悪役王子の知識無双

「かかれ! 作戦パターンDを実行する‼」


 兵士がそう号令をかけると、他場所で隠れていたらしい兵士たちも一斉に姿を現した。


 その数、五名。

 これほどの人数が潜伏していたことにも驚きだが、逃げるどころか姿を現すなんてな。


 いったいなにを企んでいるのかと思ったものの――なるほど、奴らの視線はクローフェ女王とローフェミアに据えられている。多少ここで犠牲を出してでも、二人を捕らえるほうがメリットがでかいと踏んだのか。


 その理由についても一つだけ心当たりがあるが、今はそれについて模索している場合ではない。


「ミルア! そこにいる兵士たちは頼めるか!」


「ええ、もちろんです‼」


 俺がそう指示を出すと、ミルアは神速のごときスピードで敵陣に突っ込んでいった。


「うおっ‼」

「まさかおまえは、剣帝ミルア・レーニス!」


「愚か者めが。敵を前に隙を見せるなど――笑止千万‼」


 轟‼

 ミルアが剣を振るっただけで、強烈なまでの衝撃波が発生し。

 遠くにいた兵士までもが、情けない悲鳴をあげながら後方に吹き飛んでいった。


 ……うん、さすがは当代最強の剣士と言われる女だな。


 あっちのほうは心配する必要もないだろう。


 ローフェミアにもミルアのステータス補助に専念してもらうので、俺は俺で、目の前の敵に専念したほうがよさそうだな。


「さて」

 俺はそう言うと、最初にファイアボールを躱した兵士の目を見て言った。

「おまえの相手は俺だ。――第三偵察隊隊長、グルボア・ヴァルリオさんよ」


「なに……⁉」


 俺に名を言い当てられた兵士――グルボアがぎょっと目を丸くする。


 まあ、驚くだろうな。

 たしかに俺は兵士たちの名前を知れる立場にはあるが、大勢いる兵士のうちの一人を覚えるのは困難だ。特にグルボアは立場的にもそこまで偉いわけじゃないからな。


 俺がこいつの名前を知っている理由はただひとつ。


「ようく覚えてるさ。おまえは作中でも理不尽な強さに設定された中ボスだった」


「は……?」


 そう。

 俺も前世では沢山のゲームをやり込んだが、その中には、明らかに調整をミスったとしか思えない敵が登場するものがある。


 その時に手に入るアイテムでは回復が追いつかなかったり、並のプレイヤースキルではまず勝てない相手だったり……。


 負けイベントかと思ってわざとゲームオーバーになったら、普通にスタート画面に戻されて絶望するあれである。


 今回のグルボアがまさにそれ。

 本来なら中盤に主人公が戦うことになる相手だが、全体的なステータスが高いだけでなく、技範囲も異様に広い。俺も初見プレイ時はおおいに苦しめられたので、こいつの名はよく覚えているのである。


「ふふふ……エスメラルダ王子よ。女王の前で手柄を上げるつもりかもしれねえが……俺がザコだと思ってたら痛い目みるぜ?」


「ザコだとは思ってないさ。負けられない理由がここにある、ただそれだけだ」


「わけのわかんねぇことを!」


 そう言って地を蹴り、こちらに突進を見舞ってくるグルボア。


 ――やっぱりクソ速ぇな。

 ゲーム中でもエルフ絡みのイベントで戦うことになってたし、この異常な強さ、調整ミスじゃなくて裏設定でもあるのか……?


 ともあれ、俺はゲームを百周どころか二百周どころか三百周くらい極めた男。


 グルボアの動きがいかに早くとも、その動きは脳に焼き付いている。


 ――カキン。


「なっ……‼」

 事もなげに剣を防がれ、グルボアが大きく目を見開く。

「くそ、まぐれで防いだからっていい気になるな‼」


 その後も間断なく剣撃を差し込んでくるが、もちろん当たらない。


 もちろんエスメラルダの初期ステータスがいかに強くたって、本来ならグルボアには手も足も出ないけどな。


 それでも負けられない戦いがそこにある、それが廃ゲーマーとしての矜持だった。


 ――けど、さすがにグルボアは強いな。


 剣を避け続けるうちに、身体に疲労が溜まっていくのがわかる。


 このあとにより強い敵と戦う可能性があることを考えると、さすがに特訓しないと駄目だな。そうしないと配下もついてこないし。


「馬鹿な! なぜ俺の剣がすべて見切られている!」


「そりゃあな。この身体が天才だからできることだよ」


「なんだって……⁉」


「まだわからないのか? おまえが無能だと馬鹿にしたこの身体は、おまえよりもはるかに強いってことさ」


 カキン! 

 俺はギリギリと押し合っていた剣を無理やり後方に押し出し、グルボアをのけ反らせる。


 そしてその隙を縫って、剣帝をも屠ったゼルネアス流の大技――《絢爛(けんらん)桜花撃(おうかげき)》を見舞った。


「ば、馬鹿な……!」

 見事大技に直撃したグルボアは、吐血とともに両膝をつく。

「王女殿下、この方は決して無能王子などではありません……‼ どうか、どうか……」


 そう言ったのを最後に、害悪中ボスは意識を失うのだった。


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