第3話
アルは額をつるりと触る。そこには皮膚があり、その下には骨があり、さらにその下には脳味噌が詰まっている。当然、脳味噌に手が届くはずもなく、
しかし、この異世界——イリスでは一般的ではない。異端で奇怪——いや、奇形と言ってしまっていいだろう。
何故なら、イリスの人々の
ただし、この星晶は瞳としての役割を果たしてはいない。かと言って宝石のようなただの飾りでもない。持ち主に多大なる恩恵を与える力を誇っていた。例えばそれは老いを知らぬ肉体を、目もさえる
そう、この世界には魔力がある。それすなわち、魔法がある。人という個体でありながらも、物理法則を超越した超常たる力がある。そう、ここは地球ではない。イリスという名の異世界なのだから。
魔力を――そして魔法を自在に操る事の出来るイリス人は、いわば地球に住む人間の上位種たる存在であると言えた。しかし、イリスにおいてはこれこそが基準であり標準であり、人間と呼ばれる存在なのである。
この世界で
―――すなわち、この世界でのアルは人間以下の存在なのである。
「ハァ……」
アルは何度目かわからぬ
続いて鏡に映る自分の顔を見る。何度見ても見慣れない。そこには他人の顔が映っていた。異世界転生なのだから当然なのだが、アルは
そう、イリス人の見た目は額に瞳がある以外はそう地球人と変わらない。そして、アルが生まれ変わった家系は白色人種で構成されている様子であった。……とは言っても、この世界に肌の色で人を区別する文化があるかどうかまでは知り得ていなかったが。
本来生まれ落ちる筈だった者の魂を押し出し居座ったのか、それとも強引に上書きしたのかは知る
「気色悪いわね、ニヤニヤ笑って」
後ろから急に声をかけられたものだから、アルは思わず声を上げそうになる。寸での所で悲鳴を飲み込んだのは、日ごろの教養の
「……いきなり声をかけないでくれ、リナリー」
そう言って振り向いた目線の先には、とある少女がいた。
まだ幼さが残っているが、その容貌は恐ろしい程に整っている。その
リナリー・オリヴィエ。アルの実の妹がそこにいた。
「ついに正気を失ったんじゃないかって、心配になってね。出来損ないでも、血の繋がった家族ですもの」
言葉とは裏腹に全く心配していない様子でリナリーは言いのける。ついこの間までは無邪気に接してきた可愛げのある妹ではあったのだが、反抗期を迎えたのかそれとも不甲斐ない兄の実情を知り幻滅したのか、立派なほどに生意気な存在へと成り果てていた。
「そいつはどうも。……で、こんなとこまで何の用だ?」
溜息をつきながらアルは要件を聞く体勢になる。わざわざこんな離れ家まで来たという事は、それなりの理由があると察していたからだ。
「お母様がお呼びよ。どうやらお兄ぃに客人が来てるんですって。……物好きがいたもんよね」
「……俺に客?」
全く心当たりがないため、アルは訝しげになる。そもそも【
そんな存在に対して、事もあろうに外部から客人が来たというのである。誰が聞いても
「要件は?」
「私が知る訳が無いでしょ! それに、別に知りたくもないし!! さっさと支度してちょうだい!!」
不機嫌そうにリナリーは言う。今日はいつにも増して虫の居所が悪そうである。その要因が自分にあるのかそれとも別にあるのか、アルには判別がつかなかった。
「分かったよ。準備する」
急かされる様にアルは支度にかかる。とは言っても現在地は離れとは言え同じ敷地内、そう距離がある訳でもない。身なりを整えて、客人受けの良い
アルは服を着替え靴を履き、そして額に装飾の付いた布を巻く。これはイリス人が外向きの行事にうかがう際の様相である。イリス人にとって額の瞳は神聖なもの。親族もしくは気心知れた仲間の前でないと、露出をすることは滅多に無い。外部に赴く際や、今回のような客人の応対などの場合には隠すことがマナーとされていた。
ただ、アルの場合はそもそも星晶が無いため、瞳が無い事——【
「ふん、こうやって見ると一丁前のイリス人ね。……いや、それにしては貧相か。気品の無さが滲み出ているわ」
正装に着替えたアルを見て、リリーナが嫌味ったらしく言ってくる。どうしてこんなにも捻くれてしまったのかと嘆く気持ちがある一方で、そりゃそうだよなと納得する気持ちがアルの中に湧き上がってくる。
それほどまでに星晶の恩恵は凄まじい。持ち主に天上の美を約束するほどに。リナリーがアルと毛ほども似ていない理由の大半は、この星晶の有無によるものが大きかった。そこに血の繋がりなど一切関係ないのである。
いくら額に瞳が無い事を布で隠そうとも、リナリーの言う通りその
(一体何処のどいつだ?)
朝から嫌な気分になりつつも、アルの中には純粋な好奇心が芽生えつつあった。客人の正体など皆目見当もつかない。だからこそなおさら気になり、そして同時に不安にもなる。それでも、どういった輩なのかと知りたい気持ちは抑えられそうにも無かった。この世界において、はじめて自分に会いに来る客人であるのだから。
———たとえその客人が、何処ぞから噂を聞きつけて来た
「じゃあ、行こうか。リナリー、案内してくれ」
準備が整ったため、アルはリナリーに声を掛ける。本当は一人で行きたい気分であったが、
それにそもそも、離れ家にいる
「命令しないで、不愉快よ!」
しかし、リナリーの返答はそんな兄の気遣いなど知らんと言わんばかりのものであった。あからさまに不愉快と言わんばかりの表情をする。
しかし、しばらく経つとどうやらアルと同じ結論に至ったようで、その顔が今度は渋い表情に切り替わる。まさに、一緒に歩きたくないと言わんばかりに。どうやらしばらく接しないうちに、想像以上に嫌われてしまったらしい。ただ、目の前で頭飾りを取らない時点でお察しではあったのだが。
「もう、最悪!!」
プンスカと言わんばかりに肩を怒らせ、リナリーはズカズカと部屋から出ていく。勝手について来いという事なのだろう。アルは呆れながらも、それに続くのであった。
―――もう二度と、この離れ家に戻る事は無いと知る
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