第21話
「な、なにをいきなり言っているんだい!? ぼ、僕が女性物の下着を身に着けているからって誤解したんじゃないだろうね!? 僕はただの変態さ!」
そんな堂々と変態アピールをしなくてもいいだろう。
妙な焦りようだ。俺は、今朝見たものについて正直に話をする。
「いや……今朝だな。いつもより早く目が覚めて、イルンが水浴びをしていて――」
そう言いかけたときだった。イルンが俺のほうに飛びかかってきて、再び押し倒される。
短剣が今度は交差して俺の首元に押し付けられる。
あれ? さっきより状況まずくない?
「……起きていたんだね?」
「あ、ああ」
「見たんだね? 僕の秘密を、知ったんだね?」
「パーティーで隠し事は良くないぞ?」
「それとこれとは話が別だよ!」
「理不尽じゃないか?」
さっきと言っていることが違うじゃないか。
イルンは顔を真っ赤にしたまま、かたかたと短剣を揺らす。怒りなのか羞恥なのか……。
そして、イルンは……泣き出した。
「だ、誰にも……見られたことなかったのにぃ……い、異性に肌を見せるのは……け、結婚してからって決めてたのぃ……ひぐっ」
「……お、おいイルン? 泣きながら短剣持つな。首に当たりそうだから」
泣きじゃくるたびに短剣が揺れ、俺の首が危険にさらされる。
「な、なんで……見てたんだい? わ、忘れてくれるかい?」
「あー……分かった。うん、忘れた」
「よかった。僕の性別は?」
「女か?」
「……うぅ……こ、殺すしか……な、ないよね?」
「……本当に女なのか?」
俺が答えると、イルンは俺から離れ短剣を鞘にしまってから、こくんと頷いた。
……えぇ、マジで?
でも……女と言われてから彼……いや、彼女を見てみると、確かに女性に見えてきた。
顔たちはもちろん、全体的に線は細い。
逆に、どうして今まで男と思っていたのかと思えるほどに、イルンは女性だった。
「どうしてまた……男装なんてしていたんだ?」
「……もう、ここまでバレたから……全部、伝えるよ」
「……あ、ああ」
「これは、僕の家の方針なんだ」
「……方針?」
また変わった家だ。
「ああ。僕の家は貴族の家……フォートという家名を持つ侯爵貴族なんだけど……子どもに恵まれなくてね。跡継ぎがいないんだ」
「……跡継ぎがいない? イルンがいるんじゃないのか?」
イルンがどういう立場かは分からないが、彼女が家を継げばいい、と考えてしまったのだが彼女は首を横に振る。
「古臭い慣習なんだけど、うちの跡継ぎになれるのは男だけなんだ。それも、ある程度の実力を持った冒険者である必要がある」
「……ある程度の実力を持った冒険者」
「私の家は北の森近くに領地があってね。……あー、北の森も分からないよね? あそこは、魔物が大量に出現する時期があってね。その掃討作戦を指揮するのが私の家で、兵士や冒険者に言うことを聞かせるために、ある程度の実力を持った男の人が必要なんだ」
「そうなんだな」
「だから、私の家では生まれた子どもたちに15歳まで指導を行い、旅に出させる。5年の修行を終え家に戻り、もっとも実力のある子が家を継ぐことになるんだ」
「……なるほどな」
彼女が男装してここにいることの理由は……一応理解はした。
「そして、今修行中の子どもたちは……なかなか冒険者としての成長に苦戦していてね。僕がもっとも遅いスタートになったけど、順調にランクをあげているって感じなんだ」
「……それは分かった。でも、冒険者のときは別に男装したままじゃなくてもいいんじゃないか?」
「どこで誰にフォート家の人間とバレるか分からないからね。……そういうわけで、絶対にバレちゃ……いけ、なかったんだ……ひぐっ」
再び、イルンは泣き出してしまう。
「ど、どうした?」
「ば、バレた者は、そもそもの家を継ぐ権利がなくなるんだ……っ。だって、私が仮に家を継いだあとにレンが私を女だとバラしたら、どうなる? だから、ごめん。殺すしか……ないんだ……っ」
私、というのがイルンの本来の一人称なのかもしれない。
あまりの絶望感に素が出てきてしまっているが、それ以上に今は彼女を落ち着かせないと。
「短剣を抜くんじゃない。……つまり、俺が黙っていればいいってことだろ?」
「そ、そうだけど……」
「安心しろ。俺の秘密だって、イルンは黙っててくれるんだろ? お互い、それを条件に黙っていればいいんじゃないか?」
「……」
……まあ、俺は実力がつけば隠す必要はないのだが、今それを言うとイルンに殺されるかもしれない。
俺の言葉に、イルンは考えるようにじっとこちらを見てくる。
「黙っていて、くれるのかい?」
「ああ、もちろんだ」
「……これ、ルール違反にならないかな?」
「知らないが……大丈夫なんじゃないか? バレなきゃな。バレなきゃ何してもいいもんだ」
俺も生き延びたいので、適当なことを言ってしまった。
ただ俺の言葉に、イルンはほっとしたように息を吐いた。
「良かった。これなら、また前みたいに部屋で気を抜いても大丈夫だね」
「……まあ、ほどほどにな」
鍵をしているとはいえ、いつ誰が部屋に訪れるか分かったものじゃないからな。
俺はそう言いながら、イルンを改めて少し頬が引きつった。
今の彼女は、先ほどのやり取りもあったせいか服がはだけてしまっている……それでまあ、色々と見えているわけだ。
イルンは気づいていないようだし、今指摘したらまた短剣が迫ってくるかもしれない。
俺はそれに気づいていないことにさせてもらった。
……とりあえず、もう少し服装に関してはちゃんとしてほしいものだ。
「ていうか、女性だとバレたらまずいなら下着とか履くのもやめたほういいんじゃないか?」
「……ちょっとくらいおしゃれしたいんだ僕だって」
むすっとイルンは口をとがらせてそういった。
その結果、女性物の下着を求める変態になってしまったことはいいのだろうか? それはそれでフォート家にとって汚点にならないか?
まあ、大丈夫なんだろうな。うん、気にしない。
「そこまでして家を継ぎたいんだな」
「……ああ。僕にとって、フォート家は……大事な家だからね」
家族、か。
俺の家族は、きっと俺のことで苦労させてしまっただろう。
看病や見舞いに来てくれた家族たちを見て、いつも俺は嬉しい気持ちとともに悲しい気持ちがあった。
自分の治療をするためにはお金も時間も割いていたはずだ。
そのお金と時間があれば、きっともっと家族たちはラクに生活できたはずだ。
……そういえば。
俺は死ぬ間際のことを少しだけ、思い出した。
俺は自分が死ねて、良かったという気持ちがあった。
体が苦しいことはもちろん嫌だった。
けど、そういう理由で死にたかったんじゃなくて……家族にこれ以上迷惑をかけなくてよくなるって思えたからだ。
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