第18話


 だが、それ以上確認することはできなかった。彼は普段は三つ編みにされていた髪に付着した水滴を拭き始めたからだ。

 ……彼は、盗賊系スキルを持っている。俺の【隠密】のほうがスキルレベルは高いからまだ気づかれていないが、このまま起きていればまずバレるだろう。


 ……状況は分からない。

 だが、俺が異変に気づいたことは隠したほうがいいだろう。

 俺はそのまま目を閉じ、あれこれと考えていた。




 しばらくして、外で鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 ……イルンについて色々と考えてはいたが、どうやら少しは眠れたようだ。


「おーい、レン? そろそろ起きたほうがいいよ。朝食の時間だ」


 そんなイルンの声が聞こえ、俺はドキリと体を起こす。

 ……今朝気づいたことについて、まだ確信は持てていない。

 それにここは異世界だ。俺の常識が通用することもないだろう。


 今は多様性の時代でもあり、もしかしたらそういうことなのかもしれないしな。いや、異世界でも通じるのかは分からないけど。

 とにかく……確証を持てるまでは色々と調べて、それからイルンに聞いたほうがいい。

 ……変なことを聞いて、せっかく親しく接してくれているイルンと距離が生まれたら嫌だしな。


「ああ、ありがとな」


 軽く伸びをしてからベッドから起き上がると、イルンはいつもの格好をしていた。

 ……ただ、今朝の光景が脳裏に浮かびあがる。

 改めてみると、イルンの容姿は整っているが……それは女性として見てもそうだ。中性的な顔たち、という表現で誤魔化せる……のか?


「ん? どうしたの?」


 ……イルンは声も比較的高いよな。意識的に低くしているかのような違和感は感じる。

 そういえば、戦闘中など声を張り上げるときには高い気がする。

 いや、ダメだ。考えるとそれに思考が支配される。


「いや、なんでもない。今日はせっかくの休みだしどうしようかと思っててな。イルンは予定とかあるのか?」

「僕は外で魔物と戦ってくるよ。一日体を動かさないと感覚が鈍るからね」

「魔物との戦闘ってことは依頼を受けるのか? それとも迷宮に行くのか?」

「とりあえずは迷宮かな。って言っても本格的に動くわけじゃなくて、Gランク迷宮で軽く動いてみるつもりだね」


 俺もステータスやスキルを弄って、ソロでの魔物との戦闘は考えていた。

 このパーティーから独立したあとのことを考え、今の俺がどの程度戦えるようになっているかを調べるためだ。


「なるほどなぁ。そういえばパーティー登録してるけど、イルンが一人で戦っても経験値とかは入らないよな?」

「うん。パーティー登録はある程度物理的な距離が近くないと効果ないからね。ていうか、レン。今日も寝ぐせ凄いよ。直さないと、ミリナに怒られるよ」

「まあ、休日くらいいいんじゃないか?」

「ダメダメ。ほら、こっち来なよ。僕がなおしてあげるから」


 イルンが手招きしてくる。特に意識せずイルンの隣に座ると、彼は今朝使っていたと思われる桶の水を手につけ、俺の髪を撫でるように触れた。

 柔らかでしなやかな手だ。……こいつ、本当に男なのか?


 明らかに男とは違うなんだかいい匂いもするような……。レヴィートやゴーグルから感じる香水とゴミの混ざったような不気味な臭いではない……。

 再び浮かび上がる疑問を、俺は意識しないように目を閉じる。いや、ダメだ。目を閉じると余計に別の感覚が活性化しやがる。


 とにかく心を無にしながら待っていると、イルンの声が聞こえた。


「ほら、これで寝ぐせも元通りだよ」

「……ああ、ありがとな」


 部屋に置かれた鏡を示し、俺はそこで自分の様子を確認する。

 ……まあ、イルンの性別についてはまたあとだ。

 俺も自由に動く体で、自由な休日を楽しもう。


 俺も今日はやってみたいことがあるし、迷宮に潜るというのはありかもしれない。

 そんなことを考えながら俺たちは部屋の外に出た。

 外に出ると、ちょうどミリナとフィアも外に出てきたところだ。

 フィアが眠たそうに目を閉じたままで、ミリナがそれを介護するように手を引いている。


「あっ、おはようミリナ、フィア」

「おはようね、レンにイルン」

「フィアはいつも通りだね」

「そうよ。まったくもうなんだから」


 イルンとミリナが談笑しているが……そういえば、ミリナたちってイルンの性別については男、と言っていたよな?

 だからこそ、俺とイルンが同部屋になるように手配したんだし……。


 ってことはやっぱりイルンは男、なんだよな?

 今朝見た僅かな胸の膨らみは、たぶん夢だったんだろう。

 ……ダメだ。忘れようとしてもあの衝撃がなかなか頭から離れてくれない。


 食堂に降りて、ミリナがアルコールを注文し、フィアの鼻の前に持っていく。


「あっ、お酒!」


 その瞬間、目を見開き、彼女はごくごくと朝の一杯を堪能し、目も覚ました。

 凄まじい目覚ましだ。


 それからはいつものように四人で食事をしたところで、今日の予定について話し合っていた。

 ミリナとフィアは街で遊ぶという話だ。

 

 イルンは朝聞いた通りだ。

 そんな雑談をしていると、ミリナの視線がこちらに向いた。


「あんたは今日どうするのよ?」


 実はいくつかやりたいことはあったので、俺も一人行動をするつもりだった。

 ……そのやりたいことを素直に口にすると、たぶん全員に止められるからな。


「宿で休んでからちょっと街でも見て回るつもりだ」

「そうなのね。それなら、はい、これ使いなさい」


 そう言って、彼女は袋を渡してきた。

 中を見ると、お金が入っている。



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