第2話
東京駅に到着するアナウンスが流れたところで自然に瞼が開いた。
思い出に浸っていると時間が進むのは早いものだ。そんな感想を抱きながら手に持っていた手紙をもう一度眺める。
これはタイムカプセルを掘り出した時、神司の埋めた天使のぬいぐるみから出てきた手紙だ。成人式の日に来なかった罰として、神司が書いた内容を見たら、このように記載されていた。
電車が止まると乗客全員が席を立つ。窓側に座っていた俺は隣人の波に乗る形で中央にできた行列に混ざっていった。無事に新幹線を下車。これから向かう予定である神司の在籍する大学への道を確認する。初めての人にとっては東京の路線は迷路のようなものだ。スマホでしっかりと路線と降車駅の名前を覚えてから改札へと向かった。
成人式が終わってからすぐ、神司の親に連絡を取った。
神司の居場所を尋ねたところ、東京の大学に行っているという答えが返ってきた。
数学が好きだと言っていたので、理学系を専攻しているかと思ったが、文学系を専攻しているらしい。なんでも心理学を研究したいとか。
途中、何度もスマホで道を確認しながら何とか目的地に辿り着いた。
春休みにも関わらず、構内には学生がちらほらいる。俺は構内に入ると、案内図を確認し、心理学研究室のある場所へと歩いていった。
勉強好きな神司のことだ。まだ大学2年生とはいえ、研究を行っているに違いない。
もしそうであれば、心理学専攻の学生からある程度の知名度があるのではないだろうか。そんな単純な考えでここへとやってきた。
研究室近くにやってくると3人組の学生が屯している姿が目に入る。
「あの……もしかして心理学を研究なさっている学生さんですか?」
「はい、そうですが……」
「いきなりで申し訳ないのですが、王隠堂 神司くんってご存知だったりしますか?」
「ああ、はい。知ってますよ。彼のお友達ですか?」
予想は的中した。あまりにも勘が冴え渡っていたので、思わず足が震えてしまった。
****
しかし、人生は思うようにうまく行かない。
せっかく神司のことを知っている人に出会えたのに、彼は半年間の『休学』をしているらしかった。何でも、1人でやりたいことがあるとのこと。だから誰とも連絡はとっていないみたいだ。神司の自宅も不明らしく、決定的な手がかりは得られなかった。
あれから時間の限り、先ほどの学生から神司について聞かせてもらった。
俺の予想通り神司は研究熱心で、入学当初からよく研究室に通っていたらしい。彼は文学部であるが理系的なため教授から重宝されていたようだ。
なぜ文学部に入ったのか1度聞いてみたことがあるらしいが、「科学よりも、神秘的なことに興味がある」からだとか。そういえば、最初に読んでいた本も科学寄りというよりはスピリチュアル寄りの本だった。
研究室にいる間は『友情』をテーマとした研究をしていたらしい。案外積極的な様子で学生に声をかけ、実験を行っていたようだ。そういうところは俺に影響されたのかもしれないな。
「寛司、庵、そっちの様子はどうだ?」
結果が分かったところで、俺は寛治と庵にグループ通話をかけた。
寛治と亮太は『神司の中学校』へ、庵と武己は『神司の高校』へとそれぞれ情報収集に向かってくれた。
「こちら寛司。中学校ではあんまり良い情報は得られなかった。在籍していた当初にいた生徒はみんな卒業しちゃってるから知らないのは当然だな。一応、神司のことを知っている先生がいたから、試しにどんな生徒だったか聞いてみたんだけど、1人でいることが多い生徒だったらしい」
「こちら庵。高校では今3年生の生徒が神司くんが在籍していた時期にいたはずだと思って聞いてみたら1個だけ情報を得られたよ。なんでも『いじめ』に遭っていたらしい。成績優秀だったから、その妬みでやられたんだろうって言ってた」
『いじめ』という単語を聞いて、中学時代の苦い記憶が蘇る。
「豹雅の方はどうだった?」
「特に目立った情報は得られず。神司を知っている人に会えたけど今は休学中だって。自宅も分からないみたいだ」
「じゃあ、見つけられそうにはないね」
「こうなったら、2月22日の20時を待つしかないな。他の二人も今近くにいるか?」
そう聞くと電話越しに「いるよ」という声が二重になって聞こえてきた。
「よし。では各々、自分がそうだと思う場所に2月22日の20時に集合しよう」
これは俺たち5人と神司の『最後のかくれんぼ』。
5人の特性を活かして、全員でここだと思った場所を探すことにした。
昔の思い出の中から5つ選択すれば、1つくらいは当たってもいいだろう。
俺の言葉に電話から了承の声が、今度は四重になって聞こえてきた。
****
5つの選択。そう思っていたのだが、結果はそうでもないみたいだった。
「なんだ、亮太。お前もここに来たのかよ」
20時前に公園の入り口に着いた俺は、そこで亮太と鉢合った。
「やっぱり、豹雅もここに来たのか」
亮太は俺をはにかんだ様子で眺める。考えていることは一緒のようだった。
「おーい、豹雅、亮太」
2人で話していると遠くの方から俺たちを呼ぶ声が聞こえてくる。見ると武己に寛司、庵までもがここにやって来ていた。どうやら、みんな考えていることは同じみたいだった。
「お前らまで何でここにくるんだよ。せっかく5つ選べるのに、これじゃ1つじゃねえか」
「しょうがねえだろ。誰もどこに行くか言わなかったんだから」
「でも、みんな選ぶのならば、正解する確率は高いってことだと思うよ」
庵の言う通りだ。
みんなが思っているってことは「神司ならここに隠れる」という共通の認識があると言うことだ。それがあるのならば、当たっている可能性は高い。
「もうそろそろ時間になるだろうし、行こうぜ」
時計を見ると19時58分を示していた。
俺たちは5人で話しながら、目的地である『ドーム型遊具』へと歩いていった。
神司は『最初に探したところに隠れる』傾向がある。それはつまり、『最初に出会った場所に隠れる』と言うことだ。
「よく見つけてくれたね。流石だよ」
ドームの下部に掘られたトンネルを覗き込むとあの頃と同じように神司が座っていた。俺たちの声が聞こえていたのかこちらを見ながら頬を緩ませていた。手には本の代わりに、パソコンが握られていた。
神司を見つけた俺たちは互いに顔を向けあうと「せーの」と言う俺の合図で各々口を開く。
「「「「「神司、発見!」」」」」
****
「豹雅だけかと思ったけど、まさかみんなに見つかるとはな」
トンネルを出て、近くのベンチに腰掛けながら俺たちは久々の再会を楽しんでいた。
「僕たちを見くびらないでよ!」
「ごめんごめん」
「それにしても、どうして今日この時間に設定したんだ?」
俺は神司に会ったら聞きたかったことを口にした。
2月22日の20時。この時間帯に何かあったことは思い出の中にはない。
でも、神司のことだ。きっと何か意図があって書いたはずだ。
「今日が何の日か知ってるか?」
神司は得意げな表情で俺を見る。
他のみんなはちんぷんかんぷんな様子で俺に答えを求める。でも、俺も分からない。
「さっぱり分からん」
「だろうな。今日は『世界友情の日』なんだ。友情を試すには絶好の日だと思ってさ」
「なるほどな。でも、何で20時?」
「20時じゃねえよ。約20時だ。これは20時00分02秒を示していたんだ」
「はー……全然見えてこないぞ」
「将来、警察になるのなら、これくらいの暗号は解き明かしてもらわないと困るよ。2月22日で20歳になる年。これなら分かるか」
「あっ! 数字が反転してる」
庵が閃いた様子で声高に答える。
神司は庵に向けて「ピンポーン」と人差し指を向けた。
「022220と200002か。なるほどな。反転っていうのは俺と神司が対照的な人間であることを示していたのか」
「そう。バカと天才のな」
「ちげーよ。情熱と冷静」
「ははっ。悪い悪い。ちなみに022220と200002をたすと222222になるだろ。222222っていうのはスピリチュアルの世界では最強のエンジェルナンバーで幸運を引き寄せるんだ」
「それで天使のぬいぐるみだったのか」
「ご名答。それに222って言うのは自分の片割れであるツインレイと出会える前兆なんだ。だからこの数字にすれば、豹雅に見つけられると思った」
「俺が片割れ?」
「ああ、俺が生涯に出会った中で、お前ほど仲のよくなれたやつはいなかったからさ。運命だと思ったんだ」
神司の言葉に彼の中高時代の話の記憶が蘇る。彼が俺をそう思ってくれたのが嬉しかった。
「本当は『火花を散らす』予定だったんだけど、対照的な豹雅に見つかってしまったから俺は反転することにした。みんな、本当に見つけてくれてありがとう」
そう言って、神司はパソコンのキーボードをタッチした。
何をしているかと思って覗き込もうとした時、大きな音が外に響き渡った。
見上げると綺麗な七色の花火が次々と打ち上げられていた。俺以外の4人も思わず目を奪われる。
『火花』が反転して『花火』。
洒落たことをしてくれると思いながら、俺は夜空に輝く季節外れの花火に瞳を輝かせた。
エピローグ
綺麗な花火が終わったところで俺たちは帰路を歩いていた。
4人が楽しく話している後ろで、俺と神司は2人だけの世界で会話に花を咲かせていた。
「なあ、豹雅。ありがとうな」
「何がだよ?」
「中学時代、小学校の頃に俺をいじめてやつを一発殴ったんだってな」
神司は小学時代もいじめられていた。最初に会った時につけられた傷は転んでではなく、転ばされてだったのだろう。
中学に入って、神司のいた小学校の生徒と出会った。その時に得意げに神司をいじめていたことを話したもんだから、怒りに任せて一発殴ってしまったのだ。あの後、先生からこっぴどく叱られたのを今でも覚えている。
正義のために殴ったのに、なぜ怒られなければならなかったのか不思議でたまらなかった。
「ああ、そのことか。友達なんだから当たり前だろ」
「うん。だから、ありがとうって。俺の代わりにお前が復讐してくれて良かった」
「……なあ、神司。もし、俺たちが見つけられなかったら、どうなっていたんだ?」
俺は最後に自分の中にあったモヤモヤを打ち消すために神司に聞いた。
「もう終わったことだ。気にする必要はないよ」
神司は惚けたようにそんな台詞を口にした。
「そっか」
俺は詮索はしなかった。話したくなければ、話さなくていいと思ったのだ。
「これからは心理学の研究をするのか?」
「いや、もうやめる。今日で友情について新しい発見をすることができたから」
「じゃあ、何するんだよ?」
「言っただろ。科学者になってこの世界の未知を発見するんだ」
「そっか。頑張れよ!」
そう言って俺は神司の背中を思いっきり叩いた。
ふと車輪と線路が強く擦れる「キーッ」という不吉な幻聴が脳内を駆け巡った。
神司を見つけることができて本当によかった。俺はそう思いながら叩いた手を彼の肩に寄せ、力強く抱きしめた。
【短編】最後のかくれんぼ 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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