悪役王子、自分だけの帝国を目指す

「むにゃむにゃ……エスメラルダ様、エスメラルダ様……」


 やはり剣帝ミルアはちょっと頭のネジがずれてるっぽいな。


 俺に抱き着いた瞬間、片言をぶつぶつ呟きながら、ぼふぉぉぉおっ! と盛大に鼻血を飛び出して気絶した。


 やはり男たちにかけられた妖術は、まだ治ってはいないんだろう。

 安全な場所に移動し次第、術の治療に取り掛かったほうが良さそうだな。


 ――そして。


「さすがに離れたらどうだ、エルフの子よ」


 豊満な胸をいまだにぎゅうっと押し付けているエルフに、俺は呆れとともに呟く。


 おっぱいを堪能できたのは狙い通りではあるんだが、しかし色恋沙汰に現を抜かしているようでは、かっこいい悪役とは言い難い。


 悪名高い王子を演じるからには、しっかりと自分の欲望も押えないとな‼


「は……はい。すみません」


 なんだか名残惜しそうに俺から離れるエルフ。

 まさか女の子にこんな顔されるなんて、さすがイケメン王子は違うよな。


「こほん」

 俺は大きく咳払いをして、あえて話題を切り替える。

「ところで、まだ名前を聞いてないよな。俺はこの国の王子エスメラルダだが……きみのことも教えてもらっていいか?」


「はい! 私エルフ王国の王女、ローフェミア・ミュ・アウストリアです‼」


「そうかそうか、おまえも王女だったか……って、ん?」


 ちょっと待て。

 このエルフも王女って、まるで聞いてないんだが。


「そのローブ、取ってもらってもいいか?」


「はい! エスメラルダ様のためなら!」


 エルフ――改めローフェミアは自身の顔を覆っていたローブを取ると、前世にてゲームをやり込んだ俺にも見覚えのある風貌が露わになった。


 翡翠色のボブヘアに、くりっと丸い瞳。

 そして童顔のくせしてでかすぎるおっぱいと、主に男性ゲーマーから圧倒的支持を得ていた女キャラが、目の前にいる……!


「? どうしたんですか、エスメラルダ様」


「い、いや……。なんでもない」


 完全に予想外だったが、しかしローフェミアは設定上でもたしかに王女だった。


 登場初期はたしかにあまり強くはないんだが、素養だけで見れば最強クラス。根気よくレベル上げを続けていけば、やがては主人公さえも超える超化け物へと変貌を遂げる。


 そしてもうひとつ、ローフェミアには非常に重要な設定があり――。


「ねえ、来ますよね? 私の故郷に」


 急に冷たいオーラを放ちながら、再び腕を絡ませてくるローフェミア。


 その際にまた豊満な胸が当たっているが、たぶん、これはあえて当てている・・・・・


 なぜなら彼女は――。


「来ますよね? エスメラルダ様。来てくれますよね………………? じゃないと私、もう生きていけないんじゃないかと思うんですよね………………」


 そう。

 彼女は極度のヤンデレであり、特定の誰かを好きになると一切まわりが見えなくなる。


 本来であればゲームの主人公にその狂気っぷりを発揮するわけだが、さっそく通常のシナリオがずれ始めているようだな。


「……行かないと駄目か?」


「そうですね。来てくれないと困りますね」


 そしてこの様子だと、完全にヤンデレモードになっている。


 心なしか俺を抱きしめる力が強くなっており、おまえこれなら男二人も自力で倒せただろ、という気持ちを一生懸命封殺する。


「…………ふっ」


 しかしここで取り乱してしまっては悪役王子らしくない。


 当初の目的は可愛い女を侍らすことだった。


 となれば、ここで俺が取るべき行動はひとつだ。


「いいだろう。だがその代わり……わかっているな?」


「はい♡ エスメラルダ様の立場はわかってますから、他の配下たちを総動員させて、エスメラルダ様の立場をより盤石にできると思います。でも……一番好きなのは私じゃないと駄目ですからね?」


 そう言いながら、ローフェミアはまた強く俺に胸を押し当ててくる。


 クックック、さすがはローフェミア。

 ヤンデレモードに入った彼女は、欲しいものを手に入れるためならなんでもする。しかもエルフ王国の王女なわけだし、俺の味方にすれば優秀な女になることには違いない。


 そしてさらに、ローフェミアの配下は基本的に女だけ。 

 王女の権力で他の女を侍らせれば、俺のわがまま王国がついに完成するわけだ。


「いいだろう。案内してくれ、俺をそのエルフ王国とやらにな」


「ありがとうございます……‼」


 そう言って天使級の笑みを浮かべるローフェミアは、さすがは数多もの熱狂的なファンを生み出すだけあって、めちゃめちゃ可愛かった。


「魔道具作らないと……エスメラルダ様をいつまでも見てられる、魔導写真機カメラを…………」


 ミルアはミルアで、気を失ったまま何かをボソボソ呟いていた。

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