悪役王子、無自覚に尊敬される
「クローフェ女王。まずはあなたの心労、お察しします。私が言えたことではないですが、人に不信感を抱きつつも私を招き入れてくれたこと、心より感謝します」
開口一番、俺はまず女王に同調を示す。
当然こちらにも言いたいことは山ほどあるが、それだけに捉われてはいけない。自分の意見を抑えてでも、まずは相手の感情を尊重する――。
この場を切り抜けるには、それが最適解だろう。
クソ上司にいびられ続けてきた経験が、こんなところで活かされるとはな。
クックック……今生こそは俺自身の意見を押し通させてもらうぞ。
「一つだけ言わせてもらうと、俺も今のヴェフェルド国王には辟易しています。自身の利益を追うために、他者を蹴落とすことも厭わない……。そうした日々が嫌になった私が、無能呼ばわりされるまでそう時間はかかりませんでした」
「…………」
「ですから私が変えたいと思っているのですよ。汚い欲望にまみれてしまっている、今のヴェフェルド国王を」
パチパチパチ。
大真面目な身の上話をしているにも関わらず、剣帝ミルアが涙目で拍手をあげている件について。
おい、恥ずかしいからやめろ。
ローフェミアも「さすがエスメラルダ様……!」と感動しているが、この二人はもう放っておこう。
「先にお伝えしておくと、エルフ誘拐を主導しているのはユリシア・リィ・ヴェフェルド第一王女です。私は関与しておりませんし、そもそも仲が極めて悪いです」
「ええ……存じております。そのユリシア殿が、次期国王として最有力候補であるということも。そんな者を持て囃しているのもまた、人間であると」
「――だからこそ、食い止めないといけないのではありませんか? ユリシアが本当に次期国王になったら、エルフたちは今後どうなりますか」
「…………っ」
ふっふっふ、いい感じに気持ちが揺らいでいるようだな。
前世に感謝するのは癪だが、社畜時代の苦労も無駄ではなかった。
俺が勤めていた会社はとにかく超絶ブラックで、何の変哲もない普通の駄菓子をロットで売りつけるというものだった。
もちろん、そんなものは売れない。
ちゃんと調べたら、他業者で買ったほうが安いからな。
じゃあどうするのかというと――相手の感情を揺さぶる泣き落とし大作戦だ。
「……だから、あなたがユリシア第一王女を止めるということですか。王国へ反旗を翻すために」
「ええ……。そういうことです」
よく考えればわかることだ。
いくら変装させているといっても、第一王女たるローフェミアを直々に派遣させるなんてちゃんちゃらおかしい話。それで仮に捕らわれることになってしまったら、それこそ取返しのつかないことになるからな。
つまりはそれだけ、エルフ王国が追い詰められていたんだろうが――。
しかしそのローフェミアは、王城に辿り着くことさえできず、道中で兵士たちに襲われてしまった。王族が危険地帯に飛び込むなんて絶対に機密事項なのに、内部情報が漏れていたとしか思えないよな。
要するに、ここエルフ王国には……。
「――こそこそしてねえで出てこいよ、カス野郎」
俺はある空間に向けて、炎属性の魔法ファイアボールを放つ。
威力そのものは取るに足らない魔法だが、俺の予測が正しければ――。
「うおっ…………‼」
果たして、その何もなかった空間から突如男が現れ、慌てた様子でファイアボールを避ける。
むろん、エルフなどではない。
王国の軍服を身に着けている、どこからどう見ても第三師団の人間だ。
――やはり、ビンゴだったようだな。
ユリシア率いる第三師団の連中は、エルフを攫うためにここに潜入していた。
王権争いと同じで、陰でコソコソとしょうもねえ連中だな。
「え……⁉」
「いつの間に……⁉」
クローフェ女王はもちろん、場を見守っていたエルフたちも驚きの声を発する。
「これがユリシア王女のやり方ですよ。自分の立場だけは絶対に汚すことなく、裏で隠れてしょうもねえ画策を企んでる……。反吐が出ますわ」
「…………」
「クローフェ女王。私を信じるのが難しければ、無理にとは言いません。ですが個人的にユリシア王女は嫌いなんでね……ここは私たちに出しゃばらせてください」
「エ、エスメラルダ
――決まった。
俺の株を上げるためにわざと第三師団を利用させてもらったんだが、クローフェ女王もすっかり感動してしまっているな。
「くっ……。エスメラルダ王子殿下、いったいなにを……! 我らはユリシア王女に頼まれた身ですよ!」
兵士が驚いた様子で剣を構える。
「だからなんだよ。てめえらは王子たる俺に剣を向けんのか?」
「ぐ……‼」
「まあ、いまさら命乞いしようたってそうは許さねえ。覚悟するんだな」
「こ、小癪な! 誰が命乞いなどするものか……!」
なるほど、逃げるのではなく立ち向かうということは、やはり他にも大勢隠れているようだな。
「ミルア、そしてローフェミア。おまえたちにも援護を頼みたい。いいか?」
「もちろんです! 剣帝ミルアの名にかけて、なにがなんでもこの場を切り抜けてみせます!」
「私も、どうかサポートはお任せください‼」
俺に呼びかけられ、ミルアは剣を、ローフェミアは杖を懐から取り出す。
それぞれやる気充分なようだな。
「エスメラルダ殿下……私はやはり、あなたを誇りに思いますよ」
しかもミルアに至っては、剣を構えながらも、俺に恍惚とした表情を向けていた。
「私はあなたに一生ついていきます。王子という立場に甘んじることなく、悪を正し正義を顕す……。あなたこそが、エスメラルダ王子殿下こそが、この世界に必要なお方に違いありません」
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