大学に入った理由
大学の入学式では、着慣れないスーツを着用して、両親と大学の正門前で写真撮影をした。小学校の入学式の時のような新鮮さを噛み締めながら、今日からお世話になる学び舎を見上げる。
あぁ、はやく学びたい。これからどんなキャンパスライフが待ち構えているんだろうと私は胸をときめかせていた。──その時までは。
「莉子、お母さん達、保護者席に行っているからね」
「うん」
自分も入学生の席に移動しようとくるっと方向転換したその時、私は横を通っていた人にドンとぶつかってしまった。
完全なる私側の不注意だ。慌てて「すみません!」と謝罪した。
ぶつかったのはスーツ姿の青年だった。私と同じ入学生だろう。まだ高校生の雰囲気を残したその人はフレームの細い銀縁眼鏡をかけており、その眼鏡がまた彼のいいところを引き立てていた。
眼鏡をかけると野暮ったく見える人が多いのに、この人は眼鏡がよく似合う。顔のパーツがバランス良く整っているからだろうか? それとも眼鏡選びが上手なだけだろうか? 涼しげな切れ長の瞳がちらりとこちらを見る。
──その目が嫌悪感でいっぱいになった瞬間を見逃さなかった。
ぶつかってしまった彼は、私がぶつかったであろう部分をささっと払って、まるで汚いものに触れてしまったかのようなリアクションを取っていた。──私はそれに呆然とする。
相手は私を見るのすら忌ま忌ましいと言わんばかりに横を通りすぎてしまった。
……なに、あいつ。
ぶつかったのは悪かったけどさ、汚いもの扱いすることなくない?
先ほどまで入学にワクワクドキドキしていた私はそのあとしばらく苛ついていた。学長の挨拶とか、総代とか、お偉いさんの挨拶を聞いていても、あのワクワクが戻って来ることもなく……
翌日から始まった大学生活は、理想とは違ったもので私はまた愕然とした。
医学部の学生は親が医者などで、経済的に裕福。一浪、二浪の人が多かった。
親に買ってもらった外車を乗り回して大学に通学しているとか、立地のいい高級マンションに一人暮らししているとか、春休みは海外の別荘で過ごしたと自慢話をしている人がちらほらいるのだ。……世界が違いすぎる。
もちろん、私のように一般家庭から医師を志して入学してきた人も多いけど、その差は歴然だった。
熱意を持って入学した人と、親の命令で入学した人の落差が激しかったのだ。大きな後ろ盾を持つ後者の方が圧倒的に有利で、もうすでに生まれという格差が生まれていた。
「ねぇ君はどこ出身?」
オリエンテーションで側に座っていた男子学生から出身校を聞かれたので母校名を伝えると、「なんだ、公立かよ」と鼻で笑われた。
公立校出身には興味がないらしい。ふいっと顔を背けると、私立出身の学生だけで固まって何やらわいわいと意識高い系な自慢話をはじめていた。
なんか、物凄く馬鹿にされた気がする……!
こちとら特待生様やぞと言い返してやりたいが、入学早々騒ぎなど起こしたくないのでぐっと飲み込んだ。
大学というのは様々な学校、地域から人が集まる。だからいろんな人がいて当然なのだ。
そう、面と向かって失礼なことをいうのもためらわない、驚くような失礼な人間がいても仕方のないこと。
「当サークルでは女性は受け付けておりません」
「え、でもここ、医学部のインカレサークルって」
「聖ニコラ女学院大学の女子学生と、こちらの大学の医学部男子学生のためのサークルですので悪しからず」
入学シーズンに激化するというサークル勧誘の場で門前払いを受けた私は呆然としていた。
今まで部活というものに参加したことがないので、大学ではサークル活動してみようかなと興味が湧いたサークルに顔を出したのに、拒否されてしまったのだ。その横ではひょいひょいと同じ医学部らしき男子学生が歓迎されて体験入会書にサインして連絡先交換とかしちゃっている。
私を拒絶した女性は「はやくどっかに行けよ」という態度を隠さずにいた。
つまり、私は女性というだけで排除されたのだ。
……なんとなく察したぞ。
このサークルは将来有望な医学生男子大生とお嬢様大学女子大生の出会い系サークルなのだと。そこに女子医大生はお呼びじゃないというわけだ。
「久家さんも入りましょうよ」
「俺は運動部に入るつもりだから……ちょ、気安く触らないでくれないか」
不愉快な気分を味わって苦々しく思っていると、後ろで他校の女子大生に強引に勧誘を受けている男子学生が抵抗していた。
かわいそうに。
聖ニコラ女学院ってお嬢様学校だって聞いていたのに、中身は肉食系女子ばかりなんだな。わざわざ他校のサークル勧誘に赴いて、将来有望な男子は自分たちのものにしようとするその強欲さは今までイメージしていたお嬢様像から崩れ去ってしまった気がする。大学はマッチングアプリじゃないんだぞ。
私はため息をひとつ吐き捨て、踵をかえす。
お呼びじゃないなら去るのみだ。
「見てよあの服」
「ダッサ女捨ててる」
「地味よね、勉強しか取り柄ないんじゃない?」
おい、その悪口私に向けて言っているだろうが。
なんだとー!? ウニクロさんの姉妹店(安い)のお洋服が地味だと!? シンプルと言ってほしいね!
なんなの!? 私がなにかしたかね? どうしてそんな扱いをされなくてはならんのか!
「触るなと言っているだろう!」
「キャッ!」
目の前で乱暴に女性の腕を振り払った男子学生。
驚いた女性は怯えた表情で後ずさっていた。
数秒前まで言い掛かりにも聞こえる悪口を抜かす聖ニコラ女学園の学生に向けて苛立っていた私だったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「ちょっ……大丈夫!? どこぶつけた!? 怪我は?」
私は素早くその女子学生に近づき、怪我などはないか確認すると、その人は少し目をぱちくりさせた後、ゆるゆると首を横に振っていた。
それにほっとした私は、乱暴な行いをした男をじろっと睨みつけた。……こいつ、よく見たら入学式の時にぶつかってしまった私をばい菌扱いしてきた眼鏡じゃないか。
「ちょっと、あんた乱暴過ぎない?」
ばい菌扱いのことは置いておいて、この男は女性が怪我をするかもしれない行動を働いた。そこはきっちり注意するべきであろう。
私に意見されたのが気に入らないのかなんなのかは知らないが、相手も私を睨み返してきた。
「男が女にやったらセクハラになるんだから、その逆もしかりだろう。体を押し付けてきて気持ち悪いから振り払った。警察を呼ばれないだけマシと思え」
整ったその顔で軽蔑の眼差しを向けられると威圧感ハンパない。
会話したことないのになんでここまで嫌悪感をモロ出しにされるのだろう。理解に苦しむ。
「ひ、ひどい……」
傷ついて涙ぐむ女子学生は意気消沈してしまったようだ。同じ女子大の友達らしき女の子に連れられてその場を離れて行った。
「言いたいことはわからんでもないけどさ……本人を前にして気持ち悪いとか言わんでもいいでしょうよ」
流石にあきれてしまう。
え、医学部生だよね? それならかなり頭がいいはずなのに、言葉選びが下手過ぎない? それともわざと傷つける発言をしたとでも?
「本当のことを言っただけだ。そもそも君には関係ないだろう。しゃしゃり出て口出しして来ないで欲しい」
「しゃしゃり出られたくないなら、自分の態度を改めたら? そっちの態度こそ問題だと思うけど」
頭と顔が良くても性格悪すぎる。こんなんが同じ医学部にいるとか不安しかないんですけど。
私の反論にその男子は鬱陶しそうにぎゅっと眉間にシワを寄せると、苦々しく吐き捨てた。
「どいつもこいつも男漁りのために大学に入学して……巻き込まれるこっちはいい迷惑だ」
なんか個人の感想がたくさん含まれているように聞こえる。
偏見というかなんというか。つうかそれって私のことも含まれていたりする? この私が彼氏を作る目的で大学に入学した風に見えるというのか?
「いや……確かに中にはそういう人もいるだろうけど、私はそのつもりでここにいるんじゃないよ。大学ってのは勉強するところでしょう」
一緒にされるのは悔しいので否定させていただく。
別にこの人と仲良くしたいわけじゃないけど、大いなる誤解をされたまま判断されるのは物凄く嫌だから。
「私は人の命を救うために必死に勉強して、特待生として医学部へ入学したの。男遊びしている暇ある訳ないじゃん」
同じく医者を志す同士ならそのくらいは理解してほしいところだ。
「結婚相手を見繕うためだけに大学生になったような人と一緒にしないでほしいね」
私の悪口を言っていた女子学生達に聞こえるように捨て台詞を吐き捨てて私は今度こそその場を離れた。
「なによ、あのブス!」
おいおい、いいのか? 罵倒したりして。
男子学生の前で化けの皮剥がれちゃっているけどいいのかな?
まだもやもやは残るけど、最後に少し言い返せたのでほんのちょっとすっきりした。
そのあと、新歓で賑わう会場を練り歩いていると、医学部内のサークルだという運動部から勧誘を受けた。
「うちは医学部のメンバーで揃っているから、先輩との縁も作れるし、医者になるなら体力つけた方がいいよ。特に女性は筋力がつきにくいから」
医学部の先輩から、ごもっともなアドバイスを頂いたのだが、私は気分が乗らなかった。
そもそも体育会系って苦手だし、医学部に固定されたサークルだと息苦しそうだし、長続きしなさそうだったのですべての勧誘を断った。
他の学部が混在したサークルもあったけど、敢えて入りたいと思えるものもなく、結局サークルには入らなかった。
無駄に疲れた。
……この短い期間内で思ったのは、医学部の人って変人が多いのかもしれない、ってこと。
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