疑だったが、試しにエルフを攫わせて秘薬を飲んでみたところ、たしかに自分の魔力が劇的に高まった。

 ユリシアは元来まったく魔法を扱えないにも関わらず、中級魔術師とひけを取らないほどの力を手に入れたのだ。


 これを大勢の兵士に飲ませれば――国力をより増強することができる。


 以前から侵略を目論んでいた他国にも容易に制圧できるだろうし、自分に対する評価もうなぎ上りになるだろう。


 これまで誘拐してきた他国貴族の情報から、その国の《正確な戦力》はだいたい推察できている。


 あとは適当な理由をでっちあげて侵略を開始し、その領土をヴェフェルド王国のものとすることができれば、ユリシアの支持は激増。王権争いにも勝利し、多くの人民を束ねる王として世界を支配できるだろう。


 だが――もちろん、この作戦は公にはできない。


 エルフを犠牲にして国力を増強するなど、国際世論の顰蹙ひんしゅくを買うのは必然。侵略を目論んでいた隣国にも多くの味方がついて、領土の奪取も不可能になる。


 そして当然……ユリシアの地位も陥落する。


 国王はなんとなくユリシアの策に気づいているのか、エルフ王国からの反論をいまのところはスルーしてくれているが……しかしそれさえも不可能なほどに世論の声が高まってしまえば、さすがに味方をしてくれなくなるだろう。


 国王もなかなかに冷酷な男だ。

 ユリシアの策がヴェフェルド王国の利になるうちは協力してくれるが、そうでないと判断したならば、なんの躊躇もなく切り捨ててくると思われる。


 だからユリシアとしても、この作戦を秘密裏に進めないといけないのに――。


 コンコン、と。

 ふいに扉が叩かれる音がして、ユリシアは顔をあげた。


「執事のハムスです。お開けしてもよろしいでしょうか」


「……いいわよ」


「ありがとうございます」


 そんな声とともに姿を現したのは、老年の執事ハムス。

 ユリシアにとって、気を許すことのできる数少ない相手だった。


「……で、どう? 調査の結果は」


「おりませんね。剣帝ミルア殿との稽古以来、エスメラルダ王子殿下は姿をくらましております」


「そう……」


 困った。


 つい最近まで、何もやる気のない無能な男だったのに。

 王権争いにはまったく脅威に感じないくらい、文字通り視界にも入っていない奴だったのに。


 急にこんなに厄介な相手になるなんて、まるで聞いていない。


 彼はいったい、どこまで知っているのか。

 彼はいったい、なにを企んでいるのか。

 剣帝より強くなったのは本当なのか。

 エルフと手を組み始めているのか。

 本心では虎視眈々と王権を狙っていたのか。

 考えれば考えるほどドツボにはまってしまい、なにもわからなくなっていた。


 もしかすると最近まで無能王子と呼ばれていたことさえ、計略のうちだったというのか。だとしたらさすがに勝ち目がなさすぎる……。


「それから王女殿下、大変申し上げにくいのですが……」

 そんなふうに思い悩んでいると、再び執事のハマスが口を開いた。

「エルフ王国に潜ませていた五人の兵士たちとの連絡が、取れなくなっています」


「な、なんですって……⁉」

 思わず目を見開くユリシア。

「グルボアは⁉ グルボアはどうしたの⁉ まさか……」


「ええ。同じく、音信不通の状態です」


「そんな……」


 ――第三偵察隊隊長、グルボア・ヴァルリオ。


 彼には特例として、エルフの秘薬のさらに上位にあたる、身体能力をも高まる薬を与えていた。


 これもまた古書に書かれていた製造方法で試したところ、うまく成功した形である。


 はっきり言ってしまえば、師団長が束になっても勝てないほどの力を手にしていたのに――。


 まさかそんな彼でさえ、やられてしまったというのか……‼


「ハマス。これもエスメラルダの仕業だと思う?」


「……そうですね。確証は持てませんが、その可能性は高いと見ています」


「く…………!」


 まずい。これは非常にまずい。


 このまま彼を放っておけば、玉座に座るどころか、自分自身の地位が失墜してしまう。


「ハマス……悪いけど、一人にさせて……」


「かしこまりました」


 その日の夜、ユリシアは眠れなかった。

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