第4話 玄武

 勇者は強かった。

 この大森林最強の、地龍を楽々倒してしまった。

 これだけ強い、チートクラスの勇者を、この国は五年間で普通の人にしてしまったんだ。

 そんなことをしたのだから、ある意味すごい。


「こ、これなら、魔王が倒せるのじゃないかしら」


「あほかー! そんな訳があるかー! 良いから黙って、地龍叩きをしていなさい!」


 私は勇者に攻撃力弱体化の補助魔法を、五重にかけている。

 こうすると、朝から晩まで地龍を叩いても、地龍が死なない為攻撃力を上げられる。

 長時間の強いモンスターとの戦いは、飛躍的に勇者と私を強くした。

 最も私は、攻撃力は上げていない。

 魔法をより強力にしたいから、魔法だけを使っている。


 勇者が、人間としての筋力を上げると、勇者としての力が退化していったように、この世界では、相反する力はどちらかを上げると、もういっぽうは退化する。


 私は勇者だった時に五年間もの間、つらいしごきを受けながら筋トレにうちこんだ。

 その間に勇者の力をすべて失ったということでしょう。

 その後は魔法も一切使えなくなりました。きっと、魔力がゼロになり、魔法が使えなくなった。そのため、成長させる事が出来くなったのでしょう。

 魔力を上げる為には、最低でも一は残っていないといけないようです。


 この世界には全く魔法が使えない人が多くいますが、生まれた時には個人差があるものの魔力は全員にあるのかもしれません。

 赤ん坊は魔法を使えないので、退化して失ってしまうのではないか、そう思います。

 たまたま大きな魔力を持って生まれた子供が、物心つくまで魔力が残っていれば成長させることが出来るのでしょう。そうした一部の子供が魔法使いになれるのでしょうね。

 こんな所で気が付くとは。


「し、師匠、もう死んで仕舞いました」


「そうですね。では、少し休憩にしましょう」


 地龍の魔石を拾って収納した。

 私は、勇者に弱体化魔法をもう一重上乗せでかけておいた。

 そろそろ私の魔力も限界に来ています。

 勇者の恐るべき成長力は、私の長年の努力をあざ笑うかのように抜いていくのでしょう。

 それはまるで、現場のたたき上げの社員を、大卒のエリート社員が軽く抜いていくかのように。


 私は、勇者を休憩させながらも、魔法は発動させたままにしました。

 補助魔法は、このように戦闘していない時でもかけ続けられて、成長もします。

 勇者と一緒にいて、私の魔法の方も成長が著しいようです。


 勇者を休憩させて、私はブラック企業の社員のように働き続けます。

 日本で見た、異世界アニメのように楽をしての成長はないようです。

 疲れたので回復魔法を一回かけておきましょうか。




 六匹の地龍を倒したら、後はいくら探しても見つけることが出来ませんでした。

 この大森林を抜けると、霊山というところがあり、そこに玄武という神獣がいると聞いています。

 世界に四匹しかいないと言われている神獣の一匹です。


 仕方が無いので、次のターゲットをこいつにします。

 険しい霊山のモンスターは地龍よりもはるかに強いおかげで、私も勇者もどんどん強くなります。

 先を急ぐこともありませんので、のんびり近くのモンスターを根こそぎ倒します。

 ゲームならすぐに次がわいてきますが、ここはゲームではありません。

 一度倒すと、減っていくみたいで、とうとう、この霊山がモンスターのいない安全な場所になってしまいました。


「おかしいわねー、ここが霊山のはずなのに、玄武がいません」


「玄武のバカーー!! どこにいるのよーー!!」


 勇者がとうとう、神獣をバカ呼ばわりしました。


「あんたねー、神獣が聞いたら怒るわよ」


 ふふ、怒ってくれたら探す手間が省けますけどね。


「我を、バカ呼ばわりしたのはお前達か」


「や、山がしゃべったーー!!」


 私と勇者は驚いた。


「はーーはっはっは。この霊山こそが我、玄武そのものじゃ」


 驚いた、日本の玄武は亀だけど、この世界の玄武は山と言う事らしい。

 しかもこのあたりすべて、霊山そのものが玄武。

 すると朱雀は火山じゃないかな。

 そんなことを考えていました。


「この山の魔獣を全部倒したのはお前達か」


「やったのは、キノです」


 ちょっとビビってキノに責任をなすりつけようとしました。


「なななななななななななな、何を言うのですか、師匠がやれといったのではないですかーー!!」


『な』多いなー。


「なに我は怒ってはおらん、感心しておるのじゃ。人間の身でここまで来て我の試練まで乗り越えたのじゃからな。さて人間、何が望みじゃ、言うてみよ」


「お金、日本食」

「日本に帰りたい」


「ふむ、ちょっと何を言っているのか分からんのう。わしが出来るのは強くなる手助けじゃ」


 じゃあそう言えよーー。

 シェンロンのように、何でも願いを叶えようみたいに、言うんじゃねえーーー!


 キノの顔を見たら同じ事を考えているみたいで、目に涙が溜まっている。

 そうか、キノは日本へ帰りたいのですか。

 そういえばそうでした。


「キノ、帰る方法は二人で探しましょう」


「やっぱり、師匠も日本人なのですね。やりましょう。一緒に帰りましょう」


「いえ、私はここの生まれですよ。だから、一緒には行きません」


 私は、普通の感じで言った。


「なっ、一緒に行かないと日本食は無理ですよ」


 まさか、一緒に帰りたいのか。


「いいえ、私は必ずこの世界で日本食を食べて見せます」


 やめてよね。

 私は日本に帰っても良いことがないから、こっちの方がいいのよ。


「これ、我を抜きに話しをするではない」


「あっ、はい」


「ふむ、どれどれ、なんじゃ、お前達はそこまで驚くような強さじゃ無いのー」


 まさか、この山、ステータスを見ることが出来るのか。

 でも見ることが出来るのは、弱体化している数値だけですか。


「これでどうですか」


 私はすでに十重にかけている勇者の弱体化魔法を解除した。


「な、なんじゃーーこの強さはーーー、初めて見る数値じゃ。千発くらったら我でも死んでしまうわ。命の危険を初めて感じた」


「でしょ。勇者はすごいんだから」


「な、何を言っておる。おぬしの魔力も智力も恐ろしく高い。信じられん、どうやったのじゃ」


「普通につかい続けているだけですよ」


「ふむーー、おぬし達をこれ以上強くするのは、あまり良くない気がするが仕方が無い」


 玄武がそう言うと、霊山が消えて砂漠が広がる大地に変化した。


「俺が見える範囲にいる間は、あんたらの成長速度が加速する。およそ二割増しだ」


「うわあっ! なっ、何よ、あんた」


 突然後ろから声がして、私も勇者も驚いた。


「何と言われても、俺は冥、玄武の化身だ」


 冥……メイと名乗った男は、黒い長髪でめちゃめちゃ美形でした。

 黒い甲冑を着て、長い剣を装備しています。


「あなた、強そうね。戦うと成長できるのかしら」


「まあ、出来るはずだ」


「ふふふ……」


 私が笑うと、冥は暗い表情をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る