第14話 よ…ん……よ…ん……よん……

「よ…ん……よ…ん……よん……よん……」


その日の朝、私がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、隣の部屋から妻の声が聞こえた。

いつもの叫び声ではない。小さな音量だ。


今日の妻は元気がない。ベッドから出てこない。

なぜなら、ワクチン接種の副反応……


昨日、私と妻は5回目のワクチン接種に行った。

最近また流行っているらしいし、無料だから。


1回目、2回目、3回目はモデルナだったが、4回目と5回目はファイザーだ。


私は2回目に高熱が出たが、それ以外は何の副反応もない。

一方の妻は、1回目以外全て副反応で高熱が出ている。

モデルナでもファイザーでも関係なく高熱が出る。


個人差があるのだと思うが、ワクチン接種翌日の妻は比較的大人しい。



「よ…ん……よ…ん……よん……よん……」


また聞こえた。きっと、暇だから構ってほしいのだ。


しかたなく私は妻が寝ているベッドに行って、何を言いたいのか確認する。


「どうしたん?」

「よん……よんって……」

「よん?」

「再生回数が4回しかない……」


どうやら妻は、YouTubeの再生回数のことを言っているらしい。


一応説明しておくと、妻は書道動画をYouTubeに投稿している自称ユーチューバーだ。

私は妻のアシスタントとして、妻の書く動画を撮影、編集、YouTubeに投稿している。

最近登録者が少し増えてもうすぐ120人を超えそうだ。


私はYouTubeのアカウントを確認する。


昨日の夜アップロードした動画の再生回数は4回だった。

その前の動画は2,500回、その前は3,200回、その前は1,700回……


確かに、昨日の夜の動画が4回なのは変な気がする。


「何かした?」と妻は小さく言った。


副反応の高熱で寝ているにも関わらず、YouTubeの再生回数は気になるらしい……


「別に……」


私はお茶を濁した。何が原因かは正確には分からない。

でも、思い当たる節はあった。


あれは、昨日のことだ。



***


「分かったーーーー!!」


この日はワクチン接種前。なので、妻の大声が我が家に響いていた。

いつもベッドから起きる前にスマホで何か見ているから、それだろう。

きっと、猫動画だと思うのだが……


「何が分かったん?」と私は妻に尋ねる。


「これ見てみ!」


妻はそういうとスマホを私に渡した。

スマホにはYouTubeの動画が表示されている。


「再生してみ」と妻が言うから、私は動画を再生した。


書道動画だった。


妻の動画よりも上手く、早く書いている書道動画だ。それに、バックミュージックがYOASOBI。金が掛っている。


「すごいなー。YOASOBI使ってるやん。これ、音楽入れたら幾ら掛かるんやろな?」

「そっちやない!」

「えっ?」

「その動画、書くスピードが速いやろ?」

「そう……やな」

「この動画見てて分かったんや。YouTubeを見てる人は、パッパッと見たいねん」

「動画の速度を上げるってこと?」

「そう!」


どうやら、妻は早送り動画を作れと要求しているらしい……


弱小ユーチューバーのアシスタント(私)が使っているソフトに、そんな機能があるのだろうか?

1円も生み出さない動画なので、使っている動画編集ソフトはSurfaceにデフォルトで入っているMicrosoft Clipchampというもの。無料で使える音楽は数個しかない。

そして、フリーといいつつYouTubeのコンテンツチェックに引っかかるものもある。

だから、作った動画のバックミュージックは3曲をランダムに挿入している。


ダメ元で早送りを探してみたら……あった。

どうやら無料でも使えるらしい。

実は使えるソフトなのかもしれない。



さて、早送りを覚えた私は早速再生速度を1.5倍にして動画を作成した。

YouTubeにアップロードして確認したら、速度を早くした方が見やすかった。


再生回数もすぐに数百回までいった。


――これ、いけるんじゃね?


そう思った私は、間髪空けず1.5倍速動画を作成してアップロードした。

更新する度に再生回数が増えていく。


私は更に一つ1.5倍速動画を作成してアップロードした。


***


調子に乗って1.5倍速動画をいくつもアップロードしたのが昨日のこと……


きっと、掲載する数が多かったのだ。

プレミアムアカウントでないと動画投稿数に制限がある……そんなネット記事をみたような気がする。


そして、再生回数4回の動画が誕生したのだろう。


再生回数4回の本当の理由は分からない。

でも、調べるのが面倒だから、妻にはそう説明しておこう……



<続く>


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