第36話
すでに結界は展開されていると話していたが、何かこう目に見えるものではないようだ。
「結界って、壁のようなものを展開しているわけじゃないんだな」
「はい。聖女の魔力を町の周りに張り巡らせている感じですね」
「……そうなるとどうなるんだ?」
「弱い魔物であれば、聖女の魔力を嫌って近づかないんです。レンさんも嫌な臭いがする建物があったとしたら、近づきませんよね?」
そういうことか。
「物理的に侵入を防ぐわけじゃないんだな」
「そうなんですよ。ですので、気にしない魔物は普通に入ってきますから、防壁はしっかり作られているんです。……あと、そもそも強い魔物はまったく気にしない個体が多いですね」
「絶対じゃないが、それでもしないよりはマシってことだな」
「はい。Dランクくらいまでの魔物ならだいたい近づいてきませんからね。もちろん、例外はありますが」
「へぇ……結界は二人で行っているが、必ず二人でやるのか?」
「必ず複数名ですね。地方の都市ですとまあだいたい二名くらいで、王都などの主要都市はそれこそ五名とかで行われますね」
「複数でやる理由はあるのか?」
「人それぞれ、魔力の質が違いますからね。例えば、私の魔力は大丈夫でもレクシアの魔力は嫌い、という魔物もいます。まあ、最低でも二人で結界を張ればそこそこ防げる、という感じです」
「……なるほどなぁ」
確かに何もしないよりはマシ、なのかもな。
歩きながらどんどん結界魔法を展開していく。
同行していた騎士たちも、その速度に驚いている様子だった。
ぐるりと町の外周を一度周り、二週目となる。
「これをだいたい三週ほど繰り返し、結界を強めていきます。……結界魔法は本来詠唱時間が長いので、ここまでやるだけでも三時間近くかかりますね」
三時間か。
単純計算でも九時間かかるし、途中休憩を挟むことになるだろう。
そうなると……まあ、だいたい一日がかりになるよな。街の規模次第では、一日では終わらない可能性もある。
フィアの説明に、すぐにレクシアが驚いたように付け足す。
「今は一時間もかかっていない……こんな早いの、初めてだ」
「そうですね。これなら午前中には終わるかもしれませんね」
「それに……一度も魔力回復ポーションを使っていない……。こ、こんなことありえるのか……?」
「それがレンさんの支援魔法使いとしての腕なんです。とりあえず、さっさと終わらせてしまいましょう。レクシアも、早く終われば今日は一日休めるでしょう?」
「そ、そうだな……っ。よし、行こうか」
それから二人は再び結界を張っていく。
俺は適宜二人の支援魔法が切れたタイミングで使用していくのだが、レクシアがちらとこちらを見てくる。
「……支援魔法が切れるタイミングが分かるのか?」
「まあ……なんとなく」
「……凄いな。支援魔法が一番難しいのは、そのタイミングじゃないか?」
「……そう、なのか?」
【鑑定眼】で見ているだけなので、よくわからない。
俺が首を傾げると、フィアが苦笑する。
「そうですよ。人それぞれ、解除される時間が違います。それに、重ね掛けもできません。前衛のバフが解除されたら別の人に入れ替わって、かけ直すのが基本です」
「……そうなんだな」
「まあ、支援魔法使いの人とかかわったことがなければ中々分かりませんけどね」
それは、俺やレクシアに対してではなく……なんとなくレヴィートたちに言っているような気がした。
聖女として支援魔法を受けたことがあるフィアだからこそ、俺をかなり評価してくれていたのかもしれない。
この【鑑定眼】は、情報を知るためとかっこいいからで取得したのだが……実はこれが、俺にとって一番の武器かもしれない。
レヴィートのパーティーから離れたあと、どのようなスタイルで冒険者を続けようかはずっと迷っていた。
レヴィートやイルンのように前衛で戦うのもいいし、ゴーグルのようにディフェンダーをするのも楽しそうだと思っていた。
仲間が見つかれば、今のように支援魔法使いもいいかと考えていたが……何をするにもこの【鑑定眼】を武器にできるようなスキル選びが大事だよな。
二週目、三週目も問題なく終わり……結局結界の張りなおしは昼を少し過ぎたところで終わった。
思っていたよりも時間がかかったなぁ、と俺は思っていたのだが。
「……」
「……」
レクシアと教会騎士は驚いたようすでこちらを見てくる。
それに対して、フィアは笑顔で答える。
「これで結界はもう終わりだと思いますが……まだ何かやります?」
「いや……大丈夫だ。教会に帰還しよう……」
「はい、お疲れさまでした」
聖女の結界を張るところなんて、そうそう見られるものじゃないだろう。
いい経験ができた、とかそんな観光者のような気分とともに、俺たちは教会へと戻っていった。
帰りも市民に囲まれ、それなりに騒がしくはあったのだが、無事教会まで戻ることができた。
レクシアとともに戻った先は、地方の教会を管理しているという司教へ報告に向かう。
「……れ、レクシア? 今は結界を張っている時間だろう? 何かあったのか?」
戻ってきたレクシアを見て、司教の顔が青ざめていく。
……異常事態が発生した、そう考えているようだがレクシアは首を横に振る。
「いや、結界の張りなおしが終わったので、その報告に来ました」
「……へ? お、終わった? まだ出て三時間ほどしかかかっていないが……」
「終わりました。教会騎士たちも、結界の確認は完了しています」
レクシアがそういうと、司教の元までついてきた教会騎士の一人が頷く。
司教は驚いたように目を見開き、それから首を傾げた。
「し、しかし……一体どうして……」
「今日、手伝いできてくれたフィアが連れてきたこちらのレンというものが支援魔法使いでして……彼がかなり優秀な能力を持っていたため、すぐに終わりました」
「……そ、そうだったのか。……いやだが、ここまで早くなるものなのか?」
「……私も驚きましたが、とにかく問題なく張れていますので……必要があれば確認していただければと思います」
「あ、ああ。どのみち、あとで領主様とともに確認に向かうからな。…………そちらの、レン、といったな?」
「はい」
司教が俺に声をかけてくる。
急に名指しされるとは思っていなかったが、何か注意とかされるのだろうか?
「……教会所属の支援魔法使いにならないか?」
ただの勧誘だった。
「今は……冒険者として活動していますので。また機会があれば」
「そうか……。いつでも大歓迎だ。やりたくなったら教会まで来てくれていいからな」
まさかここまで言われるとは思っていなかった。
リップサービスという部分もあるのかもしれないが……もしかしたら、レヴィートたちとのパーティーが解消したあとも生きていく術は案外簡単に見つかるかもしれないな。
そんなことを思いながら、俺たちは報酬を受け取って教会を後にした。
「レンさん、まさかのスカウトでしたね」
「……そうだな」
「断って良かったんですか? 教会所属になれば、安定して稼ぐことができると思いますが」
「……そうだな」
その道も、ありかもしれない。
冒険者以外で生きることだって、この世界では可能だろう。
でも――。
「俺は、もう少し冒険者をやってみたいと思ってな。……それに、教会の人たちは色々と制限を受けそうで、大変そうだしな」
聖女ほどは制限はないのかもしれないが、やはり一般的な仕事よりは制限を受けると思う。
だから今の俺にとっては、自由な冒険者のほうがいい。
フィアの話やレクシアの街での扱いを見ていると、今の方がよさそうに思えてしまった。
……まあ、それでも生きる道がない場合は検討するけど。
「確かに、そうですね。予定よりかなり早く終わりましたが、この後は飲みにでも行きませんか? 奢りますよ?」
「……そうだな。少し付き合うよ」
「本当ですか! それでは行きますよ!」
笑顔とともに腕をぎゅっと引かれる。
再び、恋人同士のような距離となり、俺は首を傾げる。
「……もう別に彼氏のふりをする必要はないよな?」
「今日一日は付き合ってくれる、と言いましたよね?」
……口約束とはいえ、約束するときはきちんと確認しないといけない。
そんなことをうっすらと考えながら、俺はフィアの飲みに連れまわされていった。
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