嫌われ者の第5王子が怪物になっていた
「あ、そうだ」
エルフ王国に向かおうとしたその瞬間、ローフェミアがなにかを思い出したように後ろを振り向いた。
「ところでエスメラルダ様、そこにいる兵士たちはどうしましょうか? いずれ目を覚ますでしょうし、そうしたらエスメラルダ様のことを上の者に報告するかもしれません」
「ふむ……」
たしかにそうだな。
先ほどの戦いぶりから見て、こいつらが第三師団の兵士であることはもう確定事項。そしてその第三師団がユリシア王女と深い関係にあることも、前世でのゲームから知った揺るぎない事実だ。
つまりこいつらを放置すれば、俺がユリシア王女に目をつけられることになる。
そうなると面倒くさいし、前世の俺だったらまず間違いなく口封じをしていたが……。
「いや、いいさ。こいつらにはこのまま、俺のことを喋ってもらおう」
「え……⁉ で、でもいいんですか?」
「ああ、構わない」
そう言ってニヤリと意味ありげな意味を浮かべる俺。
だがもちろん、この笑みには何の意図もない。これまでのように、ただかっこいいから浮かべているだけの笑顔だ。
なぜ今回、男たちの口封じを見送ったのか。
それも単に、俺の理想とする悪役像に反しているからだ。
裏でコソコソ動きまわるのではなく、気に入らない相手には真正面から啖呵を切る。そうしてユリシア王女に揺さぶりをかけたほうが爽快だし、なにより誰かの陰で動き回るのはもう前世でこりごりだ。
一見すると賢くないかもしれない。
一見すると損しているかもしれない。
それでも俺は、己の信じた道を往く――。
今生のエスメラルダ・ディア・ヴェフェルドはそういう男だ。
「すごい、大胆なんですね……」
目をキラキラさせて俺を見るローフェミア。
「そしたら、男たちの記憶は操作しないでおきますね。エスメラルダ様がお望みならそれもできたんですけど」
「ああ、よろしく頼む」
記憶操作。
どう考えてもチート技だが、たしか前世のゲームでもローフェミアがこれを得意としていた気がするな。
「あ、でも。このまま逃がすのは癪なので、ひとつだけ悪戯してもいいですか?」
「悪戯だと……?」
「はい。十秒に一回はおならが出るように暗示をかけたいです」
「…………」
なにかと思ったら、くっっっっっっそしょーーーーもないな。
まあローフェミアは男たちに追われていたわけだし、実際にどうするかは彼女に決めさせるが。
いや、待てよ……?
「ローフェミア。それもいいが、さらにもう一つ、良い悪戯があるぞ」
「へ……?」
目を見開くローフェミアに、俺はそっと耳打ちをする。
「‼ いいですね、それ‼」
「ふっふっふ、これを喜ぶとは……おまえもなかなかに悪だな」
「いえいえ、そんなアイディアが浮かぶエスメラルダ様が一番ですよ」
そう言って互いに悪い笑みを浮かべる俺とローフェミア。
たしか設定上では、ユリシアは胸の小ささにコンプレックスを感じていたはず。昔、なにげなく兄弟から放たれた“貧乳”という言葉がトラウマになっているんだとか。
だから現在、ユリシアは胸パッドをつけている。
少しずつパッドのサイズを増していったのもあってか、周囲には不信感を抱かれていないようだが――。
そこを突けば、きっとユリシアにも大きなダメージを与えられるだろう。
まさに前世のゲームをやっていた俺しかできない、あくどいやり口だと言えた。
★ ★ ★
三時間後。
ユリシア第一王女は、エルフを取り逃がしたという兵士二名からの報告を受けていた。
「――え~、以上のことから」
ぶほほほっ。
「エスメラルダ殿下は」
ぶほほほほほっ。
「ユリシア王女殿下を目の仇にしている可能性が」
ぶほほほほほほっ。
「非常に高く……」
びっふぃ――っ。
「ま、待ちなさい!」
いてもたってもいられず、ユリシアは屁をこき続けている兵士を制止した。
「いったいどうつもりですか! 栄えある王城で、こんな――」
ぶほほへへっほ!
兵士たちが同時に特大のおならをあげ、ユリシアの怒声はかき消された。
それは極めて現実離れした光景だった。
ヴェフェルド王城にある、ユリシア第一王女の私室。
次期国王として一番有力な候補であることから、そこは他の王族と比べても豪勢な部屋だった。
エスメラルダと比べれば部屋の大きさも二倍ほどあるし、清掃も細部まで行き届いている。
天井に掛けられたシャンデリアも、ユリシアが腰かけているソファも、何気なく口につけているマグカップも、なにもかもがユリシアの気に入った高級品だけで揃えていた。
そんな第一王女の聖地ともいえる場所で――。
ぶっほるげっげるげるぼっぺっぱー!
という、あまりにもでかすぎるおならが響きわたっているのだ。
「…………ぐぬぬ、あなたたち」
「ち、違うんです! なぜかエルフを逃してから、これが止まらなくなって……!」
ぶほほほほほっ!
という軽快な音を尻から響かせている割に、当の本人たちの表情は青ざめていた。
大の大人が泣きそうな表情でおならを響かせているさまは、もはやシュールといってもいい状況だった。
「ふん……」
聞いたところによれば、エルフの一部は、厄介な洗脳魔法を扱うことができるらしい。
この兵士たちには新たなエルフの確保を依頼していたし――おおかた、それに毒されたんだろう。
おならの音もなんだか現実離れしているので、これが男たちに課せられた“エルフからの仕返し”ということか。
それにしては仕返しの内容がめちゃくちゃしょうもないが。
「王女殿下、少しよろしいですか」
ふとそう話しかけてきたのは、ユリシア王女の隣に立つ老年の執事だった。
「エルフの洗脳も気がかりですが、兵士たちが“エスメラルダ”の名を出していたことも気になります。なにかよからぬことが起きていそうですな」
「ええ……そうね」
第五王子エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。
剣帝ミルアからも謎の持ち上げられ方をしていたし、これは警戒していたほうが良さそうか。
いくら王位継承の望みが薄いとはいえ、現国王の血を引いている以上、その可能性がないとは言えない。
そこでもし、ユリシアが裏でエルフを攫っていたことを公表でもされてしまったら――。
表では聖女を気取っている自分の本性が、周囲にバレてしまったら――。
それこそ、もう取り返しのつかないことになる。
ある程度なら悪評の揉み消しも可能だが、今のうちにどうにかしないといけないか。
ユリシアがそこまで考えた、次の瞬間だった。
「我が姉……ユリシアよ。俺はエスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。第五王子である」
ふと兵士の一人が立ち上がり、そう言いだした。
「あ、あれ? ち、違います。これは自分が言いたいんじゃなくて……!」
そして案の定、その兵士は顔面真っ青の状態だった。
これもまた、エルフにかけられた洗脳魔法だろうか……?
ということはやはり、エルフとエスメラルダは手を組んでいるのか……?
「クックック……俺は知っているぞ。姉上が胸のなかに抱いている、誰にも言っていない秘密を。胸だけにな。クックック……」
「な……⁉」
その言葉に、ユリシアはぎょっと目を見開いた。
まさか。
この堂々とした言葉選び……まさかエスメラルダ、本当に自分の暗躍を知っているのか……⁉
「だが、それはまだ言わないでおいてやる。この秘密が公になったとき……姉上は姉上のままでいられなくなる。それだけ秘匿性の高い情報だからな」
「…………」
「しばらくは震えて待つがいい。まあ、降参するというのならそれでもいいがな」
「く……‼」
「それじゃあな。可哀相だからこいつらの言語能力を奪うのもここまでだ。処分は姉上に任せる。――それではな」
そう言って、ばたりとその場から崩れ落ちる兵士。
「…………」
本来なら王女に対してあまりにも無礼な言動だったが、しかしユリシアには、すぐに気を取り直すことができなかった。
第五王子、エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。
あのやる気なさそうな弟が、手の付けられない怪物に思えてきたからだった。
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