第3話 勇者誘拐

「家を借りたいけど、どうせこの姿では貸してもらえないだろうしなーー。どうしよう」


 ギルドの外に出て、まわりの立派な建物を見ながら独り言です。

 私は、街に住むことをあきらめて、街の北の大森林で暮らす事にしました。

 防御魔法バリアを、ドーム型にすれば虫も入れない空間が出来るので、ここに簡単な家を作る事にしました。


 一人になると、召喚されてからの事を思い出します。

 毎日、毎日、いじめのようなしごきの日々でした。


 待ってください。

 あれは、確実にいじめでした。

 私が苦しむ姿を見て、皆笑っていました。


 私は、この世界の人々の魔力を集め、そのすべてを使い召喚された期待の勇者でした。

 それが、あんな貧弱な女でした。

 まさか、期待外れ。


 ――それでいじめられていた。


 私は、大きな間違いをしているのではないでしょうか。

 勇者と関わってはいけない。

 これが一番の間違い。

 大いに関わって何が悪いのでしょうか。

 歴史が変わるー。そんなこと知ったことではありません。


 たしか、今日の私は、突然の召喚に一人で泣いていたはずです。

 二十九歳の女が、わんわん声を出して子供のように泣いていました。

 うふふ。さて、情けない勇者のところへ行きましょうか。




「うわーーーん、うわーーーん」


 やっぱり、泣いています。

 私はお城に結構立派な部屋を割り当てられています。

 ベッドも大きくて立派です。

 そこに、ひざまずき、顔をうずめて泣いています。


「はぁーー、情けないわね。いい大人が子供みたいに泣いて」


「……!? あの……」


 勇者の私は驚いた顔をして私を見つめます。

 この日の私は、不安と辛さで日本に帰りたいと本気で思っていました。

 そして、だれか相談相手が欲しいと思っていました。


「私の名はントゥワ、金の精霊です」


 まあ、口からでまかせです。


「ントゥワ様、私はキノトワと言います」


 知っているわ。岐乃永遠それが日本でのわたしの名前。

 その後勇者キノと呼ばれていました。


「では、勇者キノ、一緒に来て下さい」


「え、あっ、はい」


 勇者を北の大森林にある私の家に誘拐しました。

 ちょろいもんです。

 きっと、すがりつける相手が出来てほっとしているのでしょう。

 こんなに簡単に人を信じてはいけないはずなのに。


 きっとお城では大騒ぎになるでしょうね。

 いい気味です。


「今日は、何を教えてもらいましたか?」


「は、はい。剣の握り方と振り方です」


 うん、まさにそうでした。

 そして、その後はずっと素振りです。

 いつまで振るのか教えてもらえない素振りはもはや拷問でした。


「かわいそうに、ひどい筋肉痛でしょう」


 私は治癒魔法ドクターをかけました。


「すごいです。痛みが消えました」


「この世界は、魔法の世界です。いかに魔法をうまく使うのか。それがこの世界で最強になる秘訣です」


「せ、精霊様、教えて下さい」


「うふふ、最初からそのつもりです。強くなりましょう。魔王を倒せるくらいまで」


 ふふふ、その前に、私をいじめた王国の騎士や貴族達に仕返しをしますけどね。




 私は、五年間、何の成長も出来ないまま、拷問を受けていました。

 毎日、毎日、基礎トレーニング。

 貧弱だった体に筋肉はつきましたが、それでは魔王はおろか最弱の魔獣すら狩ることが出来ませんでした。

 さて、私と勇者はその無駄にした五年を埋める為、家の前で訓練を開始します。


「まずは、魔法を憶えましょう」


「はい、精霊様」


「精霊様はやめて」


「では、師匠」


「そうね、それがいいわ」


「まずは、防御魔法バリア。こんな物は日本人のあなたなら簡単なはずです」


「えっ、日本人?」


「ああ、私はあなたの事は、だいたい分かります。いちいち気にしないで下さい」


 はー面倒臭い、私は、結構細かいことが気になるタイプでした。


「はい」


「すべての攻撃を跳ね返すバリアを思い浮かべるだけです。まずは私がやって見せます。真似をして下さい」


 私は、金色の魔法陣を出して、ガラスのような透明な壁を出します。


「あっ、出来ました」


 でしょうね。しかもでかい。

 さすがは、勇者です。

 まさかとは思いますが、勇者って滅茶苦茶すごいのでは。

 私は、そんなことも知らなかったのですね。泣けてきます。


「それを、ずっと出しっぱなしにして下さい」


「はい」


「それで、基礎魔力をどんどん上げることが出来ます」


「はい」


「次は、モンスターを狩りましょうか」


「モ、モンスターですか」


「そうよ、RPGゲームはやったことがあるでしょ」


「RPGゲーム? なんでそんなことを知っているのですか?」


 はー面倒臭い。いちいち気になるのねー。

 道理で友達が出来にくいわけだわ。


「うふふ、精霊だからよ。そんなことを気にしないでついて来て」


「まずは、あれを倒しましょうか」


 家の周りにはモンスターが一杯います。

 そうではないですね、モンスターの住みかの中に家があるのほうが正解でしょうか。


「あ、あの、近づけません」


「防御魔法を戦う時だけは消してください。それと、死んだらそれで終わりですので気をつけてください」


 ここで、勇者が死んでしまったら、どうなるのか、そんなことが頭を横切りました。


「ぐあああーーー」


 まあまあ強いモンスターですが、苦も無く倒しました。

 ちょっと待って、強いじゃないですか!

 たしか、私が最初にモンスターと戦った時には、G虫のモンスターに一晩中かかりました。


 わかった。

 五年間の地獄のトレーニングで、私は弱くされていたんだ。

 この世界の人間は、あれで本当に強くなれると信じているのでしょうか。

 それとも、魔王軍のなにものかが、王国の貴族を使って勇者を弱体化させようとしていたのかも。

 だとしたら、やばいかもしれません。


 よかった。

 本当によかった。

 勇者を一人にしなくて。

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