眼鏡男からの警告
担架に載せられた女の子は隣の大学病院へ搬送され、加害者の男の方は事務局の人に連れていかれた。
そして私は口をふさがれ羽交い締めにされてその場から引きはがされる……まるで私が危険人物扱いではないか。
「離してよ!」
相手の手が口元から離れた瞬間、私は文句を吐き捨てた。
いつまで私を抑え込んでおくつもりだ!
「離してもいいけど、暴れて梶井に殴り込みしに行くなよ」
私が暴走してさっきの最低野郎に特攻しに行くと疑っているらしい。
なんて失礼な。
拘束の腕を外されたのでしゅばっと距離を空けて相手と対峙すると、そいつは眼鏡のあんちくしょうだった。
「人のことをばい菌扱いしてきたくせに、よくも触れたね」
入学式当日のあれを私は忘れていないぞ。言っておくが私は根に持つタイプだからな。
またここでもばっちいもの触ったからって両手を叩いて払うんだろうかと相手を睨みつけていると、相手は怪訝な表情を浮かべていた。
「……? ばい菌扱いなんかしてない」
なんですかその、ちょっと何言ってるかわかんないって顔。腹立つな。
「はぁ!? 初対面の私にしたこと忘れたんですかぁ? 入学式の時! 肩がぶつかった時だよ! こっちは謝ったのに睨んできて、きったないものに触れたみたいに服の埃を叩いて落としていたよね」
自分のしたことを忘れたのか貴様は!
私はあの行為にとても傷ついたんだぞ! 初対面の人間に汚いもの扱いされて平気でいられるとでも思っているのか! あんたのおかげで入学式のワクワク感が一気に蒸散したんだから! 返せよワクワク感!
眼鏡は入学式……とぶつぶつ呟き、「……あ」と何か思い当たる節があったような反応をしていた。
そしてなんだかばつの悪そうな顔をする。
「……悪かった。ちょっと、女性にいい印象がなくて、君に対して失礼な態度を取ったと思う」
いまさらな謝罪に私は胡乱な視線を向ける。
なんじゃい、その言い訳は。
私が納得していない空気感を出していたからか、眼鏡はすこし困った顔をしていた。
「その、俺は自分で言うのもなんだが容姿に恵まれてるだろう? ……それで以前から寄って来る女は多かったんだが、医学部に進学してから悪化して、ちょうど女に嫌気が差していた頃だったから」
眼鏡の言い訳に私は目を細める。
ふーん、それって自慢話?
女にモテてつらいアピ?
いいですね、こちとら逆に男が寄ってこなくなりましたよ。ハハッ。
「自分でイケメンだと言っちゃうんかい」
真顔で返すと、眼鏡の久家くんは恥ずかしくなったみたいで頬を赤らめていた。
確かに、私から見ても彼はイケメンだけども……イケメンで医学部生なら玉の輿狙って女の子が集団でやってくるかもしれないね。
それで? 女に付き纏われて嫌な目に遭っていたから、同じ女である私がぶつかって、嫌悪感が湧いたってことなの?
なんかなー。でもやっぱもやついちゃうよね。ぶつかったのは悪かったけど、こっちは傷ついたぞ。
「言い訳に過ぎないが、失礼なことをしたと思っている。ごめん」
……まぁこうして謝ってくれたんだ。
ばい菌扱いされたわけじゃないならまぁいいや。すっきりはしないけど。
いやぁ、一度でいいから、私も自分は美人です。男が寄ってきて困ってますとか言ってみたいわー。
「謝罪を受け入れよう」
私は鷹揚に頷いて謝罪を受け入れてあげた。うむ、私ってなんて寛容なんだろうと自画自賛する。
「森宮さん、余計なお世話かもしれないけど聞いてほしい」
「なにを?」
なに、まだ謝罪が続くの?
話の先を促すと、彼は周りに聞こえないように声を潜めた。
「今さっきの梶井という男は俺の出身校の先輩で、彼は2浪してようやく医学部に入ったんだ。……高校時代から問題を起こしては金で揉み消してきた人間だ。彼が女性を妊娠堕胎させたのはこれが初めてじゃない」
まさかの情報に私はぎょっとする。
久家くんの目は真剣だった。嘘とか私をわざと怖がらせるとかそんな雰囲気は一切なかった。
「……以前にも?」
「俺が高校1年の時の話だ。女子生徒を妊娠させたと学校中に噂が広まり、相手の女性は退学してる」
……なんということだ。
女性側が中絶と退学をして、妊娠させた本人はお咎めなくのうのうと高校生活を送っていたのか。
道理であの男の反応が薄かった訳だ。
「正直、素行がいいとは言えない相手だ。さっきので君は目を付けられたと思う。……気を付けたほうがいいかもしれない」
私があの男になにかされるかもと心配してくれているのか。
親しくもない私にそんな情報を流してくれるとは……この人、性格に多少は難はあっても、悪い人ではないのかな?
「私さぁ、あの梶井って人に遠回しに馬鹿にされたことあるんだよね」
思い出すだけで腹が立つ。
どんな高校にいたかは知らんが、同じ大学の同じ学部にいる時点で同じレベルなのに、未だに解せない。
「馬鹿に? なぜ。君は学年上位の成績を修める特待生なのに」
「私は公立校出身なんだけど、それを鼻で笑われた。こっちも初対面のとき」
目の前の男も鼻で笑うのかと身構えたが、眼鏡の久家くんは、何だそれって顔をしていた。
彼は私立公立で判断するタイプではないらしい。つうか君の高校どんだけ偏差値高いの? うちの母校は一応県立トップなんだけどね。
「だから私は努力と実力を見せつけて、ああいう人間の口から二度とフザせた事を言わせないようにしてやるから大丈夫だよ」
安心していると寝首をかかれると言うことを知らしめてやるのだ。数年後、私とあの男の間には大きな差が生まれているはず。(希望)
ニヤリと笑って強気な発言をすると、久家くんが眉を顰めていた。
あの梶井が、これから私になにか嫌がらせするとしたらその度に、あいつは自分の格を落とすだけ。
私はそれに真っ向から立ち向かってやるんだ。
「ま、でも警告はありがとね、身構える余裕はできたよ」
私はくるっと方向転換すると、その場に彼を置き去りにして歩きはじめた。
いかんいかん講義に遅れてしまう。
小走りで講堂に入ると先頭の席に市脇さんの姿があった。
私が入室した際、他の学生からの視線を複数感じ取ったがそれらすべてを無視して市脇さんの元へ寄っていった。
「市脇さん、おはよ」
「森宮さん、なんかトラブルに巻き込まれたって聞いたけど大丈夫なの?」
彼女に声をかけると、市脇さんはハッとした顔をして、挨拶を飛ばして私の心配をしてきた。
私はそれに苦笑いしてしまう。
「あーうんちょっとね。他人同士の暴力事件に巻き込まれて……」
「まずい相手だってみんな噂してるよ。本当に大丈夫?」
市脇さんがひそひそ尋ねてきた。
私はそれに、苦笑いで返すのみ。
だって周りから視線が集まってるし、盗み聞きされてそうだし、ここで話さないほうが良さそう。
ゴメンね、視線がうざいよね。
それから程なくして教授が入ってきて講義が始まった。
待ちかねた医学部らしい講義なのに、私はあの女性のお腹の赤ちゃんのその後が気になって集中に欠けていた。
講義内容は録画していたので、家でしっかり復習したけども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。