落ちこぼれ王子、剣帝を配下にする
「よし……」
今の様付けはよくわからないが、ひとまず無事に稽古を無事に終えた俺は、自身の右手をぐっと握り締め、勝利の余韻を味わう。
思っていた通り、前世と比べて身体が格段に軽い。
しかも初めてながら魔法もスムーズに扱うことができたため、俺は思ったよりこの世界に馴染めているようだ。
そして何より、剣帝ミルアに膝をつかせるほどの基礎能力……。
一般的にはエスメラルダを「無能者」「怠け者」と冷ややかに見る者が多いが、やはり、もともとは優秀な力を持っていそうだな。もう少し真面目に生きることができれば、一国を収める王になっていたかもしれないものを――。
……そうだ、せっかくだし
「ステータスオープン」
俺がそう唱えると、前世にて見覚えのある数値が視界に並んできた。
――――――
エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド レベル3
物理攻撃力:102
物理防御力:97
魔法攻撃力:142
魔法防御力:87
俊敏性 :95
――――――
「な、なに……⁉」
さすがにこれは驚いた。
レベルが低いのはまあ納得できるが、それにしては各ステータスがあまりにも高すぎる。
特にゲームの主人公においては、レベルが二桁後半になって、ようやく物理攻撃力が100を超えていたはずなのに。
後に世界を救うことになる主人公よりもステータスが強いとは、これはいったい……⁉
「――いや、完敗でしたエスメラルダ殿下」
そんな思索に耽っていると、ふいにミルアが背後から話しかけてきた。
「まさか私の剣をすべて防がれた挙句、《絢爛桜花撃》で反撃されるとは。実は私に隠れて、一生懸命に修行されていたのではありませんか?」
「……そんなことするわけないだろ、面倒くさい」
どう反応すればいいのか困ったが、ひとまず作中でエスメラルダが言いそうなセリフを発しておいた。
「いいえ、私の目はごまかせません。今の
「…………」
こりゃあ厄介だな。
たしかこのミルアは、作中でもラスボスから厄介視されていたほどの人物だ。適当な嘘でごまかせるはずがない。
「おやおや、これはエスメラルダにミルア殿。いったいどうされましたか」
と。
俺たちの騒ぎを聞きつけてか、第一王女のユリシア・リィ・ヴェフェルドがこの場に訪れた。長い金髪を腰のあたりまで伸ばし、俺と違って“気品”や“気高さ”という言葉がぴったりの女性だった。
「これはユリシア王女殿下。いらしていたのですか」
「ええ。稽古にしてはいささか派手な音が聞こえたものですから、つい気になりまして」
「いえ、これは失礼しました」
そう言ってぺこりと頭を下げる剣帝ミルア。
「実はエスメラルダ殿下がしばらく見ないうちに成長していらっしゃいまして……。なんとこの私から一本取ってみせたのですよ」
「エスメラルダが……?」
さすがに怪訝に思ったのか、片眉をぴくりと動かすユリシア。
その際、こちらには視線を向けようともしない。彼女が俺を――いや、次期国王の座を奪いかねない兄妹すべてを敵視していることが否が応でもわかる反応だった。
「……ふふ、そうですか。そうして王家の者を気遣える懐の広さもまた、あなたが剣帝と呼ばれる所以でもあるのでしょう」
「…………? いえ、気遣っているのではなく、本当にエスメラルダ殿下が……」
「それでは、私はこちらで失礼致します。ミルア殿も、
そう言って小さく会釈をすると、元きた扉のなかへ引き返していった。
「…………」
さすがに驚いたのか、ミルアもその扉を見つめたまま身じろぎもしない。
言葉遣いこそ丁寧だったが、あからさまに俺へ悪意を放っていたからな。たしかゲームの設定でも血みどろの王権争いが起きているということだったから、そのあたりに起因しているのだろう。
……たしかにこの環境では、エスメラルダのメンタルが崩壊しても無理はないな。
第五王子で正妃の子でもないことから、そもそもからして国王の座につける可能性はほとんどない。
なのにこんなクソしょうもない権力争いに巻き込まれて、周囲には味方が誰もいなくて……。
すべてにおいてやる気をなくすのも、はっきり言って無理からぬことだろう。
「ふふふ……はははは……」
だからこそ俺は、込み上げてくる笑いを止めることができなかった。
暴虐の限りを尽くす、悪役王子エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。
王族からも国民からも見放され、王位継承とも関係のない第五王子。
言わば大きな“権力”を持つ一方、“責任”をほとんど持たない立場であるというわけだ。
ならばこそ、好き勝手に生きていくことができる。
好きな時に起き、好きなものを食べ、気に入った女を傍におき、欲しいものを欲しいままに手にしていく生活。
――悪くないじゃないか。
――少なくとも前世のクソみたいな毎日と比べれば、もはや天国みたいなものだ。
笑いが込み上げてこないわけがない。
「…………ん」
そんなふうに一人で笑っていると、ふいにミルアがまだ傍に留まっていることに気づいた。
「どうした。もう稽古は終わっただろう。さっさと帰ったらどうだ」
「いや……。このような状況になってもなお、王子殿下は動揺する素振りさえ見せず……むしろ泰然自若としておられると思いまして」
「は……?」
「私は思うのです。真の剣帝たる者、いついかなる時でも動じることなく、泰然自若としているべきであると。……さっきの剣捌きといい、エスメラルダ殿下は私をとうに超えているのやもしれません」
「なにを言っている。俺はただ――」
「ならばこそ、どうか見届けさせてほしいのです。私に隠れて特訓していたエスメラルダ殿下が、これからいったい何をなそうとしていらっしゃるのかを」
なんだ。
特訓なんかしてないってのに、こいつは何を言っているんだ。
しかもなんだかミルアの奴、目を輝かせてさえいるぞ。
いつもは傍若無人で、他人のことなんかまるで眼中にないとまで言われているのに。
「……よくわからんが、おまえは俺の配下になろうとしているのか」
「そうですね。ありていに言えば、そういうことになると思います」
なるほど。
剣帝を配下にする悪役王子か。
どうしてそこまで心変わりをしたのかはわからないが、それもかっこよくて悪くないな。
「ふっ」
俺はふと笑みを浮かべると、マントをばっとはためかせながら言った。
「いいだろう、ついてこい剣帝ミルア。おまえが我が配下の第一弾だ」
―――
字数が多くなったので、ミルアが主人公についてきた理由は次話で!
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