寝取りにきたのに、なぜか女に尊敬されている

「ほう……?」


 風格的には三下っぽい雰囲気を漂わせていた男たちだが、戦闘になると目つきが変わったな。


 懐に隠し持っていたらしい短剣を両手に持って、油断ない視線を俺に向けている。


「エスメラルダ殿下……。加勢致しましょうか」


 と。

 妖術から立ち直ったのか、いつの間にか俺の横に並んだミルアが俺にそう提案してきた。


 ……そうだな。


 部下にすべてを任せるのも悪役っぽくて嫌いじゃないんだが、ここはエルフの好感度を稼ぐことを優先したほうが良さそうだ。


 前世ではろくに満喫できなかった“恋人生活”とやらを、今生くらいはまっとうしてみたいしな。


「いや、いい。ここは俺に任せておけ」


「……かしこまりました。ご武運をお祈りしております」


 恭しくお辞儀をするミルアに頷きかけると、俺も同じく鞘から剣を抜き、戦闘の構えを取る。


「ふふふ……はははは……」

「まさか戦うつもりなのか? 悪名高き第五王子ごときが」


 そしてやはり、第五皇子の悪評はこんなムサい男たちにも伝わっているっぽいな。


 両頬を卑しく吊り上げ、文字通り勝利を確信しているかのような笑みを浮かべている。


「王子ぃ。聞いてますよ? あんた、ゴブリンにすら勝てずに王女に守ってもらってたんすよね?」


「ゴブリンなんて、冒険者になりたての新米でも勝てるのによぉ。ちぃと血筋がいいからって、俺たちをどうにかできると思うなよ」


「貴様ら、エスメラルダ殿下を悪く言うのは断じて許――!」


 先に憤ったのはなぜかミルアだったが、俺はそんな彼女を右腕で制する。


 ……前世の記憶が戻る前の話ではあるものの、たしかにゴブリンから逃げた覚えはある。


 たぶんあれは、自身の強さを国民に広くアピールする会だったか。


 ゴブリン程度の魔物、本来の「エスメラルダ」ならもちろん取るに足らない魔物だ。いかにレベル自体が低かろうとも、ステータスそのものは高いからな。


 しかし俺が戦ったゴブリンだけ、異様に強化されていた覚えがある。


 ゴブリンを相手に、まさか強い武器防具を用意していたわけでもなく……やむなく撤退したんだよな。


 後から考えれば、あれはユリシア王女によって異様に強化されていたんだと思う。


 俺が思わず身を引いた直後、これ幸いとばかりに、ユリシア王女が飛びかかっていったからな。


 しかも偶然・・、彼女は会の前に国宝級の剣を譲り受けていたし――。

 あまりにもシナリオができすぎているのである。


 おそらく作中のエスメラルダ王子も、そうしたしょうもない血筋争いが嫌になって、メンタルが不安定になったんだろうな。


 だが……。

 こんな昔話で動揺してしまうようでは、悪役の風上にも置くことができない。


 いついかなる時も泰然自若としていることが、俺の憧れる悪役の条件だ。


「さて、立ち話はこれで終わりかな? 諸君」


 俺は笑みを浮かべつつ、男たちを挑発してみせる。


「かかってこいよ。おまえら平民が、王子様と戯れる絶好の機会だぜ?」


「あん……?」


 その反応が面白くなかったのだろう。

 男たちは一転して表情を歪めると、中腰になりながら強気に言い放った。


「はっ、いいだろう。そこまで言うなら遊んでやるよ、最弱の王子様よぉ!」


 と同時、二人同時にこちらへ突進を敢行してきた。


 ――速いな。

 なにかしらの組織にでも所属しているのか、妙に統率が取れている気がする。


 というかこの動き、どこかで見たことあるような……?


 カキン、と。

 男が振り下ろしてきた剣を、俺は同じく剣で防いでみせる。


「お……?」


 なんだ、思った以上に軽いな。


 さっき剣帝ミルアに勝ったことで、全体的なステータスが向上しているのかもしれない。知らんけど。


「な、なんだと……?」

「怯むな! 間断なく攻撃を差し込め!」


 簡単に防御されたことに驚きを感じているようだったが、しかし手ぬるいにも程がある。


 剣帝ミルアと比べれば明らかに動きが遅いので、攻撃を防ぐことがかなり容易。男たちが続々と繰り出す剣撃のすべてを、俺はさも当然のように受け止めていた。


 しかもこの動き方、やはり俺には見覚えがある。


 前世でのゲームも非常に精巧に作られたVRゲームだったので、もはや疑いようもないだろう。


「おまえら……王国軍の人間だな。それも第三師団所属の」


「な…………⁉」


「第三師団ってことは、ユリシア姉様とも距離が近いはずだ。――ふふ、色々と裏がありそうだなぁ?」


「き、貴様……!」


 図星だったのか、あからさまな動揺を見せる男たち。


 ……なるほど、薄汚い風貌はカモフラージュか。たしかに今の見てくれならば、王国に従事する者がエルフに手だししているようには思えない。


「ふふ。その反応を見るに、当たらずしも遠からずといったところかな」


「よ、世迷言を言うな! なぜそんなふうに言い切れる!」


「クックック。おまえらが知る必要はないのだよ」


 意味深な笑みを浮かべつつ、あくまで泰然とした態度を崩さない俺。


 ――決まった。


 悪役王子として、この上ないシチュエーションであろう。


「エスメラルダ殿下……」


 背後では相も変わらず、ミルアが両手を重ねて俺を見つめていた。


 戦場なのに油断しっぱなしで本当に怖いな、この女。

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