悪役王子、美少女を寝取りにいく

 剣帝ミルア・レーニス。

 齢20にして数々の功績を上げ、今では沢山の人々に慕われている(らしい)私は、なんと貴族の血を引いていない。


 強いて言うなら、父が冒険者として名をあげていたくらいか。


 たまたま生まれ持った才能が突出していて、自分の腕で多くの人を助け続けてきて――。

 そしてその過程で、私はある情報筋から信じられない話を聞いた。


 ――ヴェフェルド王家の者が、他国への侵略を主導していると。

 ――その目的を遂行するために、まずは隣国の貴族を誘拐・暗殺していると。


 初めは耳を疑ったが、それも“ありえない話”ではないと思った。


 なぜなら、ここヴェフェルド王国でも同じことが起こっているからだ。


 幼児を弄ぶための秘密パーティーであったり、長寿とされるエルフを誘拐してその血を売買したり、国際的に禁じられているはずの薬物を密売したり……。


 もちろん王族が表立ってそれらを主導しているわけではないが、さりとて積極的に取り締まっているわけでもない。先ほどのユリシア王女などは特に、一緒になってエルフの血を購入しているほどだ。


 私はそれが許せなかった。


 出自が恵まれていないというだけで、私は相当なハンデを背負ってきたというのに。

 表では厳しく平民を取り締まっておいて、自分たちは甘い汁を吸っているなんて。


 だから私は真相を確かめにきた。


 幸いにも王家は現在、自衛のために“剣の指導者”を探しているところだった。


 だから表向きは王族の修行に付き合いつつ、もし本当に王族が隣国へ魔の手を伸ばしているようなら、レジスタンスを結成してでも世を正す。


 それが私の目的だった。


 彼――エスメラルダ第五王子と出会ったのはその過程だった。


 数年前はまっすぐな目をしていたものの、時が経つにつれ、その瞳に濁りが生じるようになった。真面目に取り組んでいた剣術の修行も、だんだんと乱雑になっていくのを私はひしひしと感じていた。


 無理もない。

 王族はみな己の欲望に囚われている。


 彼と唯一親しかったマルロク王子も病気に倒れてしまったというし――おそらくこれも嵌められたんだと思う――世のすべてに絶望してもおかしくない。


 剣の才能は他の誰よりもあったので、そこについては非常にもったいないが――。

 国を導くはずの王家がこの体たらくでは、怠惰な人格が形成されるのも無理からぬことと言えた。


 気の毒だとは思ったが、しかし私はしょせん平民。

 彼の心情には口を挟まずに、とりあえず剣の修行相手だけ務めようかと考えていた。


 ――しかし今日、私は負けた。


 最初の一撃こそ手を抜いていたが、その後に放った《龍炎墜》では、つい熱くなって本気の七割ほどを発揮してしまった。


 その攻撃を、彼は無傷で耐えた。


 手加減していたのは事実といえど、では本気で剣を交えれば勝てるかといえば、正直まったく自信がない。


 それほどに彼の強さは異次元だった。

 私は感動した。


 とうに生きる希望を失ってもおかしくないはずなのに、そんな心境でも耐えて耐えて耐え続けて剣の修行をし続けた彼の状況がかつての私に重なるししかも本音を言えば彼の少し面倒くさそうな顔がめちゃくちゃタイプなので本当はこのままでいてほしいまであるが、とにもかくにも辛い境遇でも頑張り続けている彼に尊さしか感じないしむし(ry


 ……という感じで、彼に惹かれている自分がいた。


 なにやら悪役っぽい感じで笑ってはいたが、彼の真面目な性格は、この私がよくわかっている。


 隠れて修行し続けてきた彼が、これからいったい何を為すのか。

 この腐った国に、どのような光を差し込むのか。


 根拠などはまったくないが、私はなぜか、彼がこの国を変える人物になるのではないかと直感していた。


★  ★  ★


 俺は思う。


 前世で悔いのあることと言えば、それは女ともっと遊んでこなかったことであると。


 気になる人がいるにはいたが、まるで歯牙にもかけられなかったり、付き合えたとしてもチャラ男に寝取られたり……。


 冴えない顔に安月給の男じゃ、そりゃ魅力なんてないもんな。


 だが今生は違う。

 王族という身分は言わずもがな、ルックスもまあ悪くはない。というか普通にイケメンの部類だと思う。


 ということで、ミルアとともに変装しつつ、さっそく道行く女に声をかけようとしたのだが。


「やっべ、どう声をかけたらいいのかわっかんね……」


 いくら身分とルックスが一新されたといえど、非モテのメンタルまでは変えられていないようだ。


 特に日本じゃおっさんが女に話しかけただけでSNSで晒されたりしたし、本当に話しかけていいのかという恐怖心が出てきてしまう。


「あの、どうされたのですか殿下」


 隣でついてきていたミルアが、怪訝そうな表情を浮かべている。


「い、いや……」


 思わずキョドりそうになってしまったが、しかしそれでは悪役王子のメンツが丸潰れだ。


 自分の好きなように生きていくとはいっても、それはプライドまで捨てるわけじゃない。ちなみに俺の憧れる悪役キャラというのは、簡単に言うとこんな感じだ。


 ・目標を成し遂げるための努力は怠らない

 ・いつでも泰然自若としていて、多少のことでは動じない

 ・なんか局所で意味深な笑みを浮かべている

 ・己の信ずることは曲げず、たとえ権威者であろうと意見に呑み込まれない


 他にもなにかありそうな気はするが、おおざっぱに言うとこんなところだろうか。つまりここでミルアに卑屈な態度を見せるのは、小者っぽくてかっこよくないわけだ。


「ふふふ……ミルアよ。王族たる者、豪勢な屋敷でふんぞり返っているだけでは人心を掌握できない。平民の心を無視する者に国を統治する資格はない。そうは思わんか」


「…………!」


 なんだ。

 よくわからないが、俺が適当に放った言葉に、ミルアが衝撃を受けたような表情を浮かべているぞ。


 ……しかし、困ったな。


 かっこいい悪役を演じるのはいいが、しかしこのままでは当初の目標を達することができない。つまり可愛い女を傍に置くという、男にとって極めて重大な使命が……!


 と。


「……ん」


 俺が立ちすくんでいる間に、路地裏にひとりの少女が慌てた様子で駆けていくのが見えた。


 歳はたぶん俺と同じくらいで、目深に被っていたローブから覗く可憐な表情、そしてなによりも、


「おっぱいがすごくDE☆KA☆I‼」


 と思わず呟いてしまうほどの胸だった。


 同じく彼女に大きな魅力を感じているのか、柄の悪そうな男が二人ほど彼女を追いかけていったが、そんなことはどうでもいい。


 なぜなら俺は悪役王子。

 第五王子という身分さえあれば、男から女を寝取ることさえ余裕だろう。


「いくぞミルア。思った通り、俺のなすべきことはここにあったようだ」


 と言い放つと、俺は剣帝ミルアとともに路地裏に足を踏み入れていく。


 ふふふ……もうすぐにでも女を寝取ってやろう。


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