第6話 勇者の恋

「表に出ろ!!」


 ま、まあ、そうなるでしょうね。


「お師匠様、どうしましょうか?」


「い、今更、私に聞かれても困るわ。恐いのなら謝っちゃいなさい」


「ひゃぁーーはっはっ。いまさら、謝って許してもらえると思うなっ!!」


「では、お師匠様、殺しても良いと言う事で」


 冥の顔から冷気の様なものを感じました。

 何で弱い冥がこんな強気なのでしょう。

 まって、私は大きな勘違いをしているのでしょうか。

 A級冒険者は、まさか冥より弱い……。

 いやいや、仮にもA級冒険者、冥より弱いなんて……


「まって、冥! 殺しては駄目。面倒臭いことになります」


 冥のただならぬ雰囲気につい口から出てしまいました。


「おいおい、おちびちゃん、急に何を言い出すんだー。あーーっ!」


 ドカァ


 冥が私に顔を近づけて、臭い息を吹きかけた男を外に蹴り出しました。


「な、何をしやあがる」


「俺のお師匠様に失礼は許さん、てめーら全員ぶちのめしてやる。表に出ろ!」


「て、てめーー!! 本当に俺達の強さがわからねえのか」


「お前らの強さなど、そこいらを歩いている人達と、見分けが付かん位だとちゃんと分かっているさ。見えているからな」


 ギルドの前で冥とA級冒険者が向かい合い、冥は視線を近くにいる人にむけた。


「なっ、なんだとー」


「おい、あんた達も見ていないで、全員出て来たらどうだ。こいつらだけじゃあ相手にならん。まあ、全員でも相手にはならんだろうがな。少しはましだろう」


「へっへっへっ、おもしれえ! 後悔するなよ兄ちゃん」


 ゾロゾロ、外に出ていきました。

 もう、冒険者だか、山賊だかわからなくなりました。

 A級冒険者の中には、外に出ない人もいます。

 目を閉じやれやれと言う表情です。静観するのでしょうか。

 人格者なら止めなさいよね。


 冥は、目を閉じて腕を組み、足を肩幅に開き静かに立っています。

 見た目は美しい男です。

 絵にはなります。


「はーーっ、かっこいいーー」


 なんですってー。

 声の方を見ると、キノの目がハートになっています。

 ばっかじゃないの、あいつは山だよ。


「はーーっ、かっこいいーー」


 ギルドの女性達が全員ため息をつきました。

 まあ、それはいいけど。

 問題は勇者キノです。


 私のこんな頃は、がさつで化粧もせず、スカートすらはいたことがありませんでした。

 その上、毛深くて、眉毛が太く、放っておくとつながります。産毛ですがひげも生えてきます。

 さらに、ガリガリに痩せていて、やや身長が高い。


 そんな容姿のくせに、いつか超美形の青年に告白してもらえるつもりでいました。

 しかも、その超美形は、アニメのような美形。

 ホストのような美形ではまだ、不十分と感じていました。

 丁度、冥のような美形が理想だったのです。


 外では、冥がおっぱじめましたが、そんなことはどうでも良くなりました。

 山に恋する、異世界勇者。

 どんな、ラノベよ!

 前世では当然こんな出会いはありませんでした。


 ――どうしよう


 でも、まあいいわ。

 面白そうだし。


「くそーーっ!! なんであたらねーんだ!!」


 外では、華麗に舞を舞うように冥が攻撃を避けます。

 髪が書道の達人が描く文字のように揺れます。

 なんだか錯覚でしょうけど、キラキラ輝く星まで見えます。

 まあ、山に興味の無い私でも、華麗だと感じます。


 ――だめだこりゃ


 勇者キノが気になって見て見たら、口からよだれが垂れています。

 そんな顔をしていたら、どんな男も幻滅するでしょう。

 こんな女が、超美形に告白されるのを待っているなんて泣けてきました。


「キノ、口を拭きなさい。みっともないですよ」


 まわりの女性達が全員口を拭きました。


「ははは、俺程度に攻撃を当てられないとはな。俺は仲間の中じゃあ一番のろまなのだがなー」


 でしょうね。山だしね。日本じゃあ、亀だしね。


「く、くそーーっ」


 A級冒険者が剣を抜きました。

 ちょっと、本気?

 こんな所で……

 まあ、いいわ。面白そうだし。

 冥も、ニヤリと笑い、腰の長剣を抜きました。


 黒い刀身の長剣を構える冥はやはり絵になります。


「冥! 峰打ちでお願いします」


「はっ? 峰打ち?」


 あーそうでした。

 日本刀じゃないので、峰はありません。

 冥の長剣は両刃です。


「剣の腹で……、刃のないところで打つのです」


「あー、なるほど。お師匠様、わかりました。へーそうゆうのを峰打ちと言うのか。さすがはお師匠様だぜ。何でも知っている」


 ちょっと違いますが。まあいいです。


 パアアアアーーーーーァァァァン!!!


 すごい音がしました。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁーーー!!!!」


 冥を切りつけた男が、カウンターで冥の攻撃をうけました。

 ほっぺたが赤く腫れ上がり、気絶したようです。


「駄目だ、全員で行くぞ!!」


 A級冒険者が全員で襲いかかりましたが、パンパンという音と共に次々倒れていきます。

 最早わかりました。

 冥の方が圧倒的に強い。


「すげーー。ありゃあA級冒険者どころじゃねえ。S級冒険者ぐれーは強ーんじゃねえか」

「いや、王国騎士団の団長クラスじゃねえか」

「いやいや、それは言い過ぎだろう」


 戦いに参加しなかったA級冒険者達がヒソヒソ言っています。

 どうやら、王国騎士団の団長はまだまだ強いようです。

 私は、その王国騎士団の団長に酷い目に遭わされました。

 復讐にはもう少し修行が必要なようです。


 倒れた男達を鋭い目でにらみ付けると、冥が剣を鞘に収めました。


「お師匠様、お見苦しいものをお見せしました」


 冥は私の前に来ると片膝をつき、私に頭を下げました。


「はわわわ。かっこいいーー」


 駄目勇者の心の声が聞こえてきます。

 いえ、ギルド内の女性全員の声でしょうか。

 冥は片目をつぶって、にこりとしました。


「きゃああああーーーーーーー!!!」


 って、おい。勇者が白目をむいて気絶しそうです。

 人間が気絶しそうになるところを初めて見ました。


「キノ様! 大丈夫ですか?」


「あっ、はい」


 冥がいいタイミングで肩に手をかけ抱きしめます。

 キノの顔が真っ赤になっています。

 はぁー、あれって私なのよね。

 私の顔まで真っ赤になりました。


 でもこれは、すごく恥ずかしいという意味で、それ以外ではありません。

 だって、あの美形は山ですからね。


「……」


 ギルドの中に何やら不穏な気配を感じます。

 どうやら勇者キノは、ここにいる女性の憎しみを一身に背負ってしまったようです。

 キノは幸せ一杯のようで気が付いていません。

 ギラギラ嫉妬の視線が、あなたに向いていますよ。

 見た目が貧弱なあなたが、まさかこの冥よりも強いとは誰も思っていません。

 普通にいじめられるパターンですよ。わかっているのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る