第7話


「ここがあたしたちの泊まってるところ。月の雫っていう宿よ」


 案内された宿に到着したところで、ミリナがカギを受け取った。

 それから階段を上がり、二階へ向かう。


「だいたいの宿が二人部屋でね……今あたしたちは二人部屋を三つ借りてるのよ。今まではパーティー人数が奇数だったからイルンが一人で使ってたけど、これからはイルンと一緒の部屋に入りなさいね」

「……了解。お金とかは……大丈夫なのか?」

「とりあえずはいいわよ。レヴィートがなんか言ってきたらあたしが代わりに出してあげるわ」

「マジで……いいのか?」

「出すって言っても、貸すだけよっ。あとでちゃんと返しなさいね」

「分かった……ありがとな」


 ミリナが腰に手をあて、こちらをじっと睨んでくる。とはいえ、それは精一杯威圧している子どものように見えて、特に怖さはなかった。

 彼女とともに部屋へと向かい、今イルンが使っているという部屋へと入る。

 借りている宿なので、特に感想はないが……必要なもの以外はおかれていないな。


 部屋の隅に、イルンのものと思われるカバンがあるくらいか。

 ベッドは二つ。カバンがベッドの上に置かれている。たぶん、そっちがイルンの使っているベッドだろう。


「じゃあ、あたしは隣の部屋で休んでるわ。何かあったら言いなさいね」

「ああ。色々ありがとな」

「別に感謝なんてしなくていいわよ。パーティーに入ったらそういうの関係ないんだから、気にするんじゃないわ。まあ、レヴィートたちはどうせ夜の店に行ってるから、パーティーの話をするなら明日の朝になるだろうけど」

「レヴィートとゴーグルはいつもそんな感じなのか?」

「ええ、そうよ。依頼達成した日はだいたいそんな感じよ。ま、人の趣味にとやかく言うつもりはないけど。それじゃあね。夕食は宿で用意してもらえるから……時間は、そうね。またその時間になったら呼びに来てあげるわ」

「分かった」


 ミリナは小さく息を吐いてから部屋を出ていった。

 俺は一人になったところでベッドで横になる。

 いきなり異世界に投げ出されたと思ったが……ひとまず、どうにかなりそうだな。

 あとは、明日の朝……レヴィートたちと交渉してパーティーに入れてもらえるかどうかだな。




「な、なぜキミが僕の部屋にいるんだ!?」


 そんな声が聞こえ、俺は思わず目を開いた。

 ベッドで横になっていると……いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 ……病院にいた頃とは違う景色が広がっていて、一瞬困惑したが……そういえば俺は異世界にいたんだな。


 体を起こすと、そこにはイルンがいた。驚いた様子の彼に、俺はああ、と思い出した。

 それで、ミリナと話していた俺の今の事情を説明すると、イルンは唸りながら腕を組む。


「……うーん。事情は分かったよ。……そうか。このパーティーだとそうだよね……こういう可能性もあったよね……」


 ぶつぶつと悩むように呟いていた。


「イルン?」

「いや、うん。事情は分かったよ。よろしくね、レン」

「ああ、よろしく」


 すっと手を差し出してきて、握る。イルンは触り心地のよい手袋をつけていた。

 三つ編みの髪を揺らすようにしながら、彼はベッドへと腰掛けた。


「今日の狩りでも思ったけど、支援魔法使いが入るとずいぶんと楽になったからね。僕的にはレンの参加には賛成なんだけど……レヴィートたちがどういう反応をするかだね」

「それはミリナも心配してたな。でもまあ、交代要員ができるまでは入れてくれるんじゃないかって話ではあったんだよな」

「それで挑戦できる魔物が増えれば……なんだけどね。パーティーに入るってことは経験値、報酬なども分配されるからね」

「……そうだな」


 最悪、報酬に関しては生活できる程度だけもらえればいいかもしれない。

 ……とりあえず、楽に経験値を稼がせてもらえれば、今の俺としては十分だと思ってしまっている。

 そんなことを話していると、扉がノックされる。

 同時に扉が開けられ、片手を腰に当てたミリナが立っていた。


「レン、そろそろ夕飯の時間だけど……ってイルンも戻ってきていたのね。レンからここにいる事情は聞いたの?」

「うん。パーティーに入るなら、確かに……僕の部屋に泊まるしかないからね」

「そういうことよ。レヴィートやゴーグルと一緒の部屋になるよりはいいでしょ?」

「そうだね。夕食だったね。行こうか」


 ミリナの言葉にイルンは苦笑していた。

 ともに一階にある食堂へと降りると、フィアが手を振っていた。


「皆さん、席確保しておきましたよ」

「ありがとねフィア」


 爽やかにイルンが答えると、


「いえいえ……気にしないでください」


 ……何やらフィアは酒臭いまま頷いた。

 顔は赤くはないが……もしかして結構飲んできたのだろうか?

 四つの席に男女で別れて座る。フィアが手を振ると、宿の店員がすぐに料理を運んできてくれた。

 ……ライス、サラダ、野菜スープ、ステーキだ。

 ライスはおかわり自由なようで、シンプルなメニューながら美味しそうだ。


 米が食えるのはありがたい。俺は白米が大好きだったからな。

 

 皆は軽く手を合わせてから目を閉じる。……食事の前の挨拶のようなものだろうか。

 俺は少し迷いながらも同じように手を合わせてから、食事を始めていく。

 ……上手い。

 どれを食べても……思わず涙しそうなほどに美味しい。


 前世ではあまりがっついて食事もできなかった。

 あまり胃などが強くなく、食事をすると体調を崩すことがあったからな。

 食べるとしても、味の薄めの食事ばかりだったので……ここに並べられた料理はどれも滅茶苦茶美味しく感じた。


「そういえば……いきなり俺の分が増えたけど、宿的には大丈夫だったのか?」

「この宿では部屋の料金に入っていたのでこれまでは、一人分多く食事が用意されていたんですよ」

「そうなのか……それだともったいないことにならなかったか?」


 俺がそういうと、びくりとミリナが肩をあげた。それを目ざとく見ていたフィアが笑顔で口を開く。


「すべてミリナが食べていたので大丈夫ですよ!」

「ちょっと! 余計なこと言うんじゃないわよ!」

「ミリナは大食いだからね」


 俺の隣に座っていたイルンが微笑とともにそういった。

 ……食事中にも関わらず背筋がぴしっと伸びていて、落ち着いている。


「うるさいわよ……っ。ていうか、いっぱい食べないと身長とか、伸びないじゃない」

「え? 身長とか、あとなんですか……? ん?」


 そう言って、フィアは煽るように腕を組んで胸を強調する。


「うるさいわよこの胸おでぶ!」


 ぱちんとミリナがフィアの胸を叩くと、ぶるんと揺れた。



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