なぜかもじもじする剣帝ミルア

「へへへへ……! すばしっこい奴め」

「だがここまで来ちまった以上、もう逃げられねぇな?」


「や……やめてください……!」


 思った通り、後から路地裏に入っていた男二人は女の子を狙っていたようだな。


 壁際まで少女を追い込み、汚ねえ涎を垂らしながらじわじわと距離を詰めている。


 ――いやあ、本当にすごいよなあれ。

 はっきり言って、その二人は別に風貌が綺麗ってわけじゃない。


 どちらかというと不潔な見た目をしていて、日本だとまず間違いなく女に拒否されているはずの身なりだ。にも関わらず、あんなに自信たっぷりに女ににじり寄ろうとするなんて……。


 しかもあんなに可愛い子を、自分たちのものにしようとするなんて……!


「…………!」


 俺の背後をついてきたミルアが、ふと大きく見開いた。


「殿下。あの少女、もしかしなくともエルフでは……⁉」


「ああ、おそらくそうだろうな」


 前世のゲームにおいても、エルフが人里に降りてくる際には緑色のローブを羽織っていた。


 人間とエルフのわかりやすい違いといえば、やっぱりその耳にあるからな。


 尖ったその両耳で自分たちの正体を気取られぬよう、ローブを深くかぶって身を隠す。

 自分たちの血を狙う人間に襲われぬよう、絶対に種族がバレないようにする。


 エルフの世界ではそれが常識だった。


 しかもエルフといえば、設定的にも超絶美少女が多いことで有名!

 おっぱいが大きくて美少女で気高いエルフ、そんな子を弄ぼうとするなんて――!


「許せんな。とっとと滅するとしよう」


「ええ……!」


 俺のかけ声に対して、ミルアもやる気充分といった様子で腕まくりをする。


「しかしエスメラルダ殿下……。まさか、こうなることを予期していたのですか……?」


「ん? 予期?」


 よくわからないが、しかし俺の憧れる“悪役の条件”には、《なんか局所で意味深な笑みを浮かべている》ということも含まれている。


「ふふ……そうだな。自分たちだけで楽しもうなどと、そんなものは俺が一番嫌いなんでね。こうして先回りしていたわけさ」


「エ、エスメラルダ殿下……!」


 ククク、これは決まったかもしれない。


 自分は男たちからエルフを取り上げ、文字通り《自分だけが良い思い》をしようとしているのにな。しかし相手にはそれを許さない。


 この傲慢っぷりこそ、まさに悪役王子たるエスメラルダ・ディア・ヴェフェルドにふさわしい――‼


「エスメラルダ殿下……。やはり私の見立ては間違っていなかった……! やはり一見するとクールでぶっきらぼうに見えるがしかし本当は深い優しさを持っていてなおかつ深い慧眼を持ち合わせているきっと剣術の腕が急上昇しているのもこの世の悪を正すためだと思うきっとそうに違いない私はそう信じて(ry」


 ミルアはなんだかよくわからないところで感動しているので、彼女は使い物にならない。


 ここは俺一人で、悪徳王子らしく男どもから女を引っぺがそうではないか。


「おい、おまえら。そんなところで何をしている」

 俺は大仰に腕を組むと、エルフにのしかかろうとしている男どもに声をかける。

「こそこそ楽しんでるようだが、そこにいる女は俺のものだ。おまえらのような卑しい人間に出る幕はない」


「あぁん……?」

 俺の呼びかけに、寝癖ボサボサの男が不機嫌そうな声で振り向く。

「なんだてめぇ。俺たちに楯突こうってか、え?」


 おっと、そうか。

 庶民たちに姿が気取られぬよう、さっきまで黒い仮面をつけていたんだった。


 理由はもちろん、黒幕っぽくてかっこいいからである。


「ふ…………愉快なものだな、無知というのも」


「あ?」


「そこまで言うなら見せてやろう。知られざる私の正体をな‼」


 俺はニヤリと笑みを浮かべるなり、黒の仮面を外し――悪徳王子たるエスメラルダ・ディア・ヴェフェルドの素顔を男どもに見せつけた。


「な、なんだと……⁉」

「マジか……!」


 当然というべきか、男二人もぎょっとした表情で俺を見返している。


 ――いやあ、いいねえいいねえ。たまらない。


 表ではみずからの姿を隠し、人通りのないところでこうして姿を晒し出す。

 まさに俺の悪役美学そのもののシチュエーションだ。


「ああ、やっぱりかっこいい私は今まで恋なんてものを全然知らなかったけれどこういうものを恋というのかもしれないでも初体験なので何もわからないこういう時でもエスメラルダ殿下は私をエスコートしてくれるだろうかいやん私のえっち」


 背後にいる剣帝ミルアは相も変わらず独り言をぶつぶつ言いながら両足をもじもじさせている。


 ……おかしいな。

 あいつは曲がりにも剣帝。

 ゲーム中ではラスボスにさえ厄介視され、いわゆるチートキャラ的な立ち位置として主人公たちを助けていたはずだ。


 そんな剣帝でさえ身動きが取れないということは、まさか男どもの仕業か……?


 たとえば女を惑わす妖術とか、そんな薄い本のような能力でも使っているのだろうか。


「おい、おまえら」

 俺は男たちを見下ろしながら、努めて野太い声を発した。

「ただその女をなぶってるだけじゃねえな。他に何を企んでやがる」


「…………! 馬鹿な、なぜそんなことまで……!」


「ふっ、どうやらビンゴだったようだな」


 そうしてなんか意味深な笑顔を浮かべた俺に、男たちは警戒心を大きく高めたのだろう。


「なぜか我らの計画を察知している人間だ。今のうちに始末するぞ」


 と、なんと俺に向けて戦闘の構えを取るのだった。

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