第35話



 俺は柔らかな感触に驚いていると、


「か、かかかかか彼氏……!?」


 レクシアからも驚きの声があがるが、フィアはまったく気にした様子はない。


「はい。そうですよ。ですから、先月言いましたよね? 私には彼氏もいますから私の心配はしないでください、と」

「……そ、そう、だったが…………………………ど、どこまでしたの?」

「秘密です」


 フィアが微笑とともにそういうと、レクシアは顔を真っ赤にしながら何かを妄想したようで恥ずかしそうにしている。

 ……えーと、状況が読めないのだが?

 レクシアが俯いたところで、フィアがぼそりと教えてくれた。


「すみません。レクシアさん、私のことをよく心配していたので。外でちゃんとやれていますよ、ということの証明の一つとして彼氏がいると以前話したんです。すみませんが、今日一日は私の彼氏になってくれませんか?」

「……了解」


 フィアにそういわれて、俺は小さくうなずいた。

 別に俺に何かマイナスがあるわけでもなし。


「よかったです。実はレンさんと出会う前、イルンさんにもお願いしていたんですが、全力で断られてしまったんですよね」

「俺には前置きなしだったが?」

「イルンさんを参考にさせていただきました」

「……悪いやつだな」


 俺にも断られると思っていたから、詳しい事情は説明しなかった、と。

 イルンが断った理由は、恐らく男ではないからではないだろうか?


「はい、悪いやつです」


 楽しそうに微笑んでいる彼女に苦笑していると、レクシアも少しだけ顔をあげる。

 ……ただ、視線は合わせてくれない。

 頬を赤くしたまま、俯きがちにレクシアは話を行っていく。


「こ、これから……私とともに……町の外周で結界を張りなおしにいくのだが……えーと、なぜ彼氏を連れてきたんだ?」

「自慢ですかね?」

「なぬっ!?」

「冗談です。彼は支援魔法使いですので、私たちの強化をしてもらえればより効率的に結界を張れると思いまして」

「レンだ。フィアが言うように、支援魔法使いをしている」


 軽く自己紹介をして頭を下げると、レクシアも頭を下げた。


「レクシアだ。よろしく。……支援魔法使いはいいが……報酬は最初に伝えていた分以上には出せないぞ?」


 支援魔法使いを雇う余裕はない、ということなんだろう。


「大丈夫です。こちらで報酬に関してはわけますので」

「そ、そうか。それなら良いぞ。では、早速行こうか……早くしないと、今日中に終わらないからな」


 そう言われ、早速俺たちはレクシアとともに外へと出る。

 外に出たところで、護衛の騎士がさらに増えた。数は合計で十人。レクシアの周囲を守るように立ち、俺たちはそのあとをついていくという形だ。


「……彼らは騎士、なのか?」

「教会専属の、教会騎士ですね。仕事は色々とありますが、聖女の護衛がその一つになります」


 フィアに頷きながらも、護衛がここまで必要なのか? と思っていた。

 町の外に出るとはいえ、今もまだ結界は残っているだろうし、そもそも町周辺というのは冒険者や騎士が定期的に魔物を狩っているので、強い個体はいないと聞いていた。

 だから、疑問に思いながら教会から町へと出たときだった。


「レクシア様!」

「レクシア様! お久しぶりです!」


 ……凄まじいくらいに声をかけられていた。

 レクシアもかなりの美人であったが、それでもファンと思われる人たちが集まってくる。

 騎士たちが押し寄せる民衆を押しのけるように大盾を構える。

 ……まるで、魔物にでも接するかのようだ。


 いや、実際それだけの重圧は感じるが。

 市民には老若男女様々な人がいる。……子どももいて、レクシアにきらきらとした目を向け、手を振っている。

 レクシアは子どもが好きなのだろうか? 皆に手を振りつつも、子どもを見かけると積極的にそちらに笑顔を向けている。

 俺とフィアは後ろをついているのだが、特に何かあるわけではない。


「……フィアも美人さでは負けてないけど、容姿だけで注目されているわけじゃないんだな」


 聖女、という立場だからこそレクシアがここまで人気なのだろう。

 そして、フィアも聖女として仕事をしていたときは同じように扱われていたはずだ。


「大変だな、聖女ってのは」


 俺が苦笑しつつフィアに聞くと、彼女はなぜか顔を赤らめていた。


「フィア? どうした?」

「い、いえ……なんでもありません。そうですね……聖女はこのように扱われるので、非常に……ひじょーに、大変なんです」


 フィアの言葉には、多くの感情が込められていた。

 ……市民たちも押し寄せはするが、過度に接近はしてこない。やりすぎればそのまま連行されるからだろう。

 結局、町の外に出るまで市民たちに囲まれているのを眺めていくことになった。


 町の外まで出ると、ようやく落ち着いた。それでも、門のほうを振り返ると、まだレクシアを見ている人たちもいる。

 ……凄まじい人気だな、本当に。


「すまない。フィア、レン。怪我はなかったか?」


 外に出たところで、レクシアがこちらへと振り返る。

 フィアがちらと俺を見てきたが、俺もフィアもどちらも無傷だ。


「私たちは大丈夫です。それでは早速、結界を作っていきましょうか」

「そうだな」


 二人が準備を始めたので、俺も二人に支援魔法を使用する。

 道中暇だったので、スキルは調整済みだ。

 聖女の結界は、魔法力と精神が重要だそうだ。


 なので、その二つを強化できる支援魔法と魔力を回復できるスキル、それと詠唱速度を上げるスキルを取得しておいた。

 すぐに二人に使用しておき、あとはいつも通り結果を見守るだけだ。

 二人が少しの間目を閉じたときだった。驚いたようにレクシアが声をあげた。


「へ……!?」

「はい。では次行きますよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……っ! 本来結界魔法を展開するまでかなりの時間がかかるのに、今十秒くらいで終わらなかったか!?」

「レンさんの支援魔法の効果ですよ。詠唱速度を早め、さらに魔力の回復速度もあげてくれています。もう魔力も回復しているでしょう?」


 フィアは少しばかり自慢するかのような表情だ。


「た、確かに……そうだな。凄いな……フィアの彼氏は……」


 ……まあ、そういうふうに言われることに悪い気はしなかった。




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